私たちの体は食べたものでできている。つまり、地球が不健康だと私たちの生存も危うくなる。では、日常のなかでできる気候変動対策ってなんだろう。環境や生態系を回復させながら空腹をおいしく満たす方法を、食に関わる人たちの対話を通して考えよう。
Part 2:海と魚
日本を囲む海は生物多様性に富み、全世界の海で見られる生き物の14%もの種類が生息しているという。ところが近年、サンマやサケ、イカなど慣れ親しんだ魚介類の漁獲量が減少しているというニュースを聞く。また日本の沿岸域には地域によって異なるさまざまな海藻(草)が生息している藻場があるが、魚と同様に藻場が減少する磯焼けと呼ばれる現象も大きな問題となっている。サステナブルシーフードの普及に取り組む2人に話を聞いた。
相馬 47都道府県の郷土料理や食文化を紹介する〈d47食堂〉では、UMITO SEAFOOD(海と漁業のサステナビリティを応援するシーフード)を使ったメニューを提供しています。というのも長年、郷土食に取り組んでいると「昆布が危機だ、魚が獲れなくなった」という話が方々から聞こえてくるんですよ。古くから食べられている食材は食文化でもあるから、それを担う職人や手仕事も存続の危機。
村上 日本は海の恩恵を受けてきた国で、海産物が大切なミネラルやタンパク質の摂取源だったんですよね。内陸の土地でも食べていたのかな。
相馬 もともと四足動物の肉を食べる文化がなかったから、野菜や穀物、魚、海藻の比重が大きい。昆布はその最たるもので、47都道府県の半数以上に昆布のだしを使う文化があるんです。
村上 その食文化を掘り下げていくと面白いですね。北海道で採れる昆布が、今や全国で使われている。
相馬 でも近年、温暖化の影響もあって大量発生しているウニによる食害で、北海道の昆布が大危機です。磯焼けと呼ばれる海藻(草)の群生地が消失した状態になってしまっている。じゃあ、ウニを獲れば収入になるじゃないか、と思うけど、ウニも昆布がないから栄養不足で身がスカスカ。
村上 磯焼けは全世界で起きている大問題ですね。海藻(草)の群落である藻場は、環境変化の影響も受けやすい脆弱な存在で、ここ10年で面積が70%も減っています。魚介類の住処であり、産卵場や餌場でもあり、海の多様性を支えるベースですから。
相馬 海底から離した養殖なら大丈夫かと思いきや、生態系からは外れてしまうし、ムラサキウニ増加の勢いがありすぎて……。
村上 囲いを作って守るのもひとつの手段ですが、ウニが増えすぎたのはコロナ禍に出荷量が減ったからだという説もある。人間がいないと成り立たない生態系になっているのかもと。
相馬 人間が遠方の人の分まで供給し始めたときから、自然に負荷をかけるようになってしまった。漁業ももはや生態系の一部として組み込まれているとなると、人間の関与の仕方を考えるべきですね。養殖でも1年で出荷していたところを2年かけて“量より質”に転換していくとか、天然ものにシフトするために海を管理するとか。
村上 “当たり前”を疑ってみると、新たな道が見つかるかもしれない。人間が変わらないと、海も変わらないんです。自然界は“食べて食べられて”という相互補助の関係なのに、人間だけ利他性が少なくて搾取するばかり。ならば意思の力でなんとかしないと。
相馬 視点や考え方を変える必要はありますね。今、いくつかの郷土料理が温暖化の影響で危機に瀕しているのは、必要な魚介類が獲れる海域が変わって、物理的に手に入らなくなったから。例えば北海道でフグが獲れるようになったけれど、フグを食べる文化がないから、名産地である山口へ出荷しているという話もある。ならば今後は、文化を守るために料理法は継承しつつ、違う食材で代用するニュー郷土料理=“もどき郷土料理”を提案することも必要かなと考えています。
村上 獲れる海域が変わったのは、黒潮のレジーム・シフトが起きているせいもありますね。原因がなんにせよ、常識にとらわれず、環境変化や文化の移り変わりなどにも視野を広げることが大切。
相馬 農家さんも同様に話していました。その土地に根付いてきたはずの在来種野菜が、気候変動によって育つ場所が北上してしまった。食べ慣れない土地では売れないけれど、レストランは買ってくれるから、野菜を知ってもらう最初の一歩にシェフの力を借りようと。ただし、系群が移動するだけでなく、絶対数が減ってしまった魚種も増えていますよね。
村上 日本の漁獲量が減っているのは、海洋酸性化によって餌となるプランクトンが小さくなったという説もありますが、獲りすぎも問題です。食物連鎖の上にいる大きな魚を食べると生態系が崩れてしまうから、下のほうの小魚を積極的に選ぼうとも言われています。
相馬 各地の食文化を尊重しつつ、漁獲量の上限設定をするなど資源の管理を工夫していく必要がありますね。全国に流通させず、地域内でしか食べられないようにするとか。
村上 マーケットコントロールという手法もあります。価格が安いときには流通させないようにして資源管理するわけです。漁獲制限に関しては、漁業組合が複数だったり、県をまたいだりすると管理しづらいという問題がありますが、とても有効。というのも、海の生態系は反応が早いんですよ。人間が餌を与えなくても勝手に育つわけで、少し休むと効率よく復活する。これを海のレジリエンスと言うんですが、私たちの活動も、これを高める、または維持していくことを目的としています。
相馬 僕は、下水道施設の高度な処理によって、栄養源である有機物の流れ込みが減り、海が貧栄養化したことも影響しているのではないかと考えています。人間も食物連鎖の一部になるためには、排泄物をバランスよく流すことも必要なのかも。
村上 確実に言えるのは、生態系のベースになっている藻場を増やす必要があるということ。藻場は森林よりも生態系サービスの価値が10倍も高く、海洋酸性化によって育ちにくくなる貝の養殖や、藻場に産卵する魚の生育にも関わってきます。炭素固定量は熱帯雨林の10倍とも言われていて、ブルーカーボン・クレジットに利用できる可能性も高い。だから食用ではなくても、海藻(草)を育てることは、経済的にもメリットがあるはずです。
海と陸はひとつの生態系。すべては繋がっている
相馬 藻場の再生には、山との関係性も大きいですよね。過密な植林によって、山のミネラルが減ってしまい、海にも流れ込まなくなるという……。山の保水力も失われているから土砂が流れてしまうことで、川が浅くなったという話もある。
村上 川が浅くなっているのは、ダムの影響もありますね。ダムは魚の行き来を止めてしまう人工物。河畔林が広がり、川のpH値も変わり、魚が住みづらくなってしまったりもする。
相馬 となると、魚によってもたらされる有機物も山に届かなくなってしまう。すべて繋がっていますね。
村上 天然の資源には変化がある。人間の都合で食べ続けるための量を確保するとか、経済的に成り立たせたいなら養殖の出番。
相馬 養殖は選び方が難しい。環境に負荷がない育て方なのか、餌の安全性はどうかなど、消費者に見えづらい。
村上 そこは認証マークがわかりやすいかなと思います。ASC認証をとっているということは、抗生物質やワクチン、飼料に対しても厳しくチェックしているということ。食べ残した餌による環境変化など、水質や生態系の保全についても調べているということです。
相馬 海外では認証をとらないと消費者に選ばれないから小売業者も協力するけれど……。
村上 日本で認証取得が進まないのは、魚はおいしければいいという価値観が根強いせいもあります。認証をとる作業は複雑だし、必要なデータをそろえるための費用の負担も大きい。
相馬 持続可能な漁業管理が暮らしのあり方に浸透していくといいよね。先人から学べることは本当にたくさんあるから、それをどうアップデートしていくかを考えたい。
村上 人類がどう向き合っていくか、という規模の話ですからね。まずは旬の魚を知ること。小さなことですが、海について知るきっかけになる。
相馬 長期的なプランと短期的なプランを考えながら、みんなでポジティブに行動していきたいですね。
藻場
アマモなどの海産種子植物である海草と、カジメや昆布など胞子によって繁殖する海藻が茂る場所のこと。海域や水深、底質によって異なるタイプの藻場が立体的に存在し、海を浄化したり酸素を供給したり、炭素を固定したりしている。
磯焼け
藻場が消失し、岩場だけになってしまう現象。海の砂漠化とも呼ばれ、沿岸漁業に大きな被害を及ぼす。気候変動の影響が大きい。
レジーム・シフト
大気、海洋、海洋生態系から構成される地球表層システムの基本構造(レジーム)が数十年間隔で転換(シフト)することをいう。地球規模で起きていると考えられている。
系群
分布域や成長などの違いから、ある程度、まとまっていて独自の数量変動が想定されている集団。資源の調査や解析・管理は個々の系群を単位として行われる。
海洋酸性化
地球温暖化の原因になる二酸化炭素が海水に溶けこんで、pH値が下がり酸性に近づくこと。この海洋酸性化によって貝類や甲殻類が育たなくなるなど、生態系に深刻な影響が出ている。
漁獲制限
水産資源の維持や保全を目的として、漁業において課される制限のこと。魚の種類ごとに毎年、漁獲量の上限を決めたり、それを個々の漁業者や漁船ごとに割り当てたりする。また、産卵や孵化の時期には漁を控えたり、成長途中の魚は海に帰したり、小さな魚がかからないように網目を大きくするなどの対策も含まれる。
レジリエンス
「回復力」「弾力性」「適応力」などの意味を持つ言葉で、ビジネスや心理学、SDGsの分野で使われることが多い。生態学においては、環境汚染や自然災害による被害からの回復力をさす。
生態系サービス
生態系の機能のうち、特に人間がその恩恵に浴しているものを言う。藻場の生態系サービスは、食物の供給、水の浄化、海岸線の保全、炭素の隔離など、全生態系でトップクラス。
ブルーカーボン・クレジット
藻場を始めとする海洋生態系が吸収する炭素のことをブルーカーボンといい、その量をクレジット化し、炭素排出の削減・除去の貢献量に価格をつけ、取引を行うこと。
D&DEPARTMENT 相馬夕輝
あいま・ゆうき/D&DEPARTMENT飲食部門「つづくをたべる部」ディレクター。全国を取材し、その土地の食文化を活かしたメニュー開発やイベント企画などを手がける。著書に『つづくをたべる食堂』(d BOOKS)がある。自然と人が循環する食文化を未来につなぐフードシステム〈Tableto Farm〉もディレクション。
UMITO Partners 村上春二
むらかみ・しゅんじ/国際環境NGO・ワイルドサーモンセンター勤務、漁業や養殖業の持続可能性向上を支援するオーシャン・アウトカムズ日本支部長、シーフードレガシー取締役副社長を経て独立。現在は海と漁業のサステナブルなあり方を提案するウミトパートナーズを主宰。
●情報は、FRaU2025年1月号発売時点のものです。
Text & Edit:Shiori Fujii
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