痩せ細ったスーツ姿で入廷
「どれだけお金を積んでも、もうA子が帰ってくることはありません。だけどもし、彼女と少しでも話せるのなら、和久井に少しでも重い刑罰が下されることを望むと思います」
東京・新宿の大通り沿いにあるファミレスの一席で、亡くなった元ガールズバー経営者A子さんの元夫は、涙ながらに裁判への思いを語ったーー。
事件が起きたのは、昨年5月にさかのぼる。東京・西新宿のタワーマンションの敷地内で、深夜にコンビニに出かけた住民のA子さん(当時25歳)が、男に突然襲われ、刃物で殺害された。
その場で逮捕されたのは、川崎市在住の運送業・和久井学被告(52歳)。その初公判が7月4日、東京地裁で開かれた。裁判官から起訴内容を確認されると、痩せ細ったスーツ姿の和久井被告は「間違いありません」と短く答えた。
「今回の裁判の争点は、事実関係ではなく量刑です。検察は『被害結果の重大性』『遺族感情』『被害者の身体的・精神的苦痛の大きさ』などを重視すると述べています。さらに、事件の経緯や動機の解明も重要だとしています」(傍聴したライター)
検察側は冒頭陳述で、和久井被告が被害者に合わせて1600万円を支払っており、犯行当日はA子さんのライブ配信を見て現場のタワーマンションに向かい、犯行に及んだと指摘。その一方で、弁護側は「和久井被告は信じていた被害者に裏切られて、絶望していた」として、情状酌量を求めた。
「弁護側によると、2021年に2人は一時期、交際関係にあったと言います。その中で、A子さんは『私のためにシャンパンタワーをして、人生をかけてほしい。車とバイクを売って、お金を作ってほしい。そうしてくれたら結婚する』と持ちかけた。
その言葉を信じた和久井被告は、愛車のバイクと車を売却して合計1600万円をA子さんに渡したものの、一方的に連絡を絶たれた。犯行当日は、お金を返してもらうためにA子さんに会いに行くと悲鳴を上げて逃げられ、人が集まったため、パニックになって殺害に至ったと主張しました」(同前)
ハンカチで涙をぬぐう場面も
また、7月9日に行われた被告人質問では、和久井被告が初めて事件について口を開いた。黒いスーツ姿で法廷に現れると、緊張した面持ちで証言台に立つ。弁護側に、A子さんとの交際について問われた和久井被告は、「(A子さんに)告白した時は、彼氏と別れたばかりで男性不信に陥っていると言われた。だから自宅には入れられないけど、プラトニックな関係なら……とOKをもらいました」と回答した。
また、結婚後の2人の将来の生活について問われると、涙ぐむ場面もあった。「最初に子ども(を作るか)の話もしましたが……。A子さんは持病を抱えていて、だんだんと動けなくなっていく(と言われた)。亡くなると思っていました。もし動けなくなったら……」と話した直後、長い沈黙が続き、口元をハンカチで押さえた。その後、休廷した際には、目元をハンカチでぬぐう仕草も見せた。
その一方で、検察側は当日の犯行のほか、2人の交際の事実について追及。交際してからもデートをせず、自宅にも行かず、A子さんは本名すら明かしていない証言に触れ、「そのような状況で、なぜA子さんから結婚の打診があったのか。なにか他のことを言っているのを、あなたが『結婚してくれる』と言っていると理解したのではないか?」と質問を投げかけた。それに対して和久井被告は、「結婚するという言葉を(A子さんは)言いました。その言葉に違和感も持たなかった」と答えた。
さらに、裁判官からA子さんの遺族への思いを問われると、「まだ気持ちの整理がついていない。分からない」と言葉を詰まらせた。その理由を尋ねられた和久井被告は、数秒の沈黙の後、言葉を選ぶように、「大好きで信用してた人に裏切られ、ライブ配信で悪口を言われ、さらには借金を背負わされた。好きなこともできず、好きなものも食べれず、ものすごいストレスを抱えていたので……」と回答。
あくまでA子さんに結婚を反故にされ、カネを返してもらうために犯行に至ったと主張した。
この供述は、判決にどう影響するのか。実は、現代ビジネス記者は昨年12月、A子さんの元夫を取材していた。冒頭のコメントもその際のやり取りだ。この男性、宮本さん(仮名)は、銀座のキャバクラに勤務している中で、同店のキャストだったA子さんと付き合い、2022年に結婚。だが、事件の2ヵ月前に、些細なトラブルをきっかけに離婚していた。
元夫が語っていた「事件の経緯」
宮本さんは「彼女の名誉のためにも、この場で僕が見た真実を伝えたい」と話し、事件の経緯を涙ながらに語った。A子さんと和久井被告が初めて会ったのは、2018年ごろにさかのぼる。
「2人はK-POPアイドル『TWICE』のオフ会で知り合ったと聞きました。当時のA子にとって、和久井はただの車とバイクが好きなおじさんという印象だったようで、他のオフ会メンバーを合わせた3人でディズニーに行ったこともあるそうです。
僕と付き合うようになってからは、A子から『その人(和久井)には彼氏がいることは伝えている』と聞いていたので、当時はただの趣味仲間程度にしか思っていませんでした」(宮本さん、以下「」も)
銀座のキャバクラで売上No.1に輝いたA子さんは、やがて自分の店を持ちたいという夢を叶えるために、2021年4月に独立。東京・上野エリアでガールズバーをオープンし、宮本さんも従業員として店を支えていくことになった。和久井被告が客として訪れるようになったのは、ちょうどその頃だったという。
「最初はふつうに飲んで帰っていくだけの良いお客さんって感じで、キャストたちにも『わくちん』と呼ばれていました。ただ開店から数ヵ月が経つと、徐々に来店ペースが増えていき、A子に対して『今日は一緒に帰ろう』とか『家まで送ってくよ』などとしつこく誘うようになり、プライベートにも踏み込んでくるようになった。
そのたびにA子は、『知り合いとして付き合うのはいいけど、それは無理だよ』と断っていたのですが、和久井は『なんでだよ!』と怒るようになりました。困ったA子は、ある日を堺に『もう(店に)来なくていいから』と突き放して、出禁にしたんです」
その後、店の経営に行き詰まったA子さんは、2021年8月にガールズバーを閉店。業態をキャバクラに変えて再出店することを決意し、準備期間に入った。この頃には、宮本さんはA子さんと新宿のタワーマンションで同棲していたが、経営を巡る意見の食い違いで対立。数ヵ月間にわたり連絡を取らず、別居していた。
「A子が開店資金を準備させた事実はありません」
A子さんとの関係が修復したのは、同年11月のこと。その際にA子さんから、「実は、和久井の行動がどんどんエスカレートしていて…」と相談を持ちかけられたという。
「これはA子の悪いところなんですけど、キャバクラの開店準備のために、和久井に軽バンで荷物を運ばせたり、足代わりに使ってたそうなんです。さらにA子は、『8月で彼氏と別れた』と話したそうで、一緒に歩くときも距離が近くなって『僕どうですか?』とか『手繋いでいいですか?』とかしつこく聞いてくるようになった。
僕と復縁してからは、開店準備にはいっさい呼ばないようにしました。でも、いきなり関係を断ち切るのはマズいと思い、その後も和久井から連絡が来たときは、A子も当たり障りのない返信をしていました。
ただ、事件後の報道では、開店資金を和久井に準備させたとか書かれてましたけど、そのような事実は絶対にありません。金銭面に関しては、すべて自分のお金でやってましたから」
だが、この開店準備の手伝いをきっかけに、和久井被告の行動は徐々にエスカレートしていく。
後編記事『《新宿タワマン殺人・公判》被害者A子さん「元旦那」が明かした和久井被告の「奇行」…自宅玄関前に置かれた「ヤバすぎる贈り物」とは』では、ストーカーへと変貌していった和久井被告の「素顔」に迫る。