新連載「どくしょとしょくぶつ」では、本と植物のある場所を訪ねて、 空間と本、そしてそのあいだに流れている静かな時間をご紹介します。
閑静な住宅街にたたずむ、植物に囲まれた小さな建物——「植物の本屋 草舟あんとす号」は、植物に関連する本のみを取り揃えた書店。都会の喧騒を少し忘れ、植物に癒されながら心穏やかに本と向き合ってみませんか。
(撮影/森 清)
“秘密の花園”のような書店
6月、新生活もひと息つき、忙しい日々に少し疲れを感じている方も多いのではないでしょうか。そんなとき、植物や本と静かにふれあう時間を持つのはいかがでしょう。今回は「読書と植物」をテーマに、東京都小平市の植物専門書店「草舟あんとす号」を訪ねました。
西武国分寺線「小川町駅」から歩くこと10分ほど。府中街道の大通りを一本中に入った住宅街に三軒のお店が連なるこぢんまりとした長屋があります。お店の名前は、花屋さんの「コトリ花店」、焼き菓子店の「コナフェ」、そして植物をテーマにした新刊を扱う専門書店「草舟あんとす号」です。
書店の中をのぞくと、園芸、畑、料理、薬草、植物療法などの専門書から植物図鑑、植物にまつわる小説、絵本、神話や伝説までさまざまな本が並んでいます。このユニークな専門書店はどのようにして生まれたのでしょうか。店主の宮岡絵里さんに、お店が生まれた背景や“植物の本”の魅力について、お話を伺いました。
「もともとガーデナーをしていたのですが、植物に関する書籍は技術的な本が多いという先入観があって…。そんなときに、「秘密の花園」というイギリスの本と出会いました。この本には、何のために働いているかの意味や、心が動く瞬間の大切さなど――本質的なことが描かれていて、心を打たれました。こうした本が、植物の専門書と一緒に並ぶ書店があったら素敵だなと思ったんです」
植物と仲良くなるきっかけに
書店を開くにあたり、世界には植物をテーマにしたさまざまな書籍があることに驚いたと話す宮岡さん。
「人と植物の関係性が見える本を手にとってもらえたらうれしいですね。料理や手仕事、畑や自然――そうした日々の暮らしとつながる“入口”から植物と仲良くなるきっかけになるような本を集めています」
ここにしかない空間をもとめて、草舟あんとす号には北海道や佐賀など遠方から訪ねてくる顧客もいるといいます。お客さんとのおしゃべりや、本の取り寄せにも気さくに対応している「町の本屋」としてのあたたかな一面も印象的です。
どんな本が人気なのか伺ってみると、「植物療法の本と野の花図鑑がよく売れます。東京都薬用植物園に立ち寄った帰りに寄ってくださる方も多いですし、身近な植物を知りたい方のために、持ち歩きやすい小さな図鑑も人気ですね」とのこと。
店名に込めた思い
「草舟あんとす号」という店名についても聞きました。
「“草舟”は、小川町というこの土地の名前から。 “あんとす”はギリシャ語で“花”という意味なんです。両方をあわせてこの名前にしました。
『サン・ジョルディの日』ってご存知ですか? スペインで4月23日に祝われる伝統的な祝祭日であり、恋人や親しい人にバラの花と本を贈る日とされています。ゆえにこの日は“世界本の日”とされていて、草舟あんとす号もこの日に開店しました。本や植物も、誰かに贈るものとして、さらに身近になったらうれしいですね」
店内には種も並び、庭づくりの本と一緒に買う人もいるといいます。本と植物が広げてくれる世界は、想像以上にゆたかなものになりそうです。
今回、「読書と植物」というテーマでお話を伺うなかで、宮岡さんはこう話してくれました。
「植物に囲まれているときと、本に夢中になっているとき。どちらも心が静まる感じがします。木の寿命はとても長くて、本も、昔の物語が今に訳されている――そんなふうに、時を超えて受け継がれていくものを、未来に届けたいという気持ちでお店をやっています」
草舟あんとす号のおすすめ「植物の本」3選
『植物が彩る切り絵・しかけ図鑑』
エレーヌ・ドゥルヴェール/絵
ジュリエット・アインホーン/文
檜垣 裕美/訳
矢守 航/監修
化学同人/刊行
繊細な切り絵とイラストが詰まったしかけ図鑑。植物はどのように生活を営んでいるのか、身近にあるけど実は奥深い、植物が生き抜くための様々な戦略に迫ります。
「カラフルなイラストと精緻で美しいしかけに目を奪われる1冊。めくるたびに、多種多様な植物の世界に飛び込むことができます。それだけでなく、様々な植物に詳しくなれる丁寧な解説付き。子供も大人も、一緒に楽しめる植物図鑑です」
『となりの植物相談所』
シン ヘウ/著
米津 篤八/訳
柏書房/刊行
植物学者であり、画家でもある著者が開いた植物相談所には、悩みのタネを抱えた人々がたくさん訪れます。植物に関する様々な話から始まり、人生の話、生活の話など、相談は思わぬ方向へと続いていき…?
英国王立園芸協会主催「RHSボタニカル・アート・ショー」にて、韓国人初のゴールドメダルと最高展示賞を受賞した著者初のエッセイ集。
「植物に関する知識を応用すれば、人生における色んな悩みも解決できる…? 相談ごとに章立てになっているため読みやすく、どの章から読んでも共感できるような悩みのタネがきっと見つかるはず。息をのむほどに美しいイラストも必見です」
『あららのはたけ』
村中李衣/作
石川えりこ/絵
偕成社/刊行
横浜から山口に引っ越した小学4年生のえりは、ある日、じいちゃんのすすめで、じぶんだけのちいさな畑をはじめることになりました。そこで出会った様々な出来事を、親友のエミに手紙で記します。自然のこと、生活のこと、不登校になってしまった幼なじみのこと…。やり取りを通じて、様々な自然のふしぎと、いじめをめぐる二人の心の動きを繊細に描き出した作品。
「人間関係の悩みは、子供も大人も同じように抱えています。生きづらさを抱えた人に、ぜひ読んでほしい1冊です。子供ならではののびのびとした視点や、思わずへえっと驚くような植物の豆知識にも注目してみてください」
本を読むことは命に向き合うこと
「本を読むことで、自分自身にそっとまなざしを向けられるようになります。社会で生きていると、“自分はダメだな”と感じることもあるけれど、“地球で生きている”と思えば、きっともっとたくましくなれる気がします」(宮岡さん)
忙しい毎日のなか、少し立ち止まって、本や植物と静かに向き合う時間を持ってみませんか。
植物の本屋 草舟あんとす号
営業日:土日月火12:00-17:00
住所:東京都小平市小川町2-2051
アクセス:JR武蔵野線「新小平駅」より徒歩6~8分、西武国分寺線「小川駅」より徒歩10分(駐車場あり)
HP:https://kusafune-anthos.shop-pro.jp/