「人間の世界で暮らす動物たちが、心身ともに健やかで、そして穏やかでいられる社会を実現したい」という思いのもと、2020年に一般社団法人動物支援団体「ワタシニデキルコト」(以下、「ワタデキ」)を立ち上げ、動物の保護活動を行っている坂上知枝さん。保護の現場で起きていることや、犬猫たちとの日々のエピソードを坂上さんに語っていただく連載の後編。
育て上手な預かりさんの存在
前編「牛舎の番犬とつがい数匹の子犬を育てる野犬。牛舎の引っ越しで父犬も餌場も失った母犬の運命」では、センターから保護された仔犬・ロンと、その母犬で、人間の都合に翻弄されてきたカフェについてお伝えしている。
野良として長く過ごしてきた母犬・カフェは、2024年8月にセンターに収容されたものの、人に慣れておらず、職員がいる間はクレイトの奥に隠れ、ごはんにも手をつけないほど警戒心が強かった。
当時、坂上さん宅には多頭飼育崩壊からレスキューした犬など、手がかかる犬が複数いたため、引き出したくてもなかなか引き出せずにいた。そんな中、ロンの預かりさんのチカコさんが、「うちで預かります」と申し出てくれた。
「ロン、ムック、ノアなど、犬の性格や心情をよく観察しながら、その仔その仔に合わせたかたちで上手に育ててくれた、チカコさん。私もチカコさんにこそ、ぜひ預かってほしいと思っていました」
頼りになる預かりさんも決まり、坂上さんはカフェの引き出しを決める。その日、センターの職員たちは「ハンニバル・レクターの移送時のような厳重さ」となって、カフェはセンターのクレイトに入れたまま引き渡されたという。
すぐにパニックを起こす要注意犬のはずが
引き出しにあたり、センターからはこう報告を受けていた。
・人前では食べない
・首輪でリードを付けられるようになったが、テンションによってパニックを起こす
・ハーネスもパニックを起こす
・散歩はできない
・抱き上げるとパニックを起こす
・トイレはシートでできるようになった
・人は怖がるが攻撃性はない
「咬んだり、威嚇したりといった攻撃性はないけれど、怯えるところがあるので逃げ出してしまうことを警戒していたようです。持っていったハーネスも装着は難しいとなり、車に乗せる際も、『クレイトをお貸しするので、このまま乗せてください』と言われました」
対面してすぐクレイトの中に手を入れ、撫でてみるが、警戒する様子はなかったという。
「おとなしくて、かわいいんです。そんなに怯えているようにも見えませんでした。で、よく見ると、とても若いんです。ロンのお母さんであること、ロンの前にも出産を経験していることを考えると、3歳くらいでしょうか。センターからの報告にもある通り、シートでおしっこができるし、短い時間だとは思いますが、人間に飼われたことがあるのではないかと推察しました」
カフェはそのままチカコさん宅へ。その直後、チカコさんから連絡が届いた。
野良として長い間孤独に生きてきた
チカコさんからの連絡は、坂上さんと喜ばせるものだった。
「抱っこしてもおとなしかったから近所の芝生まで連れていってみたら、ちゃんと歩けました! 久しぶりの土の感触だったのかな。とてもうれしそうにしていた」
「手であげたらご飯も食べてくれた!」──。
やはり一度は人間に飼われたことがあり、人間の愛情を知っている犬なんだと、坂上さんは確信する。チカコさんも同じ意見だった。
「ロンが頑固だったからお母さんも頑固なんじゃないかと、人通りの少なくなった夜に『行くよ~!』と、少し強引に連れ出してみたら大成功」とチカコさん。
1週間もすると、日中の散歩もできるようになり、今では、朝は、チカコさんを起こすかのようにやってきて顔を近づけるまでになった。エレベーターも最初からスムーズに乗っているそうだ。
「エレベーターに乗った経験があるのかもしれませんね。人間の言葉も理解しようとするそうです。やはり人間に愛されたことのある犬なのだと思います。
長い間、孤独に生き抜いてきたカフェが、もうひとりにならずにすむのかと思うと、うれしくて泣けてきます。
ひとりで頑張ってきて、子どもを産んでも取り上げられてしまって……。賢明に生きてきたカフェに、味方はたくさんいるんだよ、もう怯えなくていいんだよ、と伝えたいです」
自分を愛してくれる家庭で
5月20日には「いつも私が帰ると犬たちが玄関で帰ってくるのがわかるから待っているのだけど、今日はカフェも一緒に待っていてくれた」、さらに23日には、「朝起きると、私のお布団の上で寝てた」「さっきは初めて私の手からささみを食べた!」と、チカコさんから報告があった。まだ、ごはんを食べる時はソファの下で半分体を隠して、ではあるそうだが、カフェは日に日に新しい環境に慣れていっている。
「自分を愛してくれる誰かと一緒にいると安心なのだとわかったのだと思います。チカコさんを出迎える際、ほかの犬と同じように尻尾を振って、『あ、私、今、尻尾、振っちゃった?』と驚いていたとか(笑)。かわいいですよね。
坂上さんのもとにチカコさんから「いつも私が帰ると犬たちが玄関で帰ってくるのがわかるから待っているのだけど、今日はカフェも一緒に待っていてくれた」と喜びのメッセージが、動画付きで届いた。
ドッグランは怖がるけれど、チカコさんのうちの2匹は大好きで。この2匹がいつもいい仕事をしてくれるんです。つい最近も、キャバリアのセレナは、カフェがベッドの下に隠れていた時、『大丈夫?』と覗きにいってくれました。ラブラドールのレイも、カフェを安心させる存在。よく遊んでくれてるそうです。
2匹が家族を信頼しているからこそ、カフェも心を開くのが早かったのでしょう。チカコさんの顔をペロっと舐めてくれるようになったりと、着実に前に進んでいます。最近では置いてあるペンをかじるなど、いたずらもするそうです。周りを見る余裕が出てきたんですね」
最近のカフェは、チカコさんの娘のさくらちゃんのベッドの上で寝ていることが多いそう。チカコ家はお母さんの犬やお友だちの犬を預かったりと他の犬が遊びに来ることも多い環境だが、「カフェはみんなと上手に挨拶し、チカコ家の一員のような顔も見せたりするそうですよ!」。
まだあどけなさの残るカフェは推定3歳。チカコさん宅で、ずっと一緒に過ごす家族との出会いを待っている。
「いつか、カフェとピスト(ロン)を会わせてみたいですね。色も大きさも違いますが、表情や性格はよく似ているんです」