青森県の南部、太平洋側にあって、冬でも意外に暖かい八戸(はちのへ)市。以前、姉妹webサイト「Do well by doing good.」にて「行こう! 八戸」第1弾、同エリアの新名物「八戸ブイヤベースフェスタ」のアツすぎる模様をお伝えしました。
実は八戸とその周辺には、ほかにも意外な食文化が根づいています。まずは旨い旨いと評判の馬肉を食べてみましょう。
創業78年の名店が、自社牧場で育てた馬を
八戸市の北西に隣接する五戸町(ごのへまち)。この地域の人びとは昔から馬とともに暮らしてきた。鎌倉時代には軍馬や農耕馬の産地として名をはせ、「人の数より馬のほうが多い」といわれた時期すらあったそうだ。江戸時代になっても馬産はさかんで、五戸、八戸など、いまも青森県と岩手県に残っている一戸から九戸(一戸〜三戸と九戸は岩手県、五戸〜八戸は青森県内にある。四戸だけ現存しない)の地名につく「戸」は、官営の馬牧場の木戸を意味するという説もある。
そんな歴史のある五戸町だから、江戸末期から明治初期以降、馬肉をおいしく食べる文化も育まれてきた。東京では「馬肉といえば熊本!」と思い込んでいる人も多いし、長野、福島なども有名だが、熊本で馬肉文化が栄えたのは明治以降とされる。つまり、五戸のほうが馬肉食では先輩なのだ(これも諸説あり。一番古いのは長野県らしい)。
というわけで、いまも五戸では上写真のように馬の牧場が見られたりもする。競走馬と違って背が低く、ずんぐりして見える茶色やベージュ、黒色の馬たちが、のんびりワラを食(は)んだり、子馬が突然激走したりするさまを眺めているだけで癒やされる。
なのに! これからそんな牧場で育った馬たちを食べようというのだから何と罪深いことか。そうこうしている間に、われわれ取材陣を案内してくれている一般財団法人「VISITはちのへ」の木下里美さんオススメの馬肉レストラン『尾形』に着いてしまった。
尾形は1947年創業。そもそもは競走馬の繁殖、育成を手がけていたが、1965年ごろから肉用馬の肥育を始め、地域を代表する店となった。馬の糞は堆肥(たいひ)にし、有機肥料として近隣の稲作農家に配っているという。その肥料をつかって育った米の稲ワラは馬のエサとなり、それを食べて育った馬の糞がまた……というふうに、サステナブルな循環が成り立っているのだ。
殿様気分で「桜鍋」と「義経鍋」の両方を食べる!
2階の和室に上がり、まずは馬刺し(上写真)をいただく。見てのとおり、しっとりした赤身肉で、きわめてやわらかく、旨みが強い。牛肉に近い食感と味わいだが、馬のほうがアッサリしていて、いくらでも食べられる。五戸を含めた八戸エリア特産のニンニクと合わせると、とくに絶品だ。
そして息つく間もなくメイン料理へ。桜肉とも呼ばれる馬肉を、太ネギ、キャベツ、ゴボウなど地元産の新鮮野菜、糸コンニャク、豆腐などとともに味噌味の出汁で煮る桜鍋だ。ともすれば淡泊にも感じられる馬肉だが、こんな濃厚な味噌出汁と合わさって熱が通ると、刺身とは違った野性味が出てきて、いかにもスタミナ食といった感じがする。この馬の旨みで野菜もスイスイ進む。まさに完全食だ。
最後に追加したのが、五戸町ならではの名物馬肉料理、義経鍋だ。
一見、ただの馬焼肉だが、鍋の形がふつうではない。昔むかし、兄の源頼朝に命を狙われ東北に落ち延びたとされる源義経が、カブトを鍋代わりに野鳥などを焼いて精をつけたという伝説をもとにつくられた“カブト型”南部鉄器の鍋で、少しジンギスカン鍋に似ている。
中央の円筒部分に湯を張って椎茸、白菜など野菜や豆腐を煮(ポン酢でいただく)、その回りのドーム型部分で肉を焼く。さらにその周囲、カブトのひさし部分には4ヵ所のくぼみがあり、そこに真っ白な馬脂を焼いて出た脂をためる。これに赤身肉などを浸して前述のドーム部分で焼き、ニンニクのきいた特製タレをつけて食べると……とてつもなく旨い! 馬の脂は牛や豚の脂と違ってくどくないから、アッサリしている赤身肉などに非常によいコクを与えるのだ。ハッキリ言って、高級な牛焼肉を上回る味わいかも。ご飯にも酒にも合う合う!
まさに、古くから馬とともに暮らしてきたこの地ならではの絶品馬肉料理の数々。八戸随一の景勝地、種差海岸の波打ち際まで広がる天然芝生地(上写真)も、もともとこの地一帯が放牧地で、馬たちが草を踏み固めたことからできたものだという。天然記念物である蕪島(かぶしま)ウミネコ繁殖地(下写真)の草地も、そんな土地柄だからこそ、できたものなのかもしれない。
八戸エリアを訪れたら、馬肉を味わうとともに、こうした縁(ゆかり)のある名所を回ることをぜひぜひ、オススメしたい。どれも一食、一見の価値ありです!
Photo:横江淳 Text:舩川輝樹(FRaU)