主婦の孤独を描くコミックエッセイの女王
『娘が学校に行きません – 親子で迷った198日間 』(メディアファクトリー刊)でデビュー。「離婚してもいいですか?」で第20回コミックエッセイプチ大賞B賞受賞、2021年『消えたママ友』(KADOKAWA)と『妻が口をきいてくれません』(集英社)の2作品で、第25回手塚治虫文化賞短編賞を同時受賞。
ママ友との確執、無理解な夫、義父母とのいざこざ……主婦を取り巻く負の要素を描けば右に出るものはいない、気鋭のコミックエッセイスト野原広子氏の2015年に出版された『ママ友がこわい 子どもが同学年という小さな絶望』(野原広子著 / KADOKAWA)。この作品もまた、10年前の刊行ながら、SNSには、「この本を読むと、ママ友付き合いが本当に怖くなってしまう人が居るだろうな」「今現在私もママ友から無視されています。だから主人公に共感しつつ、無視する側の気持ちが見られ、全体を俯瞰して見ることができるようになりました」などの共感の声があがり続ける。
中には、「女友達は、専門職バリバリ、都内の高級マンションに住み、子供は1ヶ月違い。どうしても劣等感から免れなかったが、二人目が出来た時、優越感を感じた。でもそんな感情は健全でないと気づき、付き合わなくなりました」と、まるで野原作品の主人公のような自身の状況を明かす投稿もあった。
どうしても欲しかった「ふたり目」
本書『ママ友がこわい 子どもが同学年という小さな絶望』は、幼稚園に通う娘のミイとサラリーマンの夫と3人で暮らす32歳の主婦サキの孤独と、闇に取りつかれそうになった心の揺れを描く。
娘の幼稚園入園で親しくなったママ友のリエは、子どもを育てる母親の「幸せなのに孤独」に最も共感してくれた。けれども、ささいな誤解から、挨拶しても無視されるようになり、保護者会では意地悪を言われたり、幼稚園の「夏祭り」では“ぼっち”にされたり……。
誰にも声を掛けてもらえないまま、ママ友たちが揃って「打ち上げ」に行くのを目の端で追いながら、娘の前でなんとか堪えて帰宅したサキに、夫は無神経で無理解な暴言を次々と投げつける。
ついに我慢の糸が切れたサキは、ひとりで外に飛び出すが、近所を歩き回るだけで、結局自宅に戻る。翌朝、サキは幼稚園に行くのがいやで仕方がない。リエのことを考えると胃もシクシクと痛む。それでもなんとかミイを連れて行った幼稚園で衝撃の事実を知らされる。
自分がどんなに欲しても得られなかった「二人目」をリエが宿したというのだ。
「自分をなくすなんてもったいない」
これまでどんな仕打ちに合っても、リエとの楽しい思い出を懐かしく思う気持ちが捨てられなかったサキが、鬼の形相で帰宅し、リエとの写真を切り裂く。さらに火をつけ燃やすと、なんと火災報知器が鳴り出した。やっとのことで止めたサキだったが、直後に椅子から落ち、頭から床にたたきつけられる。
鳴り響く火災報知機にびっくりして、声を掛けながら入ってきたのは、隣に住む女子大学生の小山田さんだった。きまり悪くて、気絶したふりをしようとしたら、続いて、知らない男性が入ってきた。
慌てて起き上がるサキ。
「おなべこがして報知器なっちゃって、止めようと思ったらずっこけちゃって」と言い訳すると、「救急車呼ぼうか」などと、ことのほか心配されてしまう。
ていねいにお断りして、改めて挨拶するサキだったが、彼の隣で「楽しそう」に微笑む小山田さんの笑顔と、きれいにネイルされた手が目に入った。
ふたりを見送り、鏡に映る自分の顔をじっと見る。視線の先のサキの顔には、リエに対する憤りや恨みつらみが張り付いていた。サキは、写真を燃やしたシンクをごしごし磨き始める。まるで自分の心の醜さを洗い流すかのように。
そして、「私がもったいない」「こんなことで自分をなくすなんてもったいない」と自分に言い聞かせ、本当の意味で「さよなら、リエちゃん」を決断するのだった。
◇サキは自分の気持ちに決着をつけた。だが、リエは? 二人目ができて幸せになれば、もういじめは終えられるのか? そもそも、なぜリエはあれほど執拗にサキを攻撃し続けたのか。
その答えは、リエに聞くしかない。