風邪と同等になった新型コロナ
コロナ禍が始まって今年で早5年が過ぎた。中国武漢から始まり世界を未曽有のパンデミックで混乱させた新型コロナウイルス。5年を経ていまでは当時を忘れたかのように世界は落ち着きを取り戻している。
厚労省も23年5月、新型コロナ感染症を結核やジブテリアなど第二類の「感染力が強く、重症化しやすい感染症」からインフルエンザなどの「一般的に見られる感染症」の第五類に引き下げた。これにより受診やワクチンもインフルエンザなどと同様に自己負担になり、入院も公費負担での限定医療機関の特別対応から、幅広い医療機関での自律対応に変わり、WHOも実質「収束宣言」を公表した。
そして、今年の4月から厚労省は「通常の風邪」も新たに第五類に加える旨を告知した。つまり新型コロナも普通の風邪も感染法上肩を並べることになったのだ。数百種類のウイルス・細菌が原因とされ、私たちが通常「風邪」と呼んでいる症状は、現在の感染症法での位置づけはなかった。しかし、国内で発生している急性呼吸器感染症の割合を把握し、新たな感染症の発生を早期に検知し、素早く対応するための措置として設定したのだ。WHOの「次のパンデミックに備える調査を」という要請に厚労省が応じた形だ。新型コロナの世界的大流行に対し初期段階での対応の遅れが大きく影響した反省からだ、という。
患者の医療費などの負担は従来と変わらないが、医療機関には諸症状の報告義務が派生する。ワクチン開発や初期対応、早期発見への準備など、新型コロナウイルスへの対策はまだ様々な問題を抱えていながらも着実に進化している、と言える。
尾を引くコロナ後遺症
しかし、新型コロナウイルスが世界に登場してからまったく取り残された人たちがいる。それは新型コロナワクチン接種後や、新型コロナウイルス罹患後に後遺症を発症し、明確な治療方もないまま、今なお寝たきりなどで苦しんでいる患者たちだ。
23年発表の厚労省のデータによると新型コロナに罹患した患者の11%から23%が後遺症を発症するという。 第五類に移行したため正確な患者数の公表は23年5月で終わったが、その時点でも新型コロナの陽性者数は33,537,123人。中間値の17%が後遺症を発症したとすれば、5,701,310人が新型コロナ後遺症を発症したことになる。糖尿病で通院する患者が25年時点で総数523万人とも言われる現状でいかに膨大な数値か想像がつくだろう。
しかもその後5類に移行し、重症化リスクは減ったがオミクロン株はいまだに着実に広がっている。重症化率は減っているが、実は新型コロナ後遺症の症状や重度はオミクロン株でもデルタ株でもまったく変わらない。つまり。「軽い風邪」のような症状でオミクロン株に罹患し、新型コロナ自体は治ったと思っても、突然、後遺症が発症し、寝たきりの生活になってしまう、という患者が多くいるのだ。その数はワクチン接種後の健康被害や後遺症よりもはるかに多い。
今年4月に厚労省は21年から25年までのワクチン接種後の健康被害での死亡者数が、接種後の後遺症患者の約10%の998人と発表している。この数字を仮に新型コロナ後遺症に当てはめると、確証は無いが発症者の10%、57万人が死亡していることになるのだ。発生から23年5月時点までの新型コロナ罹患患者の重症化による累計死亡者数が74,669人。実にその7.6倍もの死亡者が存在することになる。
しかし、これもあくまで実証のない推定値。なぜなら厚労省は新型コロナ後遺症の存在は認めていても正確な数値の調査も把握もしていない。さらにワクチン接種後の健康被害や後遺症にはまだまだ厳しい審査基準など大きな壁があり、充分な救済には程遠いが、一応、国の救済制度は存在する。しかし、新型コロナ後遺症はそれより遥かに多い患者が存在するのに正式な国の救済制度自体が存在しないのだ。 その上、複雑で治療が長期化する新型コロナ後遺症の患者を的確に診断できる医師も限られている。
後遺症への対応不足
新型コロナ後遺症を専門に研究し治療に当たっている東京渋谷にある平畑クニックには北海道から沖縄まで、新型コロナ後遺症の患者が頻繁に訪れる。予約もなかなかとれない状態だ。
「ワクチン接種後症候群(ワクチン後遺症)の患者も新型コロナ後遺症の患者も症状はほぼ共通している。しかし、当院だけのデータだけでも約400人に対し7500人と20倍近く新型コロナ後遺症患者数の方が圧倒的に多い。現在では新型コロナ本体より後遺症の方が寝たきりなどの重症リスクは高いのに厚労省は危機感や問題意識をまったく持っていない。世界的に見ても日本は研究予算も少なく医師や患者への情報も限られる。国はワクチン接種や新型コロナ対策は全力でやってきたが、後遺症問題はぽっかり空いたブラックホールのようになっている」と平畑医師は憤る。
しかも、カナダの国家統計局の調査によると、新型コロナに罹患した回数によって後遺症の発症率はあがる。それによると、3回の罹患で40%弱が後遺症を発症する、という。私の周りにも何回か新型コロナに罹患した人がいるが、果たしてこういった情報を一般の医師や新型コロナに罹患した人たちは理解しているのだろうか。
日本全国の自治体はそれぞれ新型コロナ後遺症に罹患した患者に対しての相談窓口を設けている。地域の推薦病院なども紹介している。しかし実際に取材したほとんどの患者は口を揃えて「まったく機能していない」と怒りを込めていう。なかには指定病院に相談に行ったが「いまそういう診察はやっていない」とはっきり言われ「どこに行けばいいか」と聞いても「自分で調べてください。わかりません」とそっけなく断られた、という。
平畑医師も「厚労省は新型コロナ後遺症を受け入れる病院の外来リストは9000件ある、と言っているがほとんど機能していない」と証言している。罹患した人達はネットサイトや口コミを頼って平畑医師など限られたドクターをようやく探して相談に来るのだ。だから全国から集中してくるのでオンライン診療でもフル回転で対応しているという。
しかし、地域によっては遠くまで移動するのが不可能な人がほとんどだ。PS(パフォーマンスステータス)と呼ばれる数値が7とか8の人達は殆ど寝たきりか身近なところにしか移動できない。
理解を得づらい症状も
新型コロナ後遺症ははっきりした原因も明確な治療法もいまだ確立されていない。新型コロナウイルスの陽性反応が一旦、回復した後に何らかの原因で一定の割合の人の脳や神経などに残って身体の機能を犯しさまざまな症状を引き起こす。ミトコンドリアの異常が関係する説など諸説あるが全く解明されていないのだ。
突然、全身の倦怠感に襲われ身動きできなくなる人もいる。突然職場の机にうつ伏せになったまま2時間動けなかった、という。また頭痛や筋肉痛、ブレインフォグと言われる突如の思考能力の低下や呼吸困難、脱毛や味覚障害、不眠や音や光への知覚過敏、倦怠感や疲労感が一気に高まり動けなくなる、クラッシュと言われる発作など症状は人によっても異なり多岐にわたる。
その症状が続き、悪化すると、何年も寝たきり状態になってしまうのだ。これら症状には筋痛性脳脊髄炎(慢性疲労症候群)と呼ばれ、昔から存在したやはりウイルス性の原因不明の病気と多くの点で共通項がある、と世界の多くの専門医は指摘している。SARsやインフルエンザウイルスの後遺症として数は多くないが遥か昔から存在していたのだ。古くはあのナイチンゲールもこの病で命を落とした、と言われている。
その筋痛性脳脊髄炎(慢性疲労症候群)が何らかの因果関係で新型コロナウイルスによって誘発され、後遺症となって世界で爆発的に急増している、というのだ。しかし、まったく明確な原因も治療法も確立されていない。
しかも、この筋痛性脳脊髄炎(慢性疲労症候群)は通常の血液検査やCTスキャンなどの検査でははっきりと認識されにくい難解な病気だ。職場や学校、家庭でもこの倦怠感や疲労感は他人には理解されにくい。まして厚労省はじめ近隣のドクターや自治体も正しい知識や情報を発信したり、共有していないとどうなるか。
「職場で相談しても誰にも理解されず『サボタージュのような目で見られ』解雇された」、「地元の大学病院に言ったら検査結果に異状がないので『自分の思い込みじゃないか。』と言われショックで立ち直れなかった」、「どこに行けば良いのか、だれに相談していいのかわからず、身体も動かないので自暴自棄になっている」・・ 明確な治療法や国の救済もないまま、社会から放置され孤立していく、新たな医療難民の新型コロナ後遺症の患者たち。その急増は想像以上に深刻な危機を迎えているのだ。
普及しない後遺症の認識
兵庫県・神戸にあるごく普通のマンション。演歌歌手の相澤めぐみさん(30代)は、この一室に2022年6月からずっと寝たきりで暮らしている。窓から見える外の景色を見るだけで散歩に行くことすらままならない。隣のトイレに行くもやっとだ。「身の回りのある程度のことはできるが、しばし介助がいり、日中の50%以上は就床している」という医療用語PS(パフォーマンスステータス)8段階の状態だ。 隣室にいる両親が交代で身の回りの世話をしている。父親の宏さん(仮名)は彼女の病気を機に仕事も辞めた。
2022年、都内で一人暮らしだった彼女はオミクロン株の新型コロナウイルスに感染した。「罹患した当時は軽症で微熱と喉が少し痛くて咳と鼻水が出る程度。普通に元気だった」という。しかし、一週間、二週間、と時間がたっても微熱が下がらなかった。それどころか次第に諸症状もどんどん悪化していく。
一か月たって治らないので、ネット情報などから「ひょっとして例の後遺症じゃないだろうか」と思い、東京都コロナ後遺症担当窓口の某都立病院に問い合わせをした。すると「後遺症は長引くけどいずれ治るから身体を動かした方がいいですよ」と言われたのだ。
当時の新型コロナ後遺症に対する知識は酷いものだった。後遺症は、臓器や肺機能に異常をきたす症状で、微熱や倦怠感などの症状がでても後遺症という認識がなかったのだ。「そんなのすぐに治りますよ」とまるで鼻で笑われたような対応だった、という。彼女はその後、専門病院探しや情報を求めて動き回ったのだ。しかし、これが新型コロナ後遺症にとっては重症化する重要な分岐点だった。
「新型コロナ後遺症が発症した2か月間は絶対安静にしないと重症化するリスクが極端に高まります」と後遺症を研究する平畑医師はそう指摘している。しかし、当時は厚労省のHPにも同様の指導が入っていたのだ。いまでも正しい指導がきちんと啓蒙されているとはとうてい言い難い。
後遺症の悪化で介護生活に
専門病院はないかとSNSやネット情報で質問したりした。数人のドクターから返事が来たが「そんな後遺症の症状聞いたことがない」とにべもない。そんな中、探し回った翌日、容態が急に悪化し、呼吸もできなくなり救急車を呼んだ。しかし、いくら症状を訴えても「熱や脈も正常で何も数値が出ないので運べない」、「この状態だと病院も受け入れてくれない」と拒否された、という。
その後自宅で少し落ち着いたが、またすぐ悪化した。「クラッシュ」と呼ばれる倦怠感や疲労感が極端に悪化して動けなくなる症状だ。息ができず再度救急車を呼んだが、また同じ返答で拒否。「こんな状況が二回続いた。隊員たちは新型コロナ後遺症に関して何ら知識もなかったのだ。もうどうしていいか、わからない。誰を頼ったらいいのか。不安で夜も眠れず精神的に本当に追い詰められた」と彼女は振り返る。もちろんそれはいまでも、続いている。
「彼女は子供のころから頑張り屋さんなのです。だから新型コロナにかかっても軽症だったから、何とか仕事を早く取り返そう、って思った。しんどいからいいや、休もうっていう性格だった方がよかったかもしれない。でもその時『安静にしないといけない』という医療関係者から一言あれば、すべては変わっていたのです」と母親の芳江(仮名)さんは悔しそうに振り返る。
3月下旬ようやく探しあてた平畑医院で「新型コロナ後遺症」と診断され「筋痛性脳脊髄炎(慢性疲労症候群)の疑いがある」との診断も受けたという。身体は倦怠感や疲労感で動けず、PS7段階に悪化していた。
一人暮らしの生活が思うようにいかなくなり家族が上京、ついに介護してもらう生活に。温泉施設などで演歌歌手として定期的にステージに立っていた歌の仕事は新型コロナに罹患してからずっと休んでいたが、どうしてももう一回ステージに立ちたい、との強い思いから5月、車いすで休みを何回も挟みながらステージに立った。「次いつできるのか、正直諦めと不安でいっぱいだった」という。
安定と不安定の繰り返し
その直後に神戸の実家に引っ越し、安静にしながらオンライン診療や地元の耳鼻科でEAT治療(塩化亜鉛溶液を染みこませた綿棒を鼻や口から直接上咽頭にこすりつけ刺激をする治療法)を受け、「調子のよい日の軽作業はできるが週のうち50%以上は就床している」というPS6段階に僅かに回復した。
しかし、この新型コロナ後遺症は他の患者も同様に、時間の経過とともに徐々に回復する、とい類のものではない。安定と不安定を繰り返す、まさに「出口の見えない」病なのだ。どれが適切な治療法かというものもまさに手探り状態で確立されていない。
8月下旬、相澤さんは月経と共に突然、胃腸炎を発症しPS値が下がった。そして必要なたんぱく質やエネルギーが摂取できなくなる「PEM」という症状が出始める。外出や入浴もできず不眠や筋肉の過緊張状態が続いた。この状態は月経の度にひどくなり10月中旬まで繰り返されPS9段階「身の回りの事はできず常に介助がいり終日就床している」にまで悪化した。
「この時は水すら飲めない状態だった」という。命の危険を感じ家族は甲南の大手病院に3週間入院させる。しかし、病院は治療方法がわからず、点滴治療、酸素吸入だけ。ベッドから一歩も動けず、トイレにも行けずオムツをしていた、と相澤さんはいう。その時期、精神科も受診して「うつ病を併発している」と診断されている。
病院はあてにならない
それから約2年半。月経時の体調悪化や精神的なうつ状態を繰り返しながら、寝たきりの生活は続いている。いまだにデパス、ミルタザピンという抗うつ剤を服用する日々。いまは僅かにPS9の段階からは脱し、PS8段階の状態が続いている。
ベッドに横たわる相澤さんは「神戸に戻ってからも自治体の勧める病院を色々探したけど、まったくあてにならなかった。話すら聞かない診療拒否も何度かあった。本来医師は診療義務が法律で決まっているはず。でもほとんどの病院は後遺症に関して知識もないし正直、関心もない。自治体がなぜこんなリストを出すのか理解できない」と天井を見つめながらつぶやく。
2年半前と新型コロナ後遺症に対する政府や自治体の対応はほとんど変わっていないのだ。いや縮小しているかもしれない。病院を探すにも本人は寝たきりで動けない。母親の芳江さん(仮名)が診察してくれそうな病院を一軒一軒まわって探していく。しかし訪問診察する病院も限られる。
「何年もこういう状態がつづくと、自分の身体の血流や呼吸の詰まり具合で、調子の良し悪しが分かるようになってきた。いろいろとネットやSNSの交流で他の人の症状や情報を交換して、参考にしている。医師から『こういう状態の時はこうしなさい』という信頼できる解決法がないから自分でやるしかない。それで症状が悪化するリスクもあるけど仕方ない。月経の時にPSが悪化するので、最初は相手にしなかったが産婦人科の医師に無理やり頼み込んで月経を止める薬をもらって飲んでいる。それで月経時の悪化もようやく止まった」と彼女はいう。 いまは筋肉が固くなるのを和らげるため、漢方の鍼灸治療やサプリやストレッチなど、自分で調べて効果ありそうな治療法をすべて試しているという。
自分で闘うしかない
「あの娘が調べてほしいことを言うので私がそれをネットでしらべて、病院もいろいろと症状ごとに手当たり次第に当たります。役所の情報は全く役に立たない。本人の代わりに症状など一から丁寧に説明して何とか訪問診療してもらうよう、病院に頼み込むしかない。今でも病院探しは日課です。しかし、ほんとに後遺症に寄り添って理解してくれる医師には未だ巡りあってないですね。何ができるかわからない。でも、生きている限り助けたい」
日々の生活支援は大変だ。いま彼女は精神的な音過敏症からの不眠も抱えている。マンションだと生活音が完全には遮断できない。近隣の住民との交渉にも芳江さんは苦労する「すべてのプライドは捨てました。頭を下げて頼むしかないのです」。胃腸に優しい食事の世話はもちろん、自分の時間などほとんどない。 新型コロナ後遺症は一人の患者に数人の『患者と同等の介助者』がいる。つまり数百万人の患者の数倍の人たちが同様に犠牲になっているのだ。
しかし、30代、40代と若い世代が多い新型後遺症の患者の中には、こういった介助環境を受けるのが難しい人も多い。平畑医師の患者の中には、相澤さんと同じようにいろいろな病院に行っても症状を理解されず、新型コロナ後遺症の可能性すら否定され「気の持ちようだ」と鼻で笑われるような扱いを受け、孤独に追い詰められ精神科を受診し抗うつ剤も投与されたが、周囲に介助してくれ理解する人もなく自死したケースが何例もある、という。
相澤さんは自らに向かって諭すようにこう言う。「私も何度か死んだ方が楽かって思った時もあった。いまも出口のない、ぜったい解けない、無茶苦茶なゲームを毎日やらされている感じがする。モチベーションはもうないけど、医師に治してもらおうと考えるとダメになる。自分で闘う気力をもち続けるしかない、そう自分にいいかせている」
数百万人もの医療難民化する「新型コロナ後遺症」に苦しめられる人たち。厚生労働省や政府はこの問題から決して目を背けてはいけない。未解明な治療法など問題は山積されようとも、今すぐ、真剣に真正面から対策に取り組む必要があるのだ。