「いつかゆっくりできる日」を夢見て「今」を犠牲にしていないだろうか。ベストセラー作家のオリバー・バークマン氏は「そんな日は永遠に来ない。“まず全部片づけてから”と考えていたら片づけだけで一生が終わってしまう」と言う。
不完全で予測不能な人生を受け入れ、自由で身軽な生き方を目指すための考え方をバークマン氏の著書『不完全主義 限りある人生を上手に過ごす方法』(高橋璃子訳)より一部抜粋・編集してお届けする。
人生の困難は必ずしも解決しなくてもいい
人生を未来のより良い地点への旅だと考えるなら、
現在の価値を見失ってしまう。
……W・サマセット・モーム(作家)
人生をすっきり整理するのは、不可能である。
生産的な人間になるための苦しい努力をやめたとき、思いがけず手に入る豊かさ。
自分にできることなど微々たるものだ(それすらも、必ずやらなければならないわけではない)という事実を認めたとき、ふいに動きだせるようになる、その身軽さ。
はかなく予測不能な人生を受け入れれば、日々は生き生きと動きだす。自分の欠点や失敗を隠すのをやめれば、孤独の苦しみは軽くなる。
人生の困難を解決しなくてもいいのだと思えたとき、重苦しさは消えて、心が自由に解き放たれる。
終わらないタスク、選びきれない選択肢、不確かな未来、悩ましい人間関係――それらを「解決すべき問題」と捉える必要はない。
もっと違った世界の捉え方を探究してみよう。
その生き方を「不完全主義」と名づけたい。
未来に縛られず「今を生きる」
自己啓発の界隈では、未来に縛られないために「今を生きる」というアドバイスがよく言われる。未来の計画を手放し、肩の力を抜いて、次のヨガに顔を出せたら上出来くらいの気持ちで生きなさい、と。
ただ実際には、未来の計画を捨てなくても、今を生きることはできる。問題は、未来の計画とどうつきあっていくかだ。
手放すべきは計画そのものではなく、計画が実現するまでは人生を楽しめないという思い込みだ。現実はむしろ逆で、大きな目標を追い求めることこそ、人生を存分に楽しむためのすぐれた方法なのだ。
とはいえ、いったん計画を忘れて息抜きをしたほうがいいケースも当然あると思う。
まとまった休暇を取るのもいいし、いわゆる「ミニリタイア」をして、老後の楽しみを今すぐ体験するのもいいだろう(実際、老後まで自分が生きている保証などないのだから)。それが無理なら、今日1時間だけ、好きなことをして楽しんでみてもいい。
未来のために投資してきた時間の貯金を少し引きだして、今の自分のために使うのだ。
もちろん、未来のための我慢をもう少し学ぶべき人だって世の中にはたくさんいる。
しかし「そうだ、我慢は大事だ」と思うタイプの人は、むしろ我慢しない方法を学んだほうがいい。
心の安定をゴールではなく出発点に置く
「今あるこれが人生だ」という事実から導かれるひとつの結論は、心の安定を目指して努力すべきではないということだ。事態は逆で、心の安定をゴールではなく出発点に置く必要がある。
ちょっと謎かけみたいに聞こえるが、これがきわめて実用的な考え方なのだ。
ここで僕が「心の安定」と呼ぶのは、広い意味で、人生がうまくいっているときの感覚のことだ。
僕にとってそれは、落ちついて集中力があり、活力があって生産的で、人とのつながりを感じられる状態を意味する。それは不安や孤立や、途方にくれた状態の対極にあるものだ。心が安定していれば、困難に出会っても容易に折れずにいられる。
とはいえ、思いどおりにならない日々のなかで、心の安定が手に入らないと感じるのも無理はない。まあ完全に収拾つかないわけではないけれど、今はまだ心を乱すものが多すぎる。ストレスフルな仕事や用事が落ちついたら、もっと心穏やかに生きられるのに、と。
その地点はすぐそこかもしれないし、ずっと先かもしれない。いずれにせよ、ここで注目したいのは、それが今いる出発点とは異なる位置にあるということだ。
どこかここではない場所に、僕らは安寧を求める。
ストレスを根絶しようとしない
しかし「心の安定を手に入れるために環境を整えよう」とか「まずは邪魔な雑用を全部片づけてしまおう」という態度は逆効果になることが多い。そこにたどり着くまでのハードルが上がり、心の安定がいっそう遠のいてしまうからだ。
ストレスを根絶しようと頑張りすぎると、よけいにストレスが溜まる。その過程でいろいろな雑用を片づけることはできるかもしれないが、心の安定はけっして手に入らない。なぜなら、「心の安定はここではなくもっと先にある」と、暗黙のうちに自分に日々言い聞かせているからだ。
それが「心の安定をゴールにする」態度だとすれば、「心の安定を出発点にする」というのは、まず現状を受け入れることを意味する。
今のままでも心の安定は手に入ると考えるのだ。その前提に立てば、いつかすべてが片づいた日まで心の安定を先送りしなくてすむ。
リッチー・ノートンの著書『アンチ・タイムマネジメント』では、この考え方を2つのステップに要約している。(1)自分がなりたい自分を決める。(2)なりたい自分になったつもりで行動する。それだけだ。
つづく記事〈問題を全部片づけている時間はない…ベストセラー作家が教える「やりたいこと」を「永遠に後回しにしない」3つの方法〉では、「心が落ちついたら始めよう」と永遠に待ちつづけるのではなく、まず行動を起こすための具体的なテクニックを3つ紹介する。