7月7日の「抗日」ビッグイベント
戦後80年、日本にとっては嫌な夏がやって来た。中国が「中国人民抗日戦争及び世界反ファシズム戦争勝利80周年」をテーマにして、大々的なキャンペーンをおっ始めたからだ。特に、7月7日から9月18日までが、「要警戒期間」である。
7月7日、北京西郊の盧溝橋(ろこうきょう)にある中国人民抗日戦争記念館で、このテーマの記念式典が挙行された。習近平総書記の最側近の蔡奇(さい・き)常務委員(序列ナンバー5)が抗日戦争勝利の意義を説き、王毅(おう・き)外相や張又侠(ちょう・ようきょう)中央軍事委員会副主席らが同席した。同様の式典は、全国各地の記念館で開かれた。
1937年7月7日、北京西郊の盧溝橋で、日中が激突。これが引き金になって、以後8年あまりに及ぶ日中全面戦争に突入した。
中国では「七七事変」(チーチーシービエン)と呼んでおり、毎年この日は「反日一色」になる。一般国民が特に盛り上がるわけでもないが、共産党政権と官製メディアが煽りまくるのだ。
私が忘れられないのは、1995年と2012年の7月7日だ。前者は江沢民政権の時で、「戦勝50周年」を祝うと同時に、記念する国策映画『七七事変』を公開。全国民が観るよう奨励した。「半世紀前の日本の恨み忘れまじ」というわけで、町のあちこちに巨大なポスターが飾られていた。
抗日教育で学生を「洗脳」
私はそれから2ヵ月後の9月に北京大学に留学したが、この年の新入生約3000人は、『七七事変』を大学の大講堂で観ることから一年が始まった。中国側が反撃するシーンになると、新入生たちは歓声に沸いた。われわれ日本人留学生は、肩身の狭い思いをしたものだ。
ちなみにこの映画を観賞した後、男子学生は一年間、河北省保定の人民解放軍部隊に入隊させられた。1989年にエリート学生たちが天安門事件(広場の占拠)を起こしたとして、鄧小平中央軍事委員会主席の「鶴の一声」で、入学するや一年間の「入隊」が義務づけられたのだ。
代わって、その一年前に入学した男子学生たちを乗せた大型バスが、次々と西門からキャンパスに入ってきた。彼らはまるで壊れたテープのように、大声で何度も国歌を斉唱していた。中国国歌は、正式名称を「義勇軍行進曲」と言い、抗日映画『風雲児女』の主題歌である。
2012年7月7日も、私は北京に住んでいたが、大騒ぎになった。それは、当時の民主党政権の野田佳彦首相が、この日に国会で、「尖閣諸島を国有化する」と宣言したからだ。
「尖閣諸島国有化」宣言の影響
それを受けて中国の官製メディアは、「『七七事変』が再発!」と、大々的に報道した。この時は、多くの北京市民もいきり立ったため、北京在住の日本人は外出もままならなくなり、私は再び肩身の狭い思いをしたものだ。だが、後に野田官邸の幹部に質したら、こう答えた。
「7月7日の朝刊で、『朝日新聞』が『尖閣国有化』をスッパ抜いたから、国会で野田総理がそれを認めただけのことだ。この日が中国でそんな大変な日だなんて、いまあなたに指摘されて初めて知った」
私は呆れて、二の句が継げなかった。いまから振り返っても、民主党政権というのは、お粗末極まりなかった。
一方、「反日キャンペーン」が終わりを告げる9月18日は、満州事変の発端となった柳条湖事件が1931年に起こった日だ。日本の関東軍が主導して満州事変を起こし、翌1932年、満州国を建国した。この日本の傀儡(かいらい)国家は、1945年まで続いた。
柳条湖事件の現場となった遼寧省の省都・瀋陽では、毎年この日、午前9時18分から3分間にわたって、すべての自動車が停車してクラクションを鳴らす。「日本への怒りを忘れない」という意味だ。
私はこの日に瀋陽にいたことはないが、当日はCCTV(中国中央広播電視総台)のニュースで繰り返し放映するので、映像では何度も見た。それでも瀋陽出身者には、意外に親日派が多い。
「日本を打ち負かした」と喧伝
さて、今年は戦後80周年である。この節目の年を、習近平政権が「利用」しないわけがない。
7月7日を4日後に控えた3日午前10時から45分間、国務院新聞弁公室が主催して、記者会見が開かれた。テーマは、「中国人民抗日戦争及び世界反ファシズム戦争勝利80周年を主題にした展覧と推薦すべき優秀文芸作品、文芸活動に関する状況紹介」である。
登壇したのは、盧映川(ろ・えいせん)文化観光部副部長(副大臣)、劉建国(りゅう・けんこく)広電総局副局長、王暁真(おう・しょうしん)中央ラジオ総台副台長、羅存康(ら・そんこう)中国人民抗日戦争記念館館長の4名。司会は、邢慧娜(けい・けいな)国務院新聞弁公室新聞局副局長が務めた。
1945年9月2日、東京湾に停泊中のアメリカ戦艦ミズーリ号上で、日本は連合国に対して、降伏文書に調印。アジアでの第二次世界大戦が、正式に終結した。そのニュースが中国全土に伝わった9月3日を、いまの中国は、「抗日戦争勝利記念日」に定めている。
実際には、日本はアメリカ軍に敗れたわけで、中国の国民党軍に敗れたという意識はない。ましてや、当時は中国大陸の内陸部に引きこもっていた共産党軍が日本軍を打ち負かしたというストーリーは、どう見ても無理がある。そもそも、現在の中華人民共和国が建国されたのは、終戦から4年以上経った1949年10月であり、日本は中華人民共和国とは戦争していない。
9月3日には軍事パレードを計画
だが、いまの共産党政権は、「日本を打ち負かした」ということを、最大のレジティマシー(正統性)にしている。そして今年の9月3日には、習近平主席が主催する大々的な軍事パレードを、北京で挙行しようとしている。
すでに、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領が参列することが決まっている。10年前の70周年の時は、韓国の朴槿恵(パク・クネ)大統領が、西側諸国のリーダーとして唯一、出席した。
盧映川文化観光部副部長が言及したのは、その日の夜に予定しているイベントについてだった。
「中国共産党中央宣伝部、文化観光部、中央広播電視総台(CCTV)、中央軍事委員会政治工作部及び北京市は、北京で文芸ナイトショーを行う。
また、党中央宣伝部と文化観光部は、8月から10月にかけて、勝利80周年を記念した優秀な舞台芸術作品を演出していく。全国から厳選した約20本の優秀な演劇作品を、北京の各大劇場で、約40の舞台演出にしていくのだ。それらは各種プラットフォームで生放送する。
また、文化観光部と中国文学芸術界連合会は、8月から9月にかけて、中国美術館で勝利80周年の美術作品展を開催する。全国各級の美術館や関係部門が所蔵している往年の著名な作品や、近年の新たな創作品の中から、中国画・油絵・版画・彫塑・水彩画など、300点以上の各種美術作品を、集中して展覧する。その期間、公共教育や学術研究討論会などの活動も執り行う」
膨大な数の「抗日ドラマ」の放映
続いて、劉建国広電総局副局長がマイクを持った。主に語ったのは、これから放映していく膨大な数の「抗日ドラマ」についてだ。
「数年前から企画、創作を始めた関係するテレビドラマには、『われわれの河山』『帰隊』『陣地』『八千里路の雲と月』『風と潮』『反人類暴行』などがあり、これらは続々と完成し、放映していく。
また、多くの資金を集中的に投入し、抗戦をテーマにした記録ドラマを創った。『勝利1945』『盧溝橋:われわれの記念』『心の安らぎは何処へ』『東北抗連』『正義の戦い』などだ。さらに、インターネット記録ドラマ『平和の力』。これらの作品も、今年次々に放映していくので、ぜひ観てほしい。
中国の統計によれば、テレビドラマの視聴者は、すでに3億人を超えた。『名作をもう一度』のチャンネルでは、7月の夜に『崖っぷち』『記憶の証明』などを放映する。8月には『闖関東』『八路軍』『彭徳懐元帥』を放映する。9月には午後に『太行山上』を、夜に『亮剣』『歴史の天空』を放映するので、視聴を歓迎する。
これからすべてのラジオとテレビメディアで、『山河見証――われわれの抗戦の記憶』の宣伝活動を行っていく。報道や特集やフュージョンメディアの生放送、ミニ番組など、大小のメディアを連動して流していく、こうした活動は7月下旬から8月下旬まで、続けて行う」
止まらない「抗日演出」
3人目は、王暁真中央ラジオ副台長である。やはり「抗日番組」を、多くのチャンネルに拡大していくとした。
「CCTVの総合チャンネル(チャンネル1)と科学教育チャンネル(チャンネル10)で、10回シリーズの政治論談フィルム『勝利』を放映する。『国際的視野、国家の立場、当時の考え』に立脚し、中国人の苦難を跳ねのけていく抗戦の過程を全面的に回顧する。中国共産党が中核の役割を担っていくようになり、中国人民の抗日戦争が世界の反ファシズム戦争の中で、重要な地位を占めていく過程を描くのだ。
国防軍事チャンネル(チャンネル7)では、5回シリーズの抗日フィルム『山河銘記』を放映する。特に『持久戦』戦略方針が中国の軍隊と人民に与えた臨機応変の機動的な戦略戦術に重点を置く。
中国語国際チャンネル(チャンネル4)では、6回シリーズの記録フィルム『受降』を放映する。そこでは、中国共産党が率いる八路軍、新四軍が、血がほとばしる奮戦をし、抗日に英勇を馳せ、勝利を奪取し、日本の侵略者たちを投降させていく歴史的な過程を展開していく。
また、6回シリーズの記録フィルム『烽火僑心』で伝えていくのは、海外の華僑、華人たちが、国際的な支援、物資の運送、医療援助など多様な方法で、抗日民族統一戦線に入って行く物語である。中華民族全員の呼吸、運命共同体的な家庭と国家の絆(きずな)を描いていく。
中国国際電視台(CGTN)は、記録フィルム『共同の使命』と『偉大な勝利――ソ連カメラマンが見つめた中国抗戦』を放映する。中国人民の抗日戦争が『東方の主戦場』で重要な貢献を果たしていること、及び中国とソ連両国が重要な役割を発揮していることを、海外の人々に示したものだ。
また、二つの重点的なテレビドラマを放映する。一つは『われわれの河山』で、山東地域で、敵の後方の戦場で軍人と人民が抗戦を果たしていく物語だ。もう一つの『帰隊』は、中国共産党の指導の下で、東北抗日連軍と東北人民が、日本帝国主義の侵略に抵抗反撃していく闘争史だ。
CCTVの総合チャンネル(チャンネル1)、総合芸術チャンネル(チャンネル3)でも、10回シリーズの特別番組『烽火戦歌』を放映する。そこでは、『太行山脈の山上で』『大刀行進曲』『黄河大合唱』などのよく知られた抗戦歌曲を通して、中国共産党が率いる全民族の血がほとばしる奮戦の偉大な過程を展開する。
他にも、『(山西省を流れる)滹沱河の子供たち』『反逆者』『太行山脈英雄伝』『東北抗日連軍』『黄河は咆哮する』など、多くの最近放映したハイレベルのテレビドラマを選んだ。すでに6月下旬から、中国語国際チャンネル、国防軍事チャンネル、テレビドラマチャンネル(チャンネル8)、子供チャンネル(チャンネル14)、農業農村チャンネル(チャンネル17)など多くのチャンネルで再放送を始めている。
さらに、映画チャンネル(チャンネル6)では7月から、『歴史を銘記し、先輩烈士を述懐する』というテーマの映画を放映する。それらは年末まで続け、『本物の戦い』『平原遊撃隊』『八女投江』『狩猟者』『囲剿』『夜襲』など、100本近い異なる歴史の時期、異なる風格の中国産抗日戦争映画を放映していく」
本当に、もうこれでもかというほどの「物量作戦」で、「抗日」を演出していくということだ。
3237点の「抗日文物」を展示
おしまいの4人目は、羅存康中国人民抗日戦争記念館館長である。この記念館は前述のように、北京西郊の盧溝橋事件の跡地に立つ「抗日記念館」の総本山だ。
私も何度か訪れたことがあるが、習近平政権になって大増築された。展示内容も、平和の尊さを説くことに重点を置く展示から、「正義の中国共産党をいかに習近平政権が踏襲しているか」に重点を置いた展示にシフトした。日本が「悪役」であることに違いはないが。
「7月7日に展覧の開幕式を行う。今回の展覧のテーマは、『歴史を銘記し、先輩烈士を述懐し、平和を愛し、未来を切り開く』。展覧面積は1万2200平方メートル、展覧写真は1525枚、文物は3237点に上る。今回のテーマの展覧は、基本的な陳列として長期の展示となるだろう。
テーマは、8つの部分に分かれる。第一部分は、『奮起抵抗 中国人民は世界の反ファシズム戦争の第一撃を打ち鳴らす』。主要な展示は、中国共産党が率いるしっかり武装した抗日の御旗を掲げて抗日民族統一戦線を提唱し、東北の抗日武装闘争をリードしていく。
第二部分は、『全民族抗戦 世界の反ファシズム戦争の東方主戦場を切り開く』。主要な展示は、抗日民族統一戦線を正式に築き、敵の後方の戦場と正面の戦場が協力し、日本の侵略者による侵略に共同で抵抗攻撃していく局面だ。
第三部分は、『主力の中流 中国共産党は揺るがずに抗戦の最前線に立つ』。主要な展示は、中国共産党が持久戦の戦略総合方針を提起、実施し、敵の後方の戦場が次第に、抗戦の主戦場となっていく様子だ。
第四部分は、『戦略の支え 中国の苦難の抗戦は、ファシズムが目論む世界制覇の野望を打ち砕く』。主要な展示は、中国が積極的に、世界の反ファシズム統一戦線を提唱し、打ち建てていく。中国の戦場が、世界の反ファシズム戦争の勝利に、重要な貢献を果たしたことだ。
第五部分は、『悪徳の限り 日本の侵略者のファシズム暴行』。主要な展示は、日本軍国主義が中国人民に対して犯した数々の罪行だ。
第六部分は、『得難い多くの援助 世界各国の人民による中国の抗日戦争への支持』。主要な展示は、中国人民の正義の戦争が、国際社会の尊敬と支持を勝ち取っていった様子だ。
第七部分は、『偉大な勝利 中華民族は復興の歴史的転換点に向かう』。主要な展示は、中国の戦場が戦略的反抗に転換し、抗日戦争は偉大なる勝利を獲得。中華民族の偉大なる復興という光明の前景を切り開いていく様子だ。
第八部分は、『歴史を銘記し、平和を愛し、手を携えて人類運命共同体を構築していく』。主要な展示は、中国は平和的発展の道を堅持し、積極的に人類運命共同体の構築を推進していくというものだ」
以上である。日本が参院選で「内向き」になっている間に、隣国では大変なムーブメントが起こっているのである。
周知のように、中国経済の悪化に歯止めがかからない。そんな中で、政府主導で再び「抗日」を盛り上げていることに対して、日本としては「要警戒」である。
今週の新刊図書
テクノ専制とコモンへの道
李舜志著
集英社新書
1080円
李舜志法政大学准教授は新進気鋭の哲学者で、縁あってお付き合いしている。「AIとの共存」は21世紀の人類最大のテーマで、李氏は哲学者の観点から、この難問に挑んでいる。AIの能力が人類を凌駕する「シンギュラリティ」(技術的特異点)に対抗するキーワードは、「プル―ラリティ」(多元性)だという。民主主義に未来はあるのだろうか?