安全軽視の経済発展モデル
7月9日12時、欧米の有名な運動靴ブランドの委託生産をしている福建省晋江市の5階建て製靴工場で火災が起き、中国の生産現場の事故としては「重大事故」に相当する28人の死者を出した。火災の発生後、習近平総書記は「重要指示」を出し、現場労働者の救出やその後のケアに全力を尽くすとともに、早急に火災の原因を究明し関係者の責任を追及するよう要求した。
こうした「重要指示」は大規模な事故のたびに総書記名義でほぼ同じ内容のものが出されるのだが、今回は少なからぬ中国人が複雑な思いに駆られたのではないかと想像する。というのは、習氏は福建省省長時代に6年間で7回晋江市を視察し、2002年の段階で政府と市場が協力する形で進める同市の民営経済の発展に「晋江経験」と呼ばれる経済発展モデルとしてのお墨付きを与えていたからだ。
晋江市の経済は習氏離任後も順調に発展し、2024年の域内総生産は前年比で8.2%増の3467億元となり、全国の県レベルの市(中国では市は県より上の行政機構で、晋江市も泉州市の管理下にあり県レベルの行政機構)では全国3位につけている(3月19日付天和経済研究所 破浪前行,数说晋江 | 2025年晋江市高质量发展数据分析报告 参照)。
特に製造業が盛んで、スポーツ用品製造の「安踏」や生活用品製造の「恒安」といった国内有名企業の本社が立地するなど、経済発展の「モデル」的な側面があるのは事実だ。加えて習氏が福建省長の後、約10年で総書記の地位にまで上り詰めたことから、「晋江経験」は全国ベースで大々的に宣伝されるようになり、今年から始まった第15次5か年計画の中でも「晋江経験」が発展モデルとして記載されている(3月25日、人民網「传承弘扬 创新发展——“晋江经验”写入国家规划的历史回响与时代新篇」参照)。
杜撰な防災対策
ではこうした「経済先進地域」の工場でどのようにして28人が死亡する悲惨な火災が起きたのだろうか。中国中央テレビ(CCTV、日本ではよく「国営」と表記されるが、正確には「国務院直属事業単位」であり国有企業の範疇には入らない)が毎晩7時38分頃から約15分間放送している時事特集番組「焦点訪談」が7月11日放送分でこの工場火災を取り上げていた(7月11日「《焦点访谈》 20260711 大火无情 教训深刻」)。
CCTVは「共産党の喉と舌」とされ、中国共産党中央宣伝部の領導(「領導」は「指導」よりも強制力が強い)下にあるので、通常ニュースの大部分は共産党の施政を褒めたたえる内容ばかりである。ところがこの日の「焦点訪談」では、「大火無情 教訓は深刻」のタイトルで、工場の防火対策がいかに杜撰なものだったかを詳細に伝えている。
現場を取材した記者によると、この製靴工場は鉄筋コンクリート5階建てのビルで、1階の打ち抜き加工の作業場には大量の靴の原材料が積まれているなど、5階までいずれも靴の倉庫や生産ラインとなっていた。火災発生時に工場には作業員237人と外部から商品を届けに来た2人の計239人がいて、消防が救出活動にあたったが困難を極めたという。その理由として記者はまず、もともと広くはない道路の両側に自動車や電動自転車、廃棄された靴などが放置されていて消防車の進入が難しかったことを挙げている。
また消防の担当者は「屋上に向かって逃げた人を助けようとしたが、周辺の可燃物が全て燃え、素早く到着することが出来なかった。もしあのような可燃物がなければ、救援がスムーズに行えたはずだ」と述べた。さらに記者が調べると、工場は1階から5階までフェンスに囲われており、避難通路にまでフェンスがあって避難の妨げになっていることが分かった。
中国の消防法では人が密集する場所のドアや窓に、火災などの際の避難や消防の救援作業に障害となるものを設置してはならないとされていて、明らかに違法状態である。記者が晋江市陳埭鎮江頭村の幹部に質したところ、「確かに鉄柵は避難の妨げになるが、以前に建設した当時は一般的な工場で、避難通路が2つあるので逃げ出す条件は整っている」と答えた。避難通路が2つあればフェンスがあっても構わないというのは信じがたい暴論だが、問題はこれにとどまらない。これだけの規模の工場の場合、消火器とスプリンクラーの設置は必須とされているのだが、記者が現場を確認したところスプリンクラーはなかった。
5階にまで逃げ上がり屋外の溜池に飛び降りる
また、こうした現状について当局が把握していなかったわけではない。
火災が発生する2日前の7月7日に鎮当局の消防検査が行われており、靴の完成品や半製品を含め物が乱雑に積み上げられている状態がひどいとして、13日までに改善するよう警告を受けていた。しかもこの時以外にも2025年に一度、操業を停止して改善するよう要求されていたが、工場側は何ら措置を取らなかったのである。このような杜撰な運営がまかり通っていた背景として、陳埭鎮が製靴作業場や靴材料の加工場、倉庫型店舗などが林立し、製靴を基幹産業とする町だったこともあるようだ。
しかし今では全て親中派となった香港メディアの1つである「星島日報」でも、「工場のドアと窓が鉄柵に囲われた上、靴の材料などが積み上げられていて逃げ道がなかった労働者はやむを得ず屋上に上がり、ため池に飛び込んで逃げようとしたが、消防士は後でこの池から多くの遺体を収容した」「犠牲者の多くは四川省や江西省から出稼ぎに来ている30~40歳の機械工で、出来高払いのため多くの人が昼休みの時間も惜しんで作業に当たる中で被災した」「かつてこの工場で仕事をしていた女工の陳琪さんによると、地元の中小の製靴工場では契約書も社会保険も消防訓練もないのが不文律だという」と辛らつな批判をしている(7月11日、星島頭条「福建晉江鞋廠火災︱天台蓄水池打撈出多具遺體 生還者:火勢太大躲進求生|有片」)。
今回の火災については中国のネット上でも怒りの声が上がっている。ネットにアップされた現場の映像では、工場の数十人の作業員は火事の際に屋上に逃げて救援を待ったが、4時間も待ち続ける中、火勢がついに屋上に達している。
こうした情報に接したネットユーザーは「想像もつかない。科学技術の発展で宇宙にまで手が届く時代になったのに、5階に避難した人が4時間かかっても助けられずに28人が焼死するのか」「こんなニュースは見たくない。見れば見るほど腹が立つ。何時間もの間、20数人もの人が低層階で焼死させられるとは」などと、口々に怒りをぶちまけていた(7月13日、新唐人電視台「晉江火災更多信息曝光 逃生通道被鐵柵欄封閉」)。
実は147人死亡!?
こうした怒りをさらに増幅させているのが、死者の数の発表が過少なのではないかとの疑念で、ある調査報道のネットアカウントでは、実際の死者は147人に上るという(7月15日、台湾メディアNewTalk「(影) 晉江鞋廠大火後竟要員工背滅火器上班! 官封路瞞災情 傳死亡黑數達147人」)。
中国では鉱山事故や火災など生産現場で起きる事故のうち、10人以上の犠牲者が出た場合を「重大事故」、これが30人以上になると「特別重大事故」と定義され、犠牲者が多いほど現地の当局者への責任追及も厳しくなるので、当局は往々にして犠牲者の人数を過少に発表する傾向がある。もし実際の死者が28人より大幅に多いとしたら、これまで経済発展のモデル都市として「晋江経験」にお墨付きを与え、せっせとPRしてきた習氏にとってはメンツ丸つぶれとなるが、果たして今回の悲惨な事故にどうケリをつけるのか、注目である。
またわれわれ日本人としては、今回の事故を見て「やっぱり駄目な中国」と簡単に結論付けるのではなく、中国が一方で宇宙ステーションに年2回交代で3人の宇宙飛行士を送って様々な宇宙実験を行ったり、原子力潜水艦からSLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)の発射実験を行ったりする能力がある「2つの顔」を持ったキメラのような存在であることを認識し、この国にこれからどう対処したらよいのか深く考える必要がある。
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