あなたが、産後間もない赤ちゃんと幼児を育てている専業主婦だとしよう。ある日夫が、突然病気で倒れてしまったらどうなるだろう。しかも、実は夫が会社のお金を横領して解雇されており、借金だらけになっていて、夫の実家も自分の実家も一切頼れないとしたら。あなたならどうするだろうか。
有村架純さん主演の映画『マジカル・シークレット・ツアー』(6月19日公開)は、2017年に実際にあった主婦らによる「金の密輸事件」に着想を得たフィクションだ。有村さん演じる和歌子は冒頭に書いたような状況になり、追い詰められた中での「お金を稼ぐ方法」として借金取りから誘われた「金を運ぶだけの闇バイト」に参加する。そしてそこで黒木華さん演じる借金600万円を抱えた非正規雇用の研究員・清恵と、南沙良さんが演じる未婚の妊婦・麻由と出会い、チームのようになっていく。3人とも一生懸命生きているにもかかわらず、お金に関して「詰んだ」という状況になっているのが共通点だ。
有村さんにインタビューをした前編では、作品の話から、自身が人生で「詰んだ」となった時のことも聞いていく。
天野監督はどんな人なんだろう
2015年の『ビリギャル』に『ストロボ・エッジ』、2020年の『花束みたいな恋をした』、2022年の『月の満ち欠け』、2025年の『花まんま』……映画だけを少し思い返しても、多くの名作映画に出演してきた有村さん。今回この映画の出演を決めたのはなぜだろうか。
有村「台本を読んだのですが、お話自体がシリアスな感じというよりも、シュールなんですよね。女性3人が一生懸命になればなるほどちょっと滑稽に見えるみたいなところが、この物語の基盤みたいなところになってくるのかなというふうに思ったので、題材としてすごく面白いなと思いました。
女性が絡み合って物語が進んでいくところも、あまり自分は参加したことのないような作品でしたし、天野千尋監督は一体どんな監督なんだろう、と思う部分もありましたし、お話としても面白かったので、やってみたいなと思ったんです」
天野千尋監督は5年間の会社員生活を経て、2009年から映画の世界に飛び込んだ映画監督だ。『ミセス・ノイズィ』、『佐藤さんと佐藤さん』と同様、本作でも脚本も務めている。天野監督はどういう方でしたか? と聞くと、「そうですね……」とこんなエピソードを教えてくれた。
有村「最初にみんなで本読みをしたんですけど、監督が紙に役の自己紹介を書いてきてくださったんです。それも、2~3枚ぐらいあるんです。それが黒木さん演じるきよちゃんとか南さん演じるまゆちゃんの分もあって。台本だったり役柄をかみ砕く中で、監督の言葉というものがしっかりとあると思ったので、それに寄り添いながら、監督の撮りたいものがちゃんと撮れる現場になったらいいなと思いました。現場に入ってみると、監督自身も迷われている瞬間もあって。一緒にものづくりができる方だったかなと思います」
黒木さんのくれたマグネットを冷蔵庫に貼っています
5月に出演した「日曜日の初耳学」や雑誌のインタビューで、有村さんは山田裕貴さんと共演した2015年公開の映画『ストロボ・エッジ』のエピソードを話していた。廣木隆一監督は自ら正解を言わずにやり直しが続く。そのためには共演者それぞれが自分たちでとことん役について考える必要があって「廣木塾のようだった」「山田さんは戦友」と有村さんは語っている。
今回の作品で有村さんは、黒木さん演じる清恵のことを「きよちゃん」、南さん演じる麻由のことを「まゆちゃん」と呼ぶ。和歌子をいれた3人のチームができていくような役柄も初めてだったという。黒木さんと南さんとの共演は有村さんにどのようなものをもたらしたのだろう。
有村「お二人は役者さんとしてすでに確立されている方々ですし、どういう風に交われるのかなというのがすごく楽しみで。実際お会いしてみると、ご自身のペースがありながらも表現に対してすごく誠実で、見ているだけで楽しかったです。このセリフをこういう言い方で表現するんだなとか、一緒にお芝居していて、とにかく勉強になりました。
シンガポールでは1週間ぐらい撮影があったのですが、朝から夜まで撮影があることが多かったので、ご飯に行けたのは2日くらい。黒木さんと南さんとマネージャーさんたちとみんなでラクサというシンガポールのヌードルを食べに行ったり、衣装部さんやメイクさんとチリクラブを食べに行ったりしました。私が夜まで撮影があって、黒木さんがちょっと早く終わられた時に、街を散策に行かれていたんですが、次の日にお土産のマグネットを買ってきてくださって。それを冷蔵庫に貼っています」
有村さん演じる和歌子は、乳幼児を抱える専業主婦。夫が倒れたことをきっかけに、実は夫が会社のお金を横領して借金まみれになっていたことを初めて知る。黒木さん演じる清恵は、奨学金返済に追い込まれながら、アカデミックハラスメントを受けて仕事を失いそうな研究員だ。南さん演じる麻由は、妹の学費のために夜の街で必死に稼いだお金を母親に使い込まれてしまう。映画の中の3人は、それぞれは決してサボっているわけでもなく、必死に生きているのに、お金のことで絶体絶命な状況に追い詰められる。いわゆる「詰んだ」状態だ。和歌子を演じた有村さんはどのように感じたのだろうか。
有村「三人がしてしまったのは、金の密輸という、絶対してはいけないことなので、犯罪をしてまで人生を切り開く方法を推奨することはできないです。でも、自分の生活や環境を打破したいという感情は、誰しも理解できることだと思うので、そこは背中を押してあげたいなとも思いましたし、すごく爽やかな気持ちにもなりました。
犯罪の中にもいろんな背景があって、そうせざるを得なかった理由がある人もいて、理由を辿っていくと社会の制度とか、そこに行き着いてくる。もっと社会が我々国民に手を差し伸べることができたら、そこはお金がなくて苦しんでいる人たち、そうせざるを得なかった人たちを救えることができるんじゃないかとか……。そういう、モヤモヤはありますね。
一概に罪を犯したから『じゃああなたはもうだめ』というのではなく、そうせざるを得なかった理由は何ですかというところを、考えてほしいなと思います」
こうして話を聞いていくと、本当に有村さんは役のことやその周りの環境もとことん考えているのだなと感じさせられる。「では有村さん自身、和歌子たちほどでなくても、“詰んだ”と思ったことはありますか?」と聞くと、デビュー直後にオーディションを受けていた時期のことを教えてくれた。
有村「舞台のオーディションを受けて、歌を歌わなきゃいけなかったんですけど、私が覚えていった歌が間違えていて……。リズムも歌詞もすべてが違っていたんです。『歌ってください』と言われて前奏が流れた瞬間に『えっ!覚えていた歌と違う!』となって、頭が真っ白になりました。もちろん結果はダメでした。『歌を覚えてこないってどういうこと』と叱られて、『そうだよなあ』と思いながら、謝るしかできませんでした。失敗しちゃいましたよね」
なかなかパワフルなエピソードだが、有村さんの語り口は淡々としている。きっと「話を盛る」ということがないのだろう。きちんと考えて、自分の言葉で冷静に、淡々と面白いことを語る。その「すごさ」を必要以上に強調しない。そのスタンスが、有村さんが演じる役にリアリティを感じさせる背景なのかもしれない。
とはいえ、やってしまったエピソードはなかなかおっちょこちょいで、それもほほえましい。映画の内容に合わせて「お金の失敗はありますか?」と聞いてみると、最後にこんなエピソードを教えてくれた。
「海外の家具サイトで、購入した時に結構重ためのものが来ちゃって、それはちょっと失敗でしたね。運送費もかかるし、結構お値段したんですけど、何キロっていうところまで見てなくて。“移動させるのめっちゃ大変なんだけど”って思いました。だからちょっと海外のサイトで買い物する時は注意しないと(笑)」
ものすごく重い家具を、必死の思いで動かそうとして困っている有村さんの姿を想像するだけで、ちょっと口元が緩んでしまう。
インタビュー後編「有村架純が考える、納得のいく人生。高校生で俳優になるため上京して気づいた「自分との向き合い方」」では、「自分の人生を自分で決断する」というテーマについてお伝えする。
有村架純(ありむら・かすみ)
1993年2月13日生まれ。兵庫県出身。2015年『映画 ビリギャル』で第39回日本アカデミー賞新人賞と優秀主演女優賞をW受賞。同年同作と『ストロボ・エッジ』でブルーリボン賞主演女優賞を受賞。2022年の映画『花束みたいな恋をした』で第45回日本アカデミー賞 最優秀主演女優賞を受賞。ほか『ナラタージュ』(2017)『月の満ち欠け』(2022)『花まんま』(2025)など出演作も受賞作も多数。
ドラマはNHK朝の連続テレビ小説「あまちゃん」(2013)「ひよっこ」(2017、2019)、大河ドラマ「どうする家康」(2023)、月9ドラマ「海のはじまり」(2024)、日曜劇場「GIFT」(2026)、Netflixドラマ「さよならのつづき」(2024)など多数。
『マジカル・シークレット・ツアー』
平穏な日常を送る二児の母・和歌子が、夫が倒れたのを機に知らされたのは夫の横領と解雇、そして借金。返済のため、今を生きるために行きついたのは、シンガポールでの闇バイト【金の密輸】だった。そこで偶然出会った、非正規雇用の研究員と、未婚で妊婦のキャバ嬢。密輸の成功に味をしめた3人は、自分たちで密輸を始めることに。人生思いっきり生きる!このラスト、痛快!実話に着想を得た【金密輸事件】を描く、違法だけど痛快なエンタテインメント。監督 天野千尋 2026年6月19日より全国公開。
インタビュー・文/新町真弓(FRaUweb)撮影/森清
ヘアメイク/新山いずみ スタイリスト/瀬川結美子