高校生向けの“重くて厚い本”に、大人が夢中になっている。
売れに売れているのが、高校国語の副教材である第一学習社の『カラー版 新国語便覧』だ。B5判の520ページで、価格は税込1045円。
今年3月、自社のオンラインショップでこの国語便覧の取り扱いを始めたところ、すぐに完売してしまった。その後も完売を繰り返し、他社の国語便覧さえも売り切れるほどの異例のブームが巻き起こっている。
第一学習社のキーマンたちが語る「2つのターニングポイント」とは?
オンラインで販売してみたら…
国語便覧を再評価する動きをいち早く察知したのが、第一学習社でWebマーケティングなどを担うデジタルメディア部の玉川翔太郎さんだ。
〈弊社の国語便覧がバズっているようですね。〉
2025年3月24日、第一学習社の公式Xアカウントでこのような投稿をした背景を本人が振り返る。
「すべての始まりは、当社のオウンドメディア『コラムラボ』に公開されていた3年前の記事です。当社の編集者たちが国語便覧の魅力を語り合うこの過去記事をXで引用してくれた方が現れたんです。そしたら、それがバズりまして。
『文豪とアルケミスト』や『文豪ストレイドッグス』が国語便覧に取り上げられていることに触れながら、『Fate/Grand Order(FGO)』や『刀剣乱舞』といったソーシャルゲームへの理解にも役立つと紹介している部分が刺さったようです。こうしたコンテンツのファンを中心に『この国語便覧が欲しい』という声があちこちであがり始めました」
ここから玉川さんの動きは早かった。
もともと『カラー版 新国語便覧』は主に高校用の教科書や副教材を発行する第一学習社の学校専売品で、一般の購入希望者は書店で注文するしか手に入れる方法がなかった。そこで玉川さんは事業推進部部長の神尾智彦さんにXでの一連の盛り上がりをすぐに報告。「実験的に国語便覧を自社のオンラインショップで販売したらどうか?」と提案したという。
「私たちの国語便覧を欲しいという人がいるなら、できるだけ早く手元に届いたほうがいい。玉川の提案は迷うことなく通しました。振り返ってみると、ここが最初のターニングポイントだったと思います」(神尾さん)
未対応だったオンラインショップでの取り扱いがスタートしたのは3月25日。このときの反響は予想以上で、7時間で売り切れてしまったという。
まさかここから国語便覧ブームの幕が開けるとは、まだ誰も想像していなかった——。
品切れが続出する事態に
オンラインショップでの売れ行きに手応えを感じた玉川さんは、初回販売で国語便覧を手に入れられなかった人のために、早速3月26日に1次再販の実施を決定。反応は初回以上で、わずか3時間ほどで完売してしまったという。
ただ、ここからが怒涛だった。
2次再販(4月1日実施)と3次再販(4月8日実施)はともに6〜7時間ほどで完売。一旦勢いが落ち着いたかと思いきや、4次販売(4月14日実施)はまさかの1時間40分で売れ切れてしまう。Xのトレンド上位に「国語便覧」が上がったのもこのときだ。
次の5次販売(4月16日実施)はさらに早い1時間20分で完売した。なお、「具体的な準備冊数は明かせない」(玉川さん)ものの、いずれの回も同数を準備していたという。
「当初はアニメや漫画、ゲーム好きなどサブカルチャー層を中心に盛り上がっていたはずなのに、いつの間にか一般の学び直し層にまで波及していたようです。あまりの反響の大きさに若干ながら恐怖を感じ始めたのもこのくらいからでした」(玉川さん)
そして、4月21日の6次再販で事件が起こる。これまでの反省を踏まえて通常の10倍の冊数を準備して臨んだにもかかわらず、アクセスが殺到したことで開始早々サーバーがダウンしてしまったのだ。
抽選販売の倍率は驚異の13倍
「当社は外部のECサービスを利用しているため、こうなってしまうと私たちにはどうにもできません。『国語便覧が買えない』、『サーバーが落ちている』といった投稿が相次ぐなか、早期復旧を祈るしかありませんでした。
アクセス制限をかけながら購入できるようになったのは、サーバーダウンから5時間ほど経ってからです。大量の冊数を準備したにもかかわらず、復旧後わずか3時間半で売り切れてしまったのでかなり驚きました」(玉川さん)
ここから第一学習社は販売方法を変更する。平等な購入機会の提供とアクセスの分散を実現するため、次の7次再販では抽選販売を実施することを決定したのだ。6次再販と同じく、通常の10倍の冊数も準備した。
それでも4月28日に抽選販売の開始をXでアナウンスをすると4時間後には準備した数が埋まり、最終的に5月9日で締め切った際の抽選倍率は13倍に達したという。さながら人気アイドルのコンサートチケット争奪戦のようだ。
そして、このときの神尾さんの決断がもうひとつのターニングポイントとなった。
「学校向けの教科書や国語便覧は、毎年の販売数の見通しがある程度立っています。基本的にはその数に合わせて刷るので増刷を実施することは滅多にありません。また、国語便覧には軽く、裏移りしない特殊な用紙を使用しているため緊急の増刷はなかなか難しい。
しかし、さすがにこの応募数に応えるためには大幅な増刷をするしかないな、と。いつもお世話になっている紙の販売会社の方々に無理を言って用紙をかき集めてもらい、イレギュラーな対応をしていただきました。ただ、やはり国語便覧の盛り上がりについては色々な報道で知ってくれていたようで、紙の販売会社や印刷所のみなさんも喜んでいました」
これ以降、第一学習社は「学参ドットコム」という外部サイトに国語便覧の販売と配送を委託。大量の需要にもスムーズに対応できる体制を整えた。
つづく記事〈520ページの国語便覧が1045円って安すぎない…?異例のブームを生み出した広島の出版社が明かす「知られざる儲けの仕組み」〉では、第一学習社の国語便覧の魅力とビジネスモデルに迫る。