バス路線の廃止が、首都圏でも大きな問題になっている。車を持たない人は、移動手段を失い、生活できなくなってしまう。
この問題は、地域だけでは解決できない。国が無関心でいていいはずはない。
ライドシェアリングは、この問題を解決する強力な手段なのだが、政府の規制改革推進会議は、6月29日の答申でライドシェアリングの全面解禁を認めなかった。
バスがなくなってしまっては生活できない
千葉シーサイドバスが、JR総武線・幕張駅を発着する3路線の廃止を計画していると報道された。
主力の「花島公園線」(花島公園~幕張駅、6.9キロ)も廃止を届け出ているが、利用者が多いため、市などとの協議が続いているという(朝日新聞、2026年6月30日)。
車を持っていない人は、移動手段を失い、生活できなくなってしまうだろう。
まるで災害に遭ったようなものだ。 住民の方々にとっては、まさに死活問題である。どれほど大変な思いをしていることだろう。
首都圏でも問題が広がる
これまで、こうした問題は主として過疎地で発生していた。しかし、しばらく前から、バス路線の廃止や減便は、東京都内や首都圏でも大きな問題になってきている。
庶民の生活が脅かされているのである。千葉シーサイドバスのニュースに対しても、SNSで、さまざまな意見が投稿されている。
言うまでもないことだが、これはこの地域に限った問題ではない。多くの人にとって切実で重大な問題だ。
実は、私が住んでいる武蔵野市には、「ムーバス」というコミュニティーバスがあり、30年近くにわたって便利に利用してきた。しばらく前に運転免許を返納したので、現在ではムーバスが重要な足になっている。
ところが、数か月前から、このバスが減便になった。これまで1時間に4便あったものが、3便に減らされたのである。それだけでも、利便性が大きく損なわれたことは間違いない。
地域だけでは解決できない
こうした問題は地域の問題であり、国の問題ではないという意見もあるだろう。
しかし、バス会社と地域住民との話し合いに任せているだけでは、なかなか事態は進展しない。
地方公共団体がこの問題にどこまで関与できるかは分からない。例えば、バス会社に補助金を出すことも考えられるだろう。しかし、財政的な制約もあり、それを実際に行うのは容易ではない。
確かに、この問題には地域ごとに異なる事情がある。しかし、国がこうした問題にまったく無関心でいてよいのだろうか。
国が取り組むべき課題は多い。むしろ、国が関与しなければ根本的には解決できない問題だともいえる。
例えば、バス運転手の不足や待遇、労働時間、休養の確保などは、個々のバス会社や地方公共団体だけで解決できる問題ではない。
国会議員は、運転手付きの自動車を利用できる場合が多い。そのため、このような問題に切実さを感じることは少ないのかもしれない。
これは、高度成長時代に築かれた生活の仕組みが、もはや維持できなくなっているという問題である。それにもかかわらず、人々の日常生活が脅かされている状況が放置されているのだ。
人手不足は日本経済の基本的な問題
これは地域だけでは解決できない、国全体の問題である。全国のあらゆる地域で同様の問題が発生しており、しかも状況はますます悪化する方向にある。
日本経済と社会は、もはや従来と同じ形では維持できなくなっている。地域産業の衰退や人口減少、高齢化によって、公共交通を支える基盤が弱くなっているからだ。
その影響が、さまざまな地域でじわじわと顕在化している。政治にとって最大の課題は、こうした変化に対応するために何をするかである。
必要なのは、消費税の減税や17分野への投資といった目立つ政策だけではない。人々が日々の生活を続けるために欠かせない公共交通を、どのように維持するかという地道で切実な政策である。
バス路線廃止の根本には、運転手不足がある。そして、その背後には、低い賃金、厳しい勤務条件、高齢化、若い働き手の減少といった問題がある。
これはバス業界だけの問題ではない。トラック運転手、介護職員、建設労働者、保育士、医療従事者、宿泊・飲食業などでも、人手不足が深刻化している。日本社会は、必要な仕事を担う人を十分に確保できなくなっているのだ。
ライドシェアリングの全面解禁が実現しない
一方で、バス運転手の不足を解消するための新しい技術も開発されている。例えば、ライドシェアリングは、こうした問題に対処するための強力な手段だ。
これは、一般ドライバーが自家用車を使って乗客を有償で目的地まで運ぶサービスだ。日本でも、2024年4月から条件付きで「日本型ライドシェア(自家用車活用事業)」が導入された。
この仕組みを整えれば、バスやタクシーが不足している地域でも、最低限の移動手段を確保できる。とくに、利用者が少ない時間帯や地域では、予約に応じて小型車を運行するほうが、大型のバスを定期的に走らせるより効率的な場合が多い。
病院への通院、買い物、駅への移動など、住民の具体的な需要に合わせて運行する「デマンド交通」も有力な手段だ。スマートフォンや電話で予約を受け付け、複数の利用者を効率よく乗せれば、少ない運転手で広い地域をカバーできるだろう。
しかし、日本では、業界の反対のために、十分な活用がなされていない。
規制改革推進会議が問題を先送り
政府の規制改革推進会議が6月29日にまとめた答申は、「諸外国の事例や各地域のニーズを踏まえて必要な取り組みを進める」と記すにとどまった。
国土交通省や自民党タクシー・ハイヤー議員連盟などは、ライドシェアの全面解禁に反対だ。安全の確保や事故が起きたときの責任の所在が明確になっていないと主張している。
もちろん、安全性や事故時の責任を軽視してよいわけではない。しかし、それは、保険、運転者登録、車両検査、評価システム、運行データの保存などを義務づけることによって対処できるのではないだろうか?
海外で普及しているサービスを、日本だけが「危ない」として封じ込めるのは、説得力に欠けると言わざるをえない。
今回の答申では、ライドシェアに関する記載自体を削除しようとする動きがあったという。それに対して、日本維新の会が待ったをかけた。そして、「先送りは地域社会の維持と国民生活の向上を一層困難にする」と指摘したと報道されている(日本経済新聞、2026年6月29日)。
新しい技術の利用を封じ込めてしまえば、その技術の発展自体が阻害されてしまうことになる。
日本が新しい時代に向かって成長していくためには、人々が望む新しい技術を導入していくのが最も確実な方法だ。既存業界の要求に沿ってその方向を捻じ曲げてしまえば、日本経済全体の健全な発展が阻害されることになりかねない。
ここで述べた問題は、地域住民が足を失うだけの問題ではない。日本経済発展の根本に関わる問題なのである。
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