「秋田名物」と聞いて思い浮かべるのは、きりたんぽや日本酒だろうか。けれども、実際に訪れてみれば、その魅力は「名物」という言葉には収まりきらないことがわかるだろう。
ペリーが来航した江戸時代の創業以来、井戸水で醤油を仕込み続ける蔵。漁師の知恵が生んだ豪快な石焼料理。全国の日本酒ファンのみならず、フレンチのパティシエを魅了した若き蔵元。そして、日本一の産地だから味わえる、摘みたてのじゅんさい。
そのどれにも、秋田の風土とそこに暮らす人々が何百年も積み重ねてきた物語がある。古き中の新しき食体験が叶う秋田ならではの食どころをお伝えする。
昔ながらの製法と井戸水を守る「安藤醸造」
ペリー来航の1853年創業。角館の武家屋敷通りにほど近い安藤醸造本店には、味噌・醤油の醸造工場と仕込み蔵が今も息づいている。
製造に欠かせない仕込み水は、創業以来変わることなく屋敷内の井戸水。店先では誰でも自由に飲めるようになっているが、一杯の水が170年以上もの間、この蔵の味を支え続けてきたと思うと、なんとも感慨深い。
1883(明治16)年に再建された本店へ入ると、店の奥には驚くほど広い空間が広がり、その先には家の中に蔵が建っている。雪深い土地ならではの造りで、冬でも外へ出ることなく蔵へ行き来できるよう工夫されているのだ。
さらに目を引くのが、外側は煉瓦造り、内側は豪奢な座敷という不思議な「蔵座敷」。明治の大火をきっかけに建てられた耐火建築で、現在の社長・安藤雄介さん自身もここで結婚式を挙げたという。
今回は特別に、通常は職人しか入れない醸造蔵へ。
入り口から漂う、甘く香ばしい発酵の香り。静謐な蔵の中では、今年仕込まれた大豆がふっくらと発酵を続け、その隣には一年前に仕込まれた濃い飴色の醤油が静かに眠っている。
大量生産が当たり前になった時代にも、何百年も変わらない製法で醤油を育てる人がいる。その蔵には、明治から受け継がれてきた麹菌が今も生き続けているのだろう。
売店では1L1,864円(税込)から購入できるほか、前年の醤油を仕込み水代わりに使う「十年さいしこみイ号醤油」は、もはや上質なソースのような濃厚な旨味。1本買って帰り、自宅で使ってみると、香しい醤油の風味が肉も豆腐も野菜も素材の味を驚くほど引き立て、「何をかけたの?」と聞かれるほどだった。
角館で人気の醤油ソフトクリームや醤油マカロンにも、ここの醤油が使われているのは、地元に長く愛されてきた証拠ではないだろうか。
美肌の湯と石焼料理を味わう温泉宿
男鹿温泉郷の宿「男鹿観光ホテル」には、源泉「石山の湯」からの源泉かけ流しの「美肌の湯」と呼ばれる天然温泉のほかに、もうひとつ味わいたい名物がある。
石焼料理、といっても、秋田杉桶に湯を張り、白身魚を入れた中に、炭火で熱した約800℃の石を投入して、石の熱で湯が沸いたら、味噌を溶く、豪快なみそ汁だ。
中に入れる白身魚は季節で変わるが、夏前の6月は鯛と、北海道から東北などでよく獲れるソイだった。
なぜわざわざ炭で石を焼き、その石で加熱するのかというと、その昔、木舟で漁に出た漁師たちが船上で暖を取るのに火鉢に炭を熾し、その炭で焼いた石を獲った魚や海藻、ネギなどを入れた桶に放り込んで、磯汁を作ったのが始まりという。
テーブルには獲れたての刺身や黒毛和種A4クラスの秋田錦牛石板焼きほか、地元の食材をふんだんに使った料理が並び、贅沢この上ないが、この豪快なみそ汁の香りに惹きつけられてしまう。
出汁が出ているはずの鯛やソイの身にもうまみが十分残っているのは、石の熱は瞬間的に沸かすため、魚のうまみを出し切らないからだという。さらに、仕上げに加えた岩のりが、出し汁をしっかり吸って、たまらないおいしさに。今だけ胃袋を倍にしたいくらいだ。
眺めがよく美肌の効用も期待できる温泉と、漁師由来の豪快な魚介汁は、どちらも外せない魅力の宿だ。
業界を牽引するNEXT5の一軒「山本酒造店」
「お酒にもトレンドってあるんですよ。今は、華やかで酸が低くて、ちょっと甘い感じが人気ですが、僕からすると、食中酒にするにはちょっと甘すぎる。僕なら、香り控えめで酸が効いた、キレのあるドライな飲み口のほうがいいかな。イメージで言えば、グレープフルーツのような」
そう語るのは、山本酒造店6代目・山本友文さん。
東京で音楽プロダクションに勤務していた山本さんは、経営危機に陥った家業を救うため32歳で帰郷。当時主流だった杜氏制度をやめ、自ら酒造りに挑戦するという大きな決断を下した。
白神山地の湧き水と磨き上げた米で造る「山本」ブランドは、日本酒ファンから高い支持を集める存在となる。
さらに2010年には同世代の蔵元たちと「NEXT5」を結成。ライバルでありながら互いに技術を磨き合い、日本酒業界を牽引してきた。
挑戦は日本酒だけでは終わらない。
2023年にはカフェと小さな醸造所をオープン。「実験室」と呼ぶ木桶仕込みの蔵では、できたての生酒をその場で味わえる。
さらに、ピエール・エルメとのコラボレーションでは、酒粕を使ったマカロンやチョコレートケーキも誕生。ラッピングやデザインまで自らこだわり抜く。宿の運営も始めた。
平均年齢32歳、男女比も半々という熱意溢れるスタッフとともに、「秋田をもっと面白くしたい」という思いで新しい挑戦を続けている。
旬のじゅんさい摘み&お味見
秋田県三種町は、じゅんさいの日本有数の生産地で、全国出荷量の約9割以上を占めている。
じゅんさいは、水質に敏感で農薬や生活廃水が流れてくるようなところでは育たない。秋田県でも澄んだ空気ときれいな冷たい水に恵まれた三種町は、だからこそ、質のいいじゅんさいが豊富に採れる。
とはいえ、じゅんさいについての知識は、夏に食べるつるんとした食材、くらいしかない。いい機会と調べてみると、スイレンの仲間の水草で、池や沼に自生し、葉を水面に浮かべて育つとある。冬の間は沼の底で、春から夏にかけて水温が上昇し始めると、水面に向かって茎を伸ばし、若い芽をつける。この若い芽が、私たちが口にする「じゅんさい」だ。
5月の「走り」は、芽が固く、しまっている。まだ水温が上がりきっていないため、収穫量も少なく、希少価値が高いため、高価になる。
だが、最盛期は6月から7月にかけての梅雨から初夏にかけてだという。芽の大きさも適度で、歯ごたえもしっかり、ゼリー状の膜がたっぷりと付着したじゅんさいが豊富に採れる。
三種町で摘み採りした6月下旬は、まさにそんなころだった。
じゅんさい摘みには畳一畳ほどの木でできた箱の小舟が使われる。職人さんらは長い棒を操り、沼の定位置に舟を止め、片手を水に入れ、手の感覚だけで適度な大きさの芽を探り当て、親指の爪で切り離す。
真似してやってみるが、どれが芽なのかさっぱりわからない。透明度の高い水の中に目を凝らしても、ひとつ見つける間に、職人さんは5つも6つも摘んでいる。15分もすると、こちらのバケツは数個なのに、職人さんの方はしっかり入っている。バケツの中をのぞいた職人さんが、かわいそうに思ったのか、ご厚意で足してくれた。
あとで聞いたら通常はないそう。よほど私の腕が悪かったのか。
それでも、摘みたてのじゅんさいは、「なに、これ!」と思わず声が出るほどおいしかった。
ぷるんと厚いゼリー膜、ぷちっと弾ける若芽、みずみずしい食感。これまで食べてきたじゅんさいとはまるで違う。鮮度がここまでものをいうのだ。
派手なアクティビティではない。それでも、この味を知ってしまうと、また秋田へ戻ってきたくなる。
発酵も、日本酒も、温泉料理も、旬のじゅんさいも
秋田の食は、単なる「ご当地グルメ」ではなく、その土地で暮らしてきた人たちの知恵と自然が積み重なって生まれた文化だった。
だが秋田の魅力は、食だけでは終わらない。
日本一深く、そして透明で美しい湖でのSUP体験や、秋田犬と一緒に山の澄んだ空気の中を散歩、あじさい寺で隠された遊び心を探し、夜はなまはげ太鼓の熱狂を感じる。
後編「秋田犬と健康ウォーク、日本一ディープな湖でSUP…秋田には「何もしない贅沢」以上の面白体験があった」では、秋田のアクティブ体験を詳しくお伝えする。