タレントやスポーツ選手の性暴力報道、教師による盗撮行為、医師によるわいせつ事件……、非常に残念なことだが、ニュースを見ると、毎日のように性犯罪事件が報道される。実際に、痴漢に遭ったことがある女性は珍しくないし、通勤電車の中などで乗客の女性が被害に遭っているのを目撃したことがある男性も少なくないだろう。
警視庁による令和5年の痴漢の検挙数は2,254件となっているが、被害を受けても被害届を出すケースは少なく、多くは泣き寝入りであることを考えれば実際の被害はこれを大きく上回ることは想像に難くない。
そして、その性犯罪の数だけ加害者とその家族の存在がある。加害者の家族は、世間から苛烈な非難を受け、負の烙印を押され社会から抹殺されてしまうケースも少なくない。家族が逮捕された途端、いつもの日常が失われ、「生き地獄」とも言える状況に叩き落される現状を克明にレポートした著書『夫が痴漢で逮捕されました-性犯罪と「加害者家族」』を書いた西川口榎本クリニック副院長の斉藤章佳氏(精神保健福祉士・社会福祉士)に、中編では加害者家族の中でも特に非難が集中する加害者の母・妻について聞いた。
批判の矢面に立つのは「母」や「妻」
性加害者の治療や更生などに長年関わってきたソーシャルワーカーの斉藤章佳氏は、その中で加害者の家族が「透明化されている存在」であることに気づいたと語る。加害当事者ではないが、血筋である、家族であるということで、同罪もしくはそれ以上のバッシングを受け、仕事や学校、住むところも失い、最悪なケースでは自死を選ぶケースもあるという……。
しかも、多くの家族は加害実態を知らず、ある日突然、雷が落ちたように犯罪の実態と向き合うことになる。中でも、加害者の妻、あるいは母の戸惑いや絶望はとてつもないものだという。
「妻や母は愛する家族が性加害者として逮捕されたという一報を受け、その事実にまずは大きなショックを受けます。『まさかうちの夫(息子)が?』という、事実を受け止めきれず信じられない思い。その後『どうして!』と憤り、犯罪者となった夫や息子に激しい怒りを感じると同時に、妻として母として『自分が至らなかったせいでは』と強い自責の念を抱く人が少なくありません。さらには自分と同じ女性を加害した家族に対する嫌悪感と被害者への申し訳なさ。自身もなんらかの性被害体験を持つ妻や母であれば、過去のトラウマがフラッシュバックして、パニックを起すこともあります」
だからといって泣き崩れている暇はない。ぐちゃぐちゃになった感情を抱えたまま、逮捕された夫や息子のために警察署での一般面会や保釈金の工面、逮捕された家族の学校や職場への連絡、親族への報告、弁護士の手配などに奔走することになる。
「事件がニュースになれば、加害者のSNSアカウントが即座に特定され、加害者本人だけでなく家族の個人情報がネットにさらされて、あっという間に世間に知れ渡ってしまいます。ネット上に加害者のスレッドが何本も立ち上がることもあります。メディアが自宅に押し掛けてくる、脅迫や嫌がらせの電話がかかって来る、職場に押しかけられるなど、数々のハラスメント行為を受け、加害者家族は社会的に孤立していきますが、それでも母親、妻としての日々の生活は続くのです」
他にも子どもがいれば、残された家族のメンタルケアに加え、食事や洗濯など日々の生活に必要な家事の手も止めるわけにはいかない。近所の白い眼やマスコミ取材におびえながらも、刑事手続きとともに食材の買い物、子どもの送迎などのため、外出せざるを得ない事情もあり、他の家族に比べて格段にやらねばならないタスクが多く、社会の矢面に立たざるを得ないのが母や妻という存在だという。
警察や義父母に追い詰められる妻
「加害者の母と妻は、同じ女性ですが、立場に違いがあります。妻にとって加害者である夫は、いってみれば他人。妻には離婚によって夫と縁を切るという選択肢がありますが、母親にはそのような選択肢がありません。それだけに立場によって、抱える苦悩の質が異なるのです」
では、妻が抱える苦しみとはどのようなものなのか。
「現実的なものとしては経済的問題があります。妻が仕事を持っていても家計をともに支えていた加害者である夫は逮捕によって職を失うケースが多く、家計は困窮します。妻自身も職場に夫が逮捕されたことが知られて、暗に退職を促されるケースも珍しくありません。
その一方で保釈金、弁護士や裁判費用、そして被害者への被害弁済と異例の出費がかさみ、大きな悩みの種となります。
また、子どもがいる家庭では父親が痴漢で逮捕されたという事実をどのように伝えるべきかを悩む妻は非常に多いです。幼い子どもにどこまで話すかはもちろん、思春期の子どもへの影響を考えると苦悩は倍増するでしょう。
そして、子どものために婚姻関係を継続するかについても悩みはつきません。性犯罪者になった夫を許すことができず、きっぱり離婚したいと思うものの、経済的理由や『子どもから父親を奪っていいのか』とためらってしまうこともあります。性加害の事件を起しても子どもには優しい父親である人がほとんどです。その他にも、離婚を選択すると妻自身の配偶者選択が間違っていたということを認めないといけないという心理的なハードルがあります。そのような複合的な要因が重なって離婚を選択できない妻が多いのも事実です」
また、加害者の妻というだけで責められる場合もある。
「最近は改善されてきたようですが、警察での事情聴取や裁判の際に痴漢で捕まった夫のパートナーである妻に対して『セックスレスだったんじゃないの?』と問われた経験を持つ人は少なくありません。この言葉の裏にあるのは『妻であるあなたが夫の性的欲求を十分に満たしてあげなかったから、夫が性犯罪に走ったのでは!?』というバイアスで、夫の性加害を性欲の問題のみに矮小化して捉えその責任をパートナーに押し付けるといった何の根拠もない“性欲原因論”です。同じ言葉を夫の両親からもぶつけられ『あなたが妻として至らなかった(性的・心理的満足を与えなかった)から、息子は痴漢なんかしたんじゃないの?』と責められる人も珍しくありません」
必死で家族を守ろうとしている妻に対する警察や加害当事者の夫の両親からのこうした心無い言葉は、妻の精神を崩壊させるのには充分なダメージとなるだろう。
痴漢の原因は「性欲」以外の要因が……?
そもそも痴漢をする原因は『性欲』そのものよりも、達成感や支配欲、ストレスの歪んだはけ口だったり、弱い立場の女性に対する暴力的な優越感、スリルを味わいたい、つまり緊張と緊張の緩和のプロセスに耽溺していくという、ある意味嗜癖行動の側面を併せ持っている。
「実際に私が関わった痴漢加害者200人以上への聞き取り調査の結果、半数以上の者が加害時に『勃起や射精をともなっていない』と回答しています。これは性的欲求を満たしたいということもさることながら、電車の中という匿名性の高い密室の中で“バレたら社会的死”というスリルを味わいながら、弱い女性が抵抗できないように追い詰め支配することに快感を覚えるというゆがんだ認知から行動に至っている人が一定数存在するということ。一度、成功すると他の人ができてないことをやれたという方向違いの達成感や優越感も生まれてその行動がやめられなくなるわけです。
冷静に考えれば、セックスレスと夫の痴漢行為には何の相関関係もありません。それなのに性犯罪と性欲をストレートに結び付けて『セックスレスで妻が夫の性欲を受け止めていないから、夫が痴漢した』という性欲原因論は、加害者本人である夫までもが妻に責任を転嫁することに繋がります。
この性欲原因論をさらに突き詰めると『男性の性欲は女性に受け止められるべき』という理屈になってしまいます。つまり性加害をしたのは『女性のせい』と加害行為の責任を女性に押し付けることにも繋がるのです。漫画家の瀧波ユイカさんが述べてますが、日本は男性の性欲に甘い『ちんちんよしよし社会』だと言わざるを得ません」
性被害に遭った女性を『露出度が高い服を着ていたからだ』だの『食事に誘われてついていく方が悪い』などとバッシングする人たちは、この『性欲原因論』の信奉者なのかもしれないし、日本社会もこの価値観を内面化しており、これこそが被害者のセカンドレイプの温床になっているといえる。
自分を責め続ける母親の葛藤
加害者が夫の場合、は「離婚」という選択もあるが、加害者の息子と縁を切るに切れない母親の悩みもまた深い。
性加害をした息子を持つ母は、世間から「いったいどんな子育てをしたんだ!」と糾弾されるだけではない。本来、子育てのパートナーであり同じ親であるはずの夫にまで「お前のしつけが悪いからだ」と家庭の中でも一方的に責められ、逃げ場のない地獄を味わうケースも少なくないという。
「世間、ときには夫からも、子育ての不備を責められる母親自身もまた『自分の育て方が間違っていたのでは…』という価値観を内在化させ孤独に悩んでいるケースが多いのです。私が行っている加害者家族の支援グループでも初診時には父親は他人事のような態度で事件や裁判については関与せず、母親がひとりで悩み、苦しんでいる様子が目立ちます」
なぜ母親だけが、ここまで責められ追い詰められてしまうのだろうか。
「これには日本社会に根強く残っている『男は仕事、女は家庭』『母親は家庭の中心でケア労働を担うべき』といった性別役割分業や男尊女卑の価値観が大きく影響しているように感じます。
1997年以降、日本では共働き世帯が専業主婦世帯を上回り、その後も共働き世帯の増加が続いているのにもかかわらず、現在も家事や育児、子育てなどケア労働の負担は女性に集中しています。総務省の社会生活基本調査によると、5歳未満の子どもを持つ夫婦の1日あたりの家事・育児関連時間は、夫の1時間54分に対して、妻は7時間28分と約4倍にのぼり、顕著な男女差があります。
さらに、子どもが成人して性犯罪事件を起こした加害者家族の両親はすでに50代、60代がボリュームゾーンです。彼らの中には夫は家族を顧みず、仕事という大義名分のもと長時間労働に明け暮れて、家事や育児は妻のワンオペという家族モデルが少なくありません。
そのような家庭では、性犯罪に限らず、子どもがなんらかの問題を起こした際『自分は仕事が忙しくて家のことは妻に任せていたから』と、夫が妻に責任をすべて押し付けるケースが見られます。女性のケア労働のもとに成立する男性の経済活動といった構図です。
実際、母親の会では『夫から、お前のせいで息子はこう(性加害者に)なったんだ』と責められたと語る参加者もいました。そんな母親の中には、息子が逮捕された後、我が子を支えたいという思いから再び同居生活を始めたものの、性犯罪者になってしまった息子への生理的嫌悪感がぬぐえなくて、洗濯物を一緒に洗うこともできなくなってしまった人もいます。また何年たっても息子が再犯するのではという心配が絶えず、不安を抱え続ける母親も少なくないのです」
切ろうにも切れない親子の縁。加害者である息子が社会復帰を果たしても、母親の心の中では葛藤が続くのだ。
◇後編『息子が痴漢で逮捕され「風俗に行けばよかったのに」と言った父親も。母たちとの大きな「違い」』では、加害者家族の中でもその存在が見えにくいというか、どこか部外者のようにも見えてしまう「父親」についてクローズアップする。