夏の風物詩でもある浴衣。どうせ着るなら粋に着こなしたいものの、そもそも「粋」って?
そんな疑問を解決してもらうため、前編では江戸時代の末期に創業した浴衣の老舗「竺仙」の5代目当主である小川文男さんに、粋な浴衣の着こなしについて伺った。
江戸時代に発祥した文化の一つでもある粋の世界。時代が変わろうが今なお色あせることなく人々を魅了し続けている。それほどまでに普遍的な美学がすでに完成されていたという興味深い話を聞くことができた。
しかし、だからと言って江戸時代の粋が今の時代に好まれるかと言えば、必ずしもそうではなく、時代とともに粋の概念は少し変わってきたという。
もしかして、時代によって粋なスタイルが変わるなら、浴衣の着こなしや、常識も変わるのではないだろうか。そこで後編となる本記事では、浴衣を知り尽くした小川さんに、さまざまな疑問にお答えいただく。人情味にあふれる解決策もあれば、一刀両断された質問も。江戸っ子らしさが漂う回答をぜひ、ご覧いただきたい。
今さら聞けない基本のキ
Q 浴衣を着る時期は? 従来は、6月から9月にかけてと言われているが……。
A 「季節がものすごく変わってきましたでしょう。それに浴衣は衣類なのだから、いつからいつまでなんてありませんよ。
5月に大相撲の夏場所が始まると、国技館の周りを関取たちが浴衣で歩きまわるんです。私はそれを見ると、ああ夏がきたなと思い、浴衣を着始めます。5月には三社祭もあり、それを浴衣始めと考える方も多いようですね。
私は11月くらいまで、帰宅をしたら浴衣を着ています。ただ、晩秋になっても白地の浴衣を着て出かけたら、寒々しく見えるでしょうね。季節外れな印象になってしまうので、色や柄は意識するといいかもしれませんね」(小川さん、以下同)
Q 結局、浴衣って涼しいの?
A 「何を着ていても暑いです(笑)。ただ浴衣は着方によって涼しく着ることができますよ。まずは着丈。くるぶしが見える程度に短めに着付けます。それから、襟足は少し広めに抜いて着ると風が通って涼しくなりますね。ただ、やりすぎると品が悪くなってしまいますのでほどほどに」
Q 浴衣は自宅で洗えますか。
A 「木綿の浴衣でしたら、もちろん洗えます。ただ、プリント地をミシンで縫製している浴衣と、型染めなどの技巧を職人が手がけ、和裁士が手縫いで仕立てる浴衣とでは、扱い方を変えてほしいと思います。
おすすめは手洗い。洗濯機を使うとしても、手洗いコースに設定するなどしてください。手づくりの魅力がある反面、配慮しなくてはならないこともあります。絹が織り込まれた浴衣はお手入れに出していただくと、長く着ていただけると思います」
もう迷わない! なんとなくで済ませていた浴衣の着付け
Q 浴衣の下には、何を着たらいいですか。
A 「決まりで言えば肌じゅばんですが、カジュアルウエアとして楽しむならTシャツの上に浴衣でもいいと思います。好きなように選んでください」
Q 衿を合わせる際に、右前か左前か迷ってしまいます。覚え方はありますか。
A 「ありません。手が覚えるまで着てください。慣れが一番」
Q 下駄を履き続けていると足が痛くなります……。
A 「鼻緒は調整ができますから、自分の足に合うように緩めるなどしてみてください。また、親指と人差し指の間に、絆創膏を貼るのもおすすめです」
買う前に知っておきたい基礎知識
Q 既製品の浴衣は何を基準にしてサイズを選ぶべき?
A 「これはとても難しいかもしれませんね。まずは、羽織った際の首まわりの落ち着き具合、それから裾丈。あとは身幅。前身ごろが脇の後ろまで回るほど大きいと着付けにくいと思います。この3箇所を基準にして、ベターなサイズを選んでください。洋服と同じく、すべてがジャストフィットすることは難しいですから」
Q 浴衣を新調するとしたらいつごろ買うべき?
A 「4〜5月ごろ店頭に並び始めます。品数も豊富にそろっていますし、仕立て期間も1ヶ月ほどで仕上がると思います。6月以降は品数も少なくなりますし、仕立てが盛夏に間に合わないこともあります」
Q 初めて買うなら、どんな浴衣が便利ですか。
A 「綿の浴衣は扱いやすくおすすめです。綿でも太い糸、細い糸によって種類が異なりますのでお手入れの仕方は多少変わります。
ただし、必ずしも始めの一歩が木綿でなくてもいいと思いますよ。麻や絹など異なる素材で織り込まれている浴衣は、自宅での手入れにも気をつけてほしいことが増えますので、慣れてからの方がいいかもしれませんがね。でも、これが着たいと思う気持ちは大切にしてください。素材によって扱い方が違うことだけは理解してください」
Q 浴衣が欲しいけれど、何を基準にして選べばいいかわかりません。
A 「もし浴衣選びに迷ったら、自分は周りにどんなふうに見られたいのか、浴衣にどんなことを求めているかを考えるといいかもしれませんね。私もお客さまにお見立てを頼まれた際にはよく考えます。似合うか似合わないかは年齢や体型とは関係がないんです」
TPOで選ぶ、浴衣の正解とは
Q 花火大会、ランチや街歩き、歌舞伎鑑賞など、それぞれに相応しい浴衣の選び方を教えてください。
A 「シチュエーションというより、外出先が、周りに気を遣う場所かどうかだけだと思います。気を遣わない場所なら自由に選んでいいんです。どうぞお好きなものを着てください。
一方で、気を遣わなくてはならない場所へ行くのだとしたら、綿の浴衣でも綿絽や綿紅梅など、織り方に工夫があるものや、麻や絹など他素材の織物の浴衣を選ぶとよいと思います。
周囲へ気を配っているお気持ちを、素材で表現するとよろしいかと思います。さらに、半衿を合わせて、名古屋帯を締めたら夏着物として楽しんでいただけるはずです」
周囲に配慮した浴衣とは?
小川さんが教えてくれた二択なら、どんなにシチュエーションが変わろうが迷いなく決められる気がする。では具体的にどんな浴衣があるのだろうか。そこで竺仙の広報を務める加藤さんに、この日取材に伺ったカメラマンYと筆者に見立てていただくことに。
まずはそれぞれに気を遣わない場所での浴衣。これは自分たちで好きなものを選ぶことにした。
30代の元気はつらつなカメラマンYが選んだ一枚は、鮮やかな黄色の朝顔が華やかな印象を持ちながらも、シックな地色によって落ち着いた雰囲気のある綿絽(横段にランダムな隙間をつくり透け感を出して織られた綿生地)の浴衣。
なるほど。彼女の雰囲気にとてもよく似合っている(そして嬉しそう)。そして加藤さんがYに選んでくれたのは、爽やかな水色の地色に菊があしらわれた絹紅梅(経糸、緯糸ともに絹で織った生地に、太い木綿の糸が格子状に織り込まれた生地)の浴衣。
「Yさんには、ライトブルーのきれいな色の浴衣でおめかしをして、歌舞伎座に行っていただきたいなと思いました。
素材に絹が入っているので夏の着物風にして、少しかしこまった場所でも楽しんでいただけると思います」(加藤さん、以下同)
ころんとしたフォルムが愛らしい菊文様。優しいブルーと白の配色が爽やかで、見ているだけで“涼”を感じる。
次に筆者(50代)が自ら選んだ一枚は、紺と白のはっきりしたコントラストで鷹羽の柄があしらわれた綿絽の浴衣。家紋でも見かける古典柄であるにもかかわらず、モダンな雰囲気に一目で惹かれた。
そして加藤さんが筆者に選んでくれたのは、Yさんと同じく絹紅梅。ダイナミックな染疋田の波文様に、ほっそりとした美しいかもめが優雅に羽を広げた姿が描かれている。墨がかった紺地が涼やかで落ち着きのある一枚だ(見た瞬間、反物を持ってお会計をお願いしたい衝動を抑えるのに必死だった)。
「竺仙の定番商品です。ぜひこのシックな装いで夏の会食などを楽しんでいただきたいと思いました」
いつもと違う自分を発見。浴衣が叶える変身願望
浴衣は普段の洋服を浴衣に変えるだけで、違う自分を表現することができると5代目当主・小川文夫さんは言う。
「着るだけで変身できるんです。いつもと違う自分を発見することができると思います。浴衣を着て、ご自身の中に眠っているたくさんの魅力に気づいていただけたら嬉しいですね」(小川さん)
普段のお出かけで、自身の全身ショットをInstagramに公開しなくても、浴衣を着るとついアップしたくなるという人は、多いのではないだろうか。
ちょっと誰かに見てほしいかも……。
そう思ってしまうほど、浴衣は日常を特別なひと時に変える力を秘めているのかもしれない。2025年の夏はまだまだ続く。次のお出かけには、ぜひとも浴衣で外出してみてはいかがだろう。
日常を非日常に、そして新しい自分が発見できるチャンスかもしれない。
参考文献:「竺仙のゆかた 江戸の粋」著:宮下政宏/繊研新聞社
「日本・中国の文様事典」著:早坂優子/視覚デザイン研究所
「格と季節がひと目でわかるーきものの文様 一般社団法人全日本きもの振興会推薦」監:藤井健三/世界文化社
「竺仙」
東京都中央区日本橋小舟町2-3
TEL.03-5202-0991
撮影/安田光優