繰り返される性暴力事件
名古屋や横浜の市立小学校の教師らが、女子児童を盗撮したことが判明した。前代未聞だったのは、小中学校の教師10名がSNS上でグループチャットを作り、盗撮画像を共有していたということだ。容疑者の教師は、「熱血教師」と呼ばれ、職場や保護者からも「まさか」という声が相次いだと報道されている。
今回の事件だけでなく、2023年に大手進学塾での盗撮事件が判明したときにも、「あの進学塾で起きるなんて…」「丁寧に教える講師だと聞いていた」という声があがった。
「痴漢、盗撮、不同意わいせつ、不同意性交等などの性犯罪事件の加害者は、わかりやすい風貌や行動をしているわけではありません。周囲に隠れて加害をしているので、学校であれば生徒や同僚も気づかないケースが多い。また、家族も事件が判明し、警察から連絡があって初めてその事態に気づく、というケースがほとんどです。多くの家族が狼狽え、その状況に困惑し、窮地に陥ってしまう。
もちろん、性犯罪を起こした加害者は正しく罰せされるべきですし、被害者のつらい思いに耳を傾け支援してくことはとても大事なことです。ですが、それと同時に、加害者の再犯防止プログラムや加害者家族の心理状態を知り、かかわりを継続していくことも性暴力への対策には重要なことだと感じるのです」というのは、新著『夫が痴漢で逮捕されました-性犯罪と「加害者家族」』(朝日新書)の著者であり、加害者家族臨床の最前線に関わる西川口榎本クリニック副院長の斉藤章佳氏(精神保健福祉士・社会福祉士)だ。
前編・中編・後編の3記事で、斉藤さんの話をお伝えする。前編では、性犯罪加害者家族の逃げ場のない生き地獄について聞いた。
ある日突然、日常が崩壊する
「お宅の息子さん(ご主人・お兄さん・弟さん)が痴漢で逮捕されました」
そんな警察からの一本の電話で、家族の人生は激変する。
2016年、有名な女性俳優の長男である俳優が、宿泊先のホテルで従業員女性に性的暴行を加えけがをさせたとして、強姦致傷の疑いで逮捕された(後に示談が成立し、不起訴)。このとき母親の俳優は、息子が拘留されている警察署の前で報道陣の取材に応じ『申し訳ございませんでした』と頭を下げ、その後、謝罪会見を行った。
このとき息子はすでに成人していたが、会見で彼女は涙ながらにこう語った。
「自分なりに精いっぱいやったつもりですが、このようなことになった以上、何も言えることではないと思っています。私の“育て方”が悪かったと思っています」
「世間から想像を超えるバッシングを受け女性俳優はCMやTV番組を降板せざるを得なくなり、しばらくテレビから消えることになりました。たしかに彼女がテレビに映るたびに息子の逮捕が連想されますし、その母親をCMに起用した企業イメージにもマイナスの影響を与えます。また彼女の自粛は、同様の被害に遭って苦しんでいる人たちへの配慮ともみなすこともできますが、成人した息子と母親はそもそも別人格ですし、彼女自身は罪を犯していません。
仕事がなくなり、ワイドショーや週刊誌の執拗な取材攻勢で家から出ることもできなくなった母親に対して『事件を起こしたのは息子なのにここまで叩く必要があるのか』『でもその息子を育てたのは母親なのだから責任がある』と賛否両論が巻き起こったことをご記憶の方は少なくないでしょう。
犯罪、とくに性犯罪の加害者の家族は、この女性俳優同様、いやそれ以上に社会から排除され過酷な人生を送ることがとても多いです。
ネットで加害者家族の住所や職場・学校、顔写真などが晒され、仕事や学校を辞めざるを得なくなり、加害者兄弟姉妹の結婚話は破談に。犯罪者の家族としていじめをうけたり陰口を叩かれ、家から出られなくなったり、夜逃げ同然に転居することも。世間から白眼視され、経済的にも追い詰められた結果、自死を選ぶケースまであります……。
恐れずにあえてお伝えしますが、このような苦しみが、自分自身によってではなく家族のだれかによって突然、降りかかってくる加害者家族は、間違いなく隠れた被害者(Hidden Victim)といえます」(斉藤章佳氏)
苦しみを吐露することさえ許されない
「こと性犯罪に対して社会的非難は強く、加害者や加害者家族だけでなく、ときにはその非難の矛先が被害者や被害者家族にまで向くことがあります。加害者が非難されるのは当然ですし、被害者やその周辺を非難するのは言語道断であることは明らかです。では、加害者家族はどうでしょうか。
加害者とその家族を同一視して断罪し、社会的制裁を加えてひたすら謝罪と反省を求める。加害者家族が抱える苦しみを理解するというのは難しいかもしれませんが、執拗に追い詰め、日常生活でふと漏らした笑みさえも『甘えている』『反省が足りない』と責め立てるケースは少なくありません」
2025年6月1日付けで刑法が改正され、懲役と禁錮が廃止され「拘禁刑」に一本化された。これは罪を犯した受刑者の「改善更生」を重視することを目的としている。そして犯罪加害者に対する再犯防止のための治療プログラムの開発、カウンセリング施設などのサポート体制も遅ればせながら国を挙げて徐々に整いつつある。
加害者本人にはこうした公的なサポートが進む一方で、自ら罪を犯しているわけでもないのに社会から追い詰められる加害者家族へのバッシングを防ぐ手立てや心理的な公的ケア体制の構築はまだまだ整っておらず、後回しにされている現状がある。
「私が所属する『榎本クリニック』(東京都豊島区)では、2006年5月に民間医療機関では国内初となる性犯罪加害者への再犯防止プログラムを立ち上げ、翌年7月には必要に迫られて性犯罪の加害者家族の支援グループ(通称:家族会)の活動も始めました。
これまで1000人を超える加害者家族が家族会に参加していますが、参加者はしばしば『生き地獄です』という言葉を、涙ながらに絞り出すように口にします。事件後、日常性が失われ身を隠すように生きている加害者家族にとっては地獄のような日々でありながらもそのことを吐露する場所もなかったのです。加害者家族は隠れた被害者であり、支援が必要な存在であると痛感しています。
そして加害者家族が抱える様々な問題に向き合い、家族が受けた心の傷を回復することこそ、加害者自身の立ち直りや性犯罪の再犯防止につながることも、多くの方にぜひ知っていただきたいと考えています」
◇中編『痴漢で夫が逮捕された妻に「セックスレスだったの?」の質問も…母や妻たちが受けた地獄』では、加害者家族の中でも特に非難が集中する加害者の母・妻について斉藤章佳氏に引き続き話を伺う。