2026年7月15日、厚生労働省は『国民生活基礎調査結果』(2025)を発表した。これによると、1世帯当たりの平均所得は前年比7.3%増の575万2000円で、過去最高の伸びとなった。一方、生活が「苦しい」と感じる世帯は55.4%で依然として高水準だった。
特に子どもがいる世帯で「苦しい」と回答した世帯は61.5%、母子世帯では82.1%にもなっていた。そこには養育費の未払いなどの問題もある。収入は心の状態と密接に関わっている。未来を担う子どもがいる家庭に経済的余裕がない状況にあることは、国として改善する必要のある問題だ。
キャリア10年以上、3000件以上の調査実績がある私立探偵・山村佳子さんは、メンタル心理アドバイザー、夫婦カウンセラーの資格を持つ。「経済的に不安があることは、心の影響と密接に結びついています。お金がないことは、社会的孤立や自己肯定感の低下、生存本能にも関わっており、心の不調の原因となることも多いです」
山村さんは学生時代に警察官を希望していたが、当時は身長制限があり、受験資格はなかった。一般企業に勤務するが、目の前の人を助けたいという思いは強く、探偵の修業に入る。探偵は調査に入る前に、依頼者が抱えている困難やその背景を詳しく聞く。山村さんは相談から調査後に至るまで、依頼人が安心して生活し、救われるようにサポートをしている。
連載「探偵はカウンセラー」は、山村さんが心のケアをどのようにして行ったのかも含め、様々な事例から、多くの人が抱える困難や悩みをあぶりだしていく。個人が特定されないように配慮しながら、家族、そして個人の心のあり方が、多くの人のヒントとなる事例を紹介していく。
今回山村さんのところに相談に来たのは、41歳の主婦・裕美さん(仮名)だ。「別居中の夫に生活費を打ち切られました」と連絡をしてきた。
山村佳子(やまむら・よしこ)私立探偵、夫婦カウンセラー。JADP認定 メンタル心理アドバイザー JADP認定 夫婦カウンセラー。神奈川県横浜市で生まれ育つ。フェリス女学院大学在学中から、探偵の仕事を開始。卒業後は化粧品メーカーなどに勤務。2013年に5年間の修行を経て、リッツ横浜探偵社を設立。豊富な調査とカウンセリング経験を持つ探偵として注目を集める。テレビやWeb連載など様々なメディアで活躍している。
「お金はいくらかかりますか」
平日の13時、裕美さんからの電話をとると「あのすみません、お金はいくらかかりますか?」と費用の話をしました。最近、こういう依頼者の方は増えています。そこで、事前情報から調査日と場所を特定できれば10万円程度だが、事前情報がない場合はわからないですと率直にお伝えしました。
すると「今から行きます」と20分後にカウンセリングルームに来ました。裕美さんは小柄で痩せており整った顔立ちをしています。根本が2cmほど白髪になったロングヘアがなければ30代前半に見えます。服装はTシャツにスウエットで、全体的に汚れており、入浴をしている気配がない。
もしかして、うつ状態になっているのではないかと感じました。うつになると、脳内神経伝達物質のドーパミンやセロトニンの量が少なくなります。これにより、何か行動を起こすための意欲が湧かなくなってしまうのです。
「もしかすると最後の力を振り絞って、ここに来たのかもしれない」と思い、お話を伺いました。
生活費が打ち切られてしまった
「ここ2ヵ月くらい引きこもっていたので、久しぶりに人と話します。今朝、ふと『このままでは孤独死する』と思って、ここに来ました」
この状況になった背景は、裕美さんの夫が出ていき、生活費が打ち切られてしまったことにあります。
「夫とはお互いが22歳のときに結婚しました。いわゆるできちゃった婚です。私は当時、夜の店で働いていて、身も心もボロボロの状態でした。そこに夫が来て、一目で好きになってしまったんです。私から押しかけるように交際し、妊娠したので結婚しました」
半年の交際で授かった息子は現在、18歳。2026年3月に高校を卒業し、地方にある自動車工場に就職。実家から巣立って戻ってこないとのことです。裕美さんは大学進学を進めましたが「俺は勉強が嫌いなので高校を出たら働きたい」と言ったそうです。
「家族で住んでいたマンションは、これは夫名義で購入したもので、ローンは完済しています。そこに私が1人で住んでいるのです。2ヵ月くらい前、夫も家を出て別居しちゃったんです。それと同時に、私は会社もクビになりました。この15年間、夫の会社で働いていたんですけれど、切られた」
そう言いながら涙を流しています。夫は一族で建築関連会社を経営しており、裕美さんは雑用の仕事をしていたそうです。週3回、1日4時間労働で得ていた収入は手取りで10万円。額面は多くありませんが、業務内容を考えると、時給2000円超でした。
「家のローン、光熱費、通信費、食費などは全て夫が出してくれましたので、収入は全てお小遣いに回していたんです。この19年間、家事も一生懸命やって、夫と息子の好みに合わせて、朝・お弁当・夜と頑張って主婦をしていたのに、その生きがいもなくなってしまった」
「俺の機嫌ばっかり取っていて、まじうざい」
別居の原因を伺うと、恵美さんには心当たりがないそうです。
「義両親からは『夜の女と結婚するなんて絶対ダメ』と言われましたが、夫が守ってくれました。私が妊娠しているとわかると認めてくれたのです」
とはいえ、それまで19年間、一緒に暮らし、裕美さんが作ったものを食べていたのに、出ていくのは相当のことがあったはずです。
「よく言われていたのは、『俺の機嫌ばっかり取っていて、まじうざい』です。私、親から愛されたことがないし、ちょっと虐待も受けていたので、人に意見を言うことが苦手なのです。『どうせ、私が言っても無駄だし、空気が悪くなる』と思うと、言えなくなっちゃうんですよね。夫と息子の好みの料理を作り分けていたのも、この性格だからです」
夫との会話も最初はスムーズなのに、だんだん夫がヒートアップして、キレて終わるというのがパターンだったそうです。
「夫がなぜ怒っているかわからないから、『ごめんなさい』と言うと、『心がこもっていない。学習しない』と怒鳴られる。すると息子が『もういいじゃない』と間に入ってくれるのですが、その息子もいない。仕事もないし、友達もいないし、世話する家族もいない。これからどうしていいかわからないのです」
話を聞いていても、裕美さんが相手の態度にビクビクしているのは、幼少期などに影響しているのではないかと思いました。聞いていくと、幼い頃に両親に虐待されていたとのこと。自分の言いたいことが言えず、夫や息子の望むままに、手間のかかる料理を作り、生活を整えていたのです。そんな裕美さんに対する言葉の鋭さに胸が痛みます。夫の実家からも軽んじられていたことで、顔色をずっと伺うような形になってしまっていたのではないでしょうか。
「そういうところがムカつくんだ」
現在、夫が光熱費や通信費、マンションの固定資産税や維持管理費を払っていますが、これからそれがどうなるかもわからない。貯金は100万円ほどしかなく、今はそれを切り詰めて生活しているそうです。
「夫とぶつかったといえば、息子が独立した日、夫は子育て卒業記念のネックレスをくれたんです。それは、ずっと欲しいと言っていた海外ブランドのものではなく、日本製のものでした。一応、『ありがとう』ともらったのですが、使わないだろうなと思ったのでお店に返品し、自分のお金を足して、欲しかったものを買ったのです。夫には『パパがくれたやつ嬉しいんだけど、私が欲しいやつじゃないでしょう。返品してこれを買ったよ』と報告しました。すると夫は『そういうところがムカつくんだ。もう一緒にいられない』と出ていってしまったのです」
それから2ヵ月後に探偵事務所に来るというのは、何らかの浮気の気配を察知していたはずです。
「夫はモテるので、女の影はありました。浮気のことでケンカしたことも10回くらいあります。私との夜の生活が『つまらない』とはっきり言われたこともありました。もう色々辛い。こういうことを言いたくなかった」
私は辛い過去を思い出させてしまったことを詫びつつ、このままでは裕美さんの人生がより困難になっていくことを考えると、夫と話し合った方がいいと感じました。夫に浮気相手がいれば、有責配偶者となり、離婚するにしても裕美さんに有利になります。
「自分でも、今ここで立て直さないとやばいと思っています。このままでは、息子に迷惑をかけてしまう。気持ちに踏ん切りをつけるためにも調査をお願いします」
私は、その後、心療内科に行くように強くすすめ、調査の準備を始めました。
◇裕美さんの話を聞いていると、夫との対等な関係性がないことが伝わってくる。どんな夫婦だって収入格差や実家の厚さの違いはある。専業主婦という役割を、家族というチームの中で請け負った裕美さんがバカにされ、ビクビクして暮らさなければならないのはやはりおかしい。夫がしていることはモラルハラスメントで、経済DVだ。キャリアを築くチャンスを奪われてすぐに自立しろと言われても、難しいのは当然なのだ。夫とやり直すとしたら、互いに対等に話す必要があるが、果たしてどうするのがよいのか。まずは現実を知る必要がある。
調査の結果は後編「「俺の機嫌ばっかり取ってて、まじうざい」41歳妻が知った、生活費を打ち切った夫の「浮気以上」の戦慄」にて詳しくお伝えする。