STVラジオ(北海道)でパーソナリティを務める、ようへい氏によるPodcastの書評番組。第3回の放送では、SFミステリ不朽の名作『クラインの壺』を、岡嶋二人(井上夢人)フリークのようへいが熱く紹介! 物語の内容はもちろん、この作品がなぜ面白いのかを独自の視点で語ります。技術の発達で妙にリアリティが出てきた、現在読むべき一冊です!
井上夢人先生からのメッセージ
皆さん、こんにちは。ようへいです。今回もお付き合いいただきましてありがとうございます。この番組は北海道の STV ラジオパーソナリティ・読書大好き芸人、私ようへいが、ネタバレギリギリまで本の魅力を語る「タイパ特化型書評番組」でございます。
そのSTVラジオで「しゃかりき!ようへい商店」という別番組をやってるんですが、もう十年近く毎週本を紹介しています。複数冊紹介している週もあるので、トータルで500冊ぐらい紹介してるんですけれども、長くやっていますと「紹介された本読みました、面白かった」と感想を頂戴したり、出版社から「著者の方に番組を紹介します」なんてメッセージをいただいたり。番組を続けるモチベーションを皆様から頂戴していますが、本当に嬉しい。幸甚の至りと言っても、いささかの誇張もないような感覚ではあるんですけれども。
中でも嬉しかったのが、2024年本屋大賞の発掘部門で僕の好きな作家さんの一人、井上夢人(いのうえ・ゆめひと)先生の『プラスティック』が選ばれまして、番組で紹介したんですけれども、井上先生から番組に「紹介ありがとうございます」ってメッセージが届いたんですよ。もうめっちゃ嬉しくて、で、僕はその時にお礼を返信しようと思ったんですが、ちょいと待てと。それよりも、先生から番組にメッセージが届いたっていう喜びを番組で話しつつ、先生の他の作品を紹介した方が粋な恩返しじゃないかなと。
そこから数週間、先生の作品を紹介する「井上夢人フェア」ってのをやったんですよ。そうしたら再び「井上夢人フェアをやってくれてありがとうございます」とメッセージが届いたの。律儀な方ですよね!
で、「時短ブッククラブ」という番組が決まった時に、なるべく早い段階で井上先生の作品を紹介しようと思ってました。もちろんそれはXでメッセージをもらったからなんていうミーハーな気持ちからではなく、作品の面白さ、クオリティからであるというのは、読んでいただければご納得かと思います。
あれ? 井上夢人の作品じゃないのと、思う方もいるかもしれませんが、ミステリ好きの方はご存知のように、井上先生って徳山諄一(とくやま・じゅんいち)先生とコンビで「岡嶋二人」っていうペンネームで活動されてました。ま、日本で言うところのエラリー・クイーンみたいなもんですよ。その後コンビを解消して、井上夢人というペンネームで執筆活動をされているんですが、この『クラインの壺』は岡嶋二人としては最後の作品で、もうほぼほぼ井上先生が書かれた作品と言われています。
で、岡嶋作品でお勧めしたい作品は、もう山とあるので最初どれにしようか非常に悩ましかった。ちょっと話は変わるんですけど、僕ね何かお勧めの本を紹介してって言われるとこれ、困っちゃうのよ。ありすぎて。
そういう時は少し問診をして、どんな作品を求めているのか聞き取り調査をしてから「じゃあこんな小説が良いんじゃないかな、こんな本が良いんじゃないですか」ってお勧めできるんですけど、もっと狭い範囲で「何か面白い本ありますか?」って聞かれたらパッと頭にすぐ浮かぶのが、この『クラインの壺』なんですよ。となると、井上先生の1発目はやっぱ、この作品かなとさせていただきました
この小説に関してはもうとにかく面白いから読んでって、まる投げしたい作品です (笑)。僕が今まで読んで来た中でトップクラスの面白さだから。自分の読書歴を担保にしてお勧めしたいぐらいの作品なんですが。そうするとですね、番組の尺が埋まらないんですよ(笑)。あと担保にできるほど、僕の読書歴に信用がない可能性もあるので、ちゃんとね、味を損なわない程度に紹介しなくちゃってところです。
物語はゲームのシナリオライターを目指している20代前半の男性の主人公が、「イプシロン・プロジェクト」という企業にシナリオを買ってもらうんですよ。「やった、僕のシナリオを買ってもらえた、僕のシナリオがゲームになる」と。このイプシロン・プロジェクトが開発しているのはただのゲームではないんです。完全没入型バーチャル・リアリティ・システム、いわゆるVRゲームなんです。
ただシナリオを買ってはもらったんですが、そこから1年半何の音沙汰もない。「あれれ、自分騙されちゃったのかな?」でも、手付けの200万はもらっているので、嘘ってことはないだろうな、でもこんな連絡ないのもおかしいな。なんてやきもきしていたある時、イプシロン・プロジェクトからやっと連絡が来る。
「お待たせいたしました。ゲームが形になって完成に近づいたので、つきましてはゲームのプログラムに瑕疵がないか、シナリオに問題がないかゲームをプレイして確認していただきたい」。ま、いわゆるデバッグ作業ってやつですね。この依頼を受けてイプシロン・プロジェクトに行くんです。そこで主人公は、度肝を抜かれるの。先ほどこれはVRゲームとお伝えしたんですが、最近よくある、ヘッドセットを付けて楽しむプレイステーションVRなどのレベルじゃないんです。
全裸になってカプセルのようなものに入って、ひとたびゲームがスタートすると、視界だけでなく全身がゲームの中に送り込まれる。本当にその世界の中で動いている感覚が味わえる、次・次・次世代ゲーム。もう逆RADWIMPSですよ。「前前前世」の逆みたいなね、次次次世代ゲームなんです。
で、主人公のゲームシナリオは「ブレイン・シンドローム」というタイトルでスパイとなってアフリカに潜入してミッションをこなすっていうものなんですが、本当に自分がスパイとなって活動している感覚が味わえる。「007」のジェームズ・ボンドや「ミッション・インポッシブル」のイーサン・ハントみたいな感覚が味わえるんですが、リアリティがあるので、ミスをしてゲームオーバー、つまりゲーム上で死んでしまう時も”本当に死んでしまう”かのような恐怖を覚える仕上りになっている。
主人公は、「こんなゲームがこの世にあるんだ!」と。そりゃ一年以上開発に時間がかかるよな、いや、むしろよく一年半でここまで作り上げたと感動するんですが、次第にですね、あれ? 今自分がいるのは、現実なのかゲームの中なのか、曖昧になっていく。
そうこうしているうちに、一緒にプレイしていたアルバイトの女性が、この女の子と主人公は互いに憎からず惹かれ合っていくんですけれども、この女の子がある時突然行方不明になっちゃう。あれ、どこ行ったんだろう。何の連絡もなく、あの子は忽然と姿を消してしまったなって。そして主人公もゲームプレイ中に「これ以上は危険だ」「戻れなくなるぞ」「引き返せ」。謎のメッセージがゲームのプレイ中に聞こえるようになる。
イプシロン・プロジェクトは、本当はなにを開発しているのか? これは本当にゲームなのか? 今、自分は本当はどこにいるのか、そして一緒にプレイしていた女性はどこに消えたのか? いやそもそもそんな女性は本当に存在していたのか。主人公はイプシロン・プロジェクトだけでなく、”世界の在り方”を疑い始める――。
なんていうストーリーなんですけど、なにがすごいって、1989年の小説なの。今から36年前。まだスーパーファミコンも出てないんですよ! そんな時代にこのストーリーを生み出した井上先生の卓抜たる才・先見性を存分に感じることができる作品になってます。
さて、ここからはポッドキャストのみの話になるんですけれど。ここまでね、ラジオでお伝えしてるんですが、この先はポッドキャストのみの話です。
世界の形を疑う、この『クラインの壺』という小説、このストーリーが何故面白いのか? スリラー小説なのに、心地よく感じるのは何故なのか? これ、宇宙の理、真理をついてるからじゃないかって、思うの。
「シミュレーション仮説」っていう理論を聞いたことある方もいると思うんですが、僕、北海道の別のラジオ番組で「ワンダーワールド」ってコーナーを14、5年やっていて、色んな科学や風水の面白い話やUFOとかUMAとか種々話してるんですけれども、以前1ヶ月近くシミュレーション仮説を掘り下げたことがある。かなり荒っぽく大掴みにお伝えすると、「僕らの宇宙、僕らという存在は誰かのプログラミングによるものである」「僕らは誰かの作ったゲーム、仮想現実の中の存在である」っていうような説なんです。
んな馬鹿なことあるわけないだろって思うかもしれませんが、これ大真面目に議論されているテーマで、シミュレーション仮説の第一人者、元オックスフォード大学のニック・ボストロム教授は、僕らが仮想現実の中にいる確率っていうのをパーセンテージで提示してくれてるんです。
さあ、その確率は何%だと言っているのか! 10%ぐらい? そりゃそうだよね、だって肉体もあるし、意識もあるからそんなもんじゃないの? いや、それとも20%ぐらいあるかな……もうすこーしあって30%くらいかな? 違う。僕らが仮想現実の中を生きている確率、マトリックスのような世界を生かされている確率は、ニック・ボストロムは100%だって言ってる。
ほぼ間違いなく僕らは仮想現実の存在だと言ってるんです。何故なのか? この理由が面白い!
なんですけど、本の紹介からは離れちゃうのでここまでにしておくんですが、つまり何が言いたいかというと、僕達はリアルかフェイクかこの世界をもっと疑う余地があると。そんなことを刺激・啓発してくるのがこの『クラインの壺』なのよ。
ことのついでにもう一つ。生まれた日のことをなんて言いますか? そう「誕生日」です。亡くなった日は、「命日」です。皆さん当たり前に使ってますが、おかしな話なんです。
何故、命を失う日が「命日」、命の日となるのか。命を失うんだから「失命日」とか「亡命日」とかのほうがしっくり来るのに、何故死ぬ時に命が与えられた「命日」となるのか。また、生まれた日を「誕生日」という言葉。生まれる日なんだから「生日」で良いのに、なぜ「誕」という一文字をつけてるのか。実はこの「誕」という漢字は、偽り・デタラメという意味があるんですよ。つまり僕らは、デタラメの日に生まれて、死ぬ時に命の日、命が始まるときとなる。こんな所からも、やはり僕らはかりそめの仮想現実を生きているのかも知れない。
そして、僕たちがかりそめであれば、その作り手の宇宙も誰かの作った仮想現実の可能性が高くなってしまう。いわゆる無限後退に陥る。果たして僕らの宇宙は、いくつめのマトリョーシカなのか。
この作品の主人公がリアルかフェイクかを疑う物語を僕らが楽しんでいるように、今、世界を疑い始めた僕らを誰かが楽しんでいるのかもしれない。とにもかくにも、まずは存分に『クラインの壺』をお楽しみください。
今回も、お付き合いいただきましてありがとうございました。この番組は毎週月曜朝6時に最新エピソードを公開しております。bo**@*tv.jpで皆さんからのメッセージもお待ちしております。それでは皆さん、ぜひ書店に足をお運びいただいて、素敵なブックライフを。ようへいでした。
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