「経済的に不安があることは、心の影響と密接に結びついています。お金がないことは、社会的孤立や自己肯定感の低下、生存本能にも関わっており、心の不調の原因となることも多いです」
こう語るのは、キャリア10年以上、3000件以上の調査実績がある私立探偵・山村佳子さん。彼女は、メンタル心理アドバイザー、夫婦カウンセラーの資格を持つ。
山村さん連載「探偵はカウンセラー」は、山村さんが心のケアをどのようにしていったのかも含め、さまざまな事例から、多くの人が抱える困難や悩みをあぶりだしていく。個人が特定されないように配慮をしながら、家族、そして個人の心のあり方が、多くの人のヒントとなる事例を紹介していく。
今回山村さんのところに相談に来たのは、40歳の裕美さん(仮名)だ。結婚19年になる夫とは別居中で、生活費を打ち切られ困っているという。カウンセリングルームに現れた裕美さんから、明らかに入浴をしていないことが見てとれた。うつの場合、なにもする気が起きない兆候もあり、入浴もその一つだ。
聞くと、夫の実家は地方の建設関連会社を経営している裕福な家庭。裕美さんは夫と息子の世話を第一優先にしてきた。息子は大学進学を進めるも高校を卒業すると地方の自動車工場に就職して独立。時を同じくして夫は家を出て行ったのだ。それと同時に、裕美さんはそれまで手伝っていた夫の会社も辞めさせられてしまう。
現在、無収入のままでも生活できているのは、夫が購入したマンションに住み、光熱費、通信費を夫が支払っているから。ただ、それまで夫が出してくれていた毎月10万円の食費も途絶えたのだ。夫のモラハラと経済DVから脱出するためにも、現実をしって対策を考える必要があった。
夫からも夫の実家からも軽んじられてきた
カウンセリングルームに現れたとき、うつ状態になった裕美さんが、最後の力を振り絞って来たことがすぐにわかりました。裕美さんの背景を聞いていくと、幼い頃に両親に虐待されていたとのこと。自分の言いたいことが言えず、夫や息子の望むままに、手間のかかる料理を作り、生活を整えていたのです。それなのに夫は「俺の機嫌ばっかり取っていて、まじうざい」と言っていたのです。それをハラスメントだと思えないまま、裕美さんはすごしてきました。
裕美さんは夜の店で夫と出会い、交際半年で授かり婚をしています。夫の両親の反対を乗り越えて結婚し、夫や息子に19年間も献身し続けていましたが、実家から軽んじられており、その合間に夫は浮気をしている様子を感じていたそうです。このままマンションにいれば、裕美さんは孤立してしまう。それに「夫婦関係を元に戻す」というのは現実的ではなさそうです。調査は裕美さんの自立を支えるためにも必要なことだと強く感じていました。
2時間に及ぶカウンセリングの後、裕美さんの目には光が宿ってきたので、「将来のことを考えるためにも、心療内科に行った方がいいですよ」と言うと、「そうします」と診療予約をしていました。眠りが浅く、自分でも「うつではないか」と思いながらも、お金もかかってしまうと受診を先送りしていたそうです。
「最近の写真は1枚もない」
裕美さんに夫の写真をお願いすると、「最近のものは1枚もないんです」と言います。息子が中学校でバスケ部に入ってからは、家族で出かけることも、写真を撮影することも皆無だったそうです。それぞれの誕生日やクリスマスも、この頃から祝わなくなり「私が夫や息子のために焼いたケーキを、食べないまま捨ててしまったことが何度もあります」とつぶやいています。かなり辛い思いをしてきたのだとわかりました。
裕美さんはお金に余裕がないので、調査に費用をかけたくないといいます。ただ、事前資料が少ないと、費用が嵩んでしまうことをお話しすると「目的は気持ちを整理することと、離婚を有利にするための投資なので、50万円までは貯金から出します」と話していました。
10歳くらいの男の子が「パパ」
裕美さんから、夫の一族が経営する建築関連会社を教えてもらっていたので、まずはそこから調べることにしました。
夫一族が経営する建築会社は、工場施設や公共性が高い仕事は多い会社で、50人くらいの従業員がいます。決してお金がないわけではないことがわかりました。17時30分が定時のようで、従業員の帰宅が始まりましたが、夫らしき人は出てきません。
そして、20時に出てきた写真に近い雰囲気の人を尾行すると、15分程度歩いて、真新しいマンションに入って行きました。オートロックのファミリータイプなので、外から中の様子は分かりません。
そのまま張り込んでいると、21時にゴールデンレトリバーを連れた夫らしき男性と、10歳くらいの男の子が出てきました。男の子は男性を「パパ」と呼んでおり、街灯の灯りを頼りに撮影し画像を解析すると、裕美さんから預かった夫の写真と骨格の特徴が一致したのです。私たちは人の顔を何万人と見ているので、本人特定の目は磨かれています。その上で、同一人物だと判断しました。
「浮気」どころか…
裕美さんはカウンセリング時に「浮気をしている気配があった」と言っていましたが、これは「2つの家庭を持っている」ともいえる状態です。重婚はもちろん法律で禁じられていますので籍は入っていないのでしょうが、明らかに有責で離婚調停ができます。さらにこれは休日に調査をすべきだと、日曜日の朝からマンション前で張り込みました。
裕美さんから、「夫は酒が好きで、車の運転が好きではない」と聞いていたので、電車移動を想定しつつも、車を準備しました。昼12時にマンションから30代後半くらいの背の高い女性と以前みかけた男の子、犬を連れた夫が出てきて車に乗ります。女性の運転で大型モールに行き、たくさんの食料品を購入。3人は笑い合っており、かなり仲良しです。
車は郊外の一戸建てのガレージに入っていきます。表札には夫の苗字が書かれていたので、おそらく実家なのでしょう。「社長一族の家」という雰囲気です。広い庭があり、犬と男の子が走っている気配がありました。その後、続々と人が集まり、バーベキューをしているようです。
夫の配偶者である裕美さんはこの場に呼ばれていないのに、女性は参加している。「一体どういうことだろう」と思いつつ、張り込みを続け、出入りをしている人たちを撮影します。22時に出てきた夫と男の子、犬は女性の運転でマンションに帰りました。
以上を報告すると、裕美さんは「私は国産メーカーのネックレスなのに、この人は車に乗っていいマンションにも住んでいる」と驚いていました。ショックを受けているとはいえ、裕美さんご自身は前に会った時から1週間で、顔色も良くなり、入浴もしている様子で安心しました。カウンセリングを受けているようです。
裕美さんが大きな衝撃を受けた「出席者」
報告書を見ながら「この女性、全く誰だか分かりません。でも、体型も良くないし、可愛くないから安心しました」と笑みを浮かべていました。しかしその直後に「ぎゃー!」と大きな声を出すので、「どうしましたか?」と聞くと、1枚の写真を指差し、「ここに息子も来ています」と驚いていました。18時くらいに門を潜った男性は、裕美さんの息子だったのです。
そして、「ここまで馬鹿にされていると思わなかった。絶対に慰謝料もらって離婚する」と夫に連絡をしていましたが、連絡はつながりません。私は「離婚するなら夫に話す前に絶対に絶対に弁護士さんに相談した方がいいと思いますよ」とお伝えし、裕美さんは「はい」と答えつつ帰っていきました。
それから1週間後、裕美さんの夫から連絡がありました。こういう場合、「なぜ調べた」とお叱りをいただくことが多いので、緊張していると「裕美は料金を支払っていますか?」という問い合わせでした。
支払っていると答えると、金額を聞かれました。そして「裕美のことは心配しないでください」と言って、電話を切ったのです。
「離婚することになりました」
その翌日、裕美さんから「離婚することになりました」と連絡が来ました。直接会って話したいと言うのでお会いすると、憑き物が落ちたような顔をしています。たった数日間でここまで変わる人を初めて見ました。
「実は昔から、息子が高校卒業したら離婚だと夫から話はされていたのですが、私が無視していたのです。夫はそれにイラついて、家を出て行く時、『これは俺が買ったものだから、2ヵ月の猶予をやるから出て行け』と言われました。ほとんど専業主婦だし、働き方もわからない。そのことを言うと、『俺の会社で働かせてやっただろう』と怒るんです。掃除とお茶汲みと電話番くらいで、なんのスキルもないので、外では働けません。それに、貯金も100万円くらいしかないので、どうしようと考えているうちにうつっぽくなっていったんです」
気力は湧かず、問題を先送りしていたとき、この連載を読んだそうです。そして「夫のいうがままにされたくない」と連絡し、這うようにしてカウンセリングルームに来たのだそうです。
調査をしてみれば、夫は浮気どころか別に家庭を持っていました。ちなみに、相手の女性は夫の高校の後輩で、2人の間に生まれた子供を夫は認知していました。女性は高学歴で行政書士をしており、10年前に仕事を通じて再会、男女の仲になったようです。
慰謝料ゼロで追い出そうとしていた
裕美さんは、証拠を押さえたことが自信になり、弁護士をしているといっていたママ友に、13年ぶりに連絡。ママ友は「すぐに会おう」と言ってくれ、裕美さんに聞き取り調査をし、有利になるように条件を整えてくれたそうです。
「あんなに頭がよくて忙しいママ友が、私なんかのために、時間を割いてくれて、励ましてくれたんです。私が『ごめんなさい』『申し訳ない』と言うと『そうじゃなくて、ありがとうでしょ。他の訴訟に比べたら、こんなの朝飯前だから』と言ってくれました」
実際、夫は慰謝料ゼロで、裕美さんを追い出そうとしていました。裕美さんを侮っていたことと、性格の不一致により、憎しみが蓄積されていたのです。調査をしなければ、裕美さんは貧困に陥り、生活困難な状況になっていた可能性もありました。
でも、裕美さんが証拠を押さえ、置かれた状況を弁護士が整理して夫に説明すると、「確かに母親としてよくやってくれていた」と認めたそうです。そして、長年のモラハラによる心の病、浮気なども含めて慰謝料を請求。マンションも含めた財産を平等に分割し、決着します。裕美さんの心の病の治療費も、今後は夫が負担することで落ち着いたのです。
これにより、裕美さんは自立につながる離婚ができることになりました。このことに最も安堵したのは、息子だったそうです。幼い頃から不仲な両親の夫婦げんかの仲裁をしており、「もう両親とは関わりたくない」と大学進学をせずに、自宅から遠い自動車工場に就職を決めたことが判明したそうです。
離婚を報告すると、「やっぱ大学に行こうかな」と裕美さんにLINEが来たそうです。裕美さんはこの時、息子にかけていた負担の大きさを知り、反省します。そして時間をかけて息子の信頼を獲得するために、仕事探しと心の病の治癒に向き合うことを決意。
今回の調査でわかったのはやはり現実をきちんと知ることがとても重要だということです。証拠をおさえたことで家族の未来を大きく変え、いい方向に進んでいることに安心しました。裕美さんはまだ41歳と若い。これからの挑戦次第では、きっと明るい未来が待っているはずです。
今回の調査料金は30万円です。