前編を読む「阪神の名スカウトが明かす「早大の逸材」和田毅、鳥谷敬の「両獲り」作戦」
意中の和田毅をソフトバンクに持っていかれた阪神。スカウトだった菊地敏幸氏は、翌年のドラフトで同じく早大の鳥谷敬に照準を定めた。誰もが「モノが違う」と話す逸材が、甲子園の地で不動のショートとして活躍するまでには、いまだからこそ明かせるスカウトとのこんな物語があった。
和田さんと同じチームには行かない
鳥谷を巡っては当初8球団が獲得意思を表明。脈がないと感じた球団は撤退していくのですが、そこにはダイエーも含まれていました。資金力もあって今回も強敵になると考えていましたが、鳥谷の意向が伝わり方向転換を余儀なくされました。実のところ鳥谷は「和田さんと同じ球団には行かない」と決めていたのです。
二人の仲が悪いわけではありません。むしろ鳥谷は和田をとても尊敬していました。私が和田にアプローチしている際、会食の席に和田が鳥谷を連れてきて3人で食事をしたこともある。六本木のスナックで、二人が阪神の縦縞のユニフォームを着て活躍する姿を夢想しながらグラスを傾けていました。親しいからこそ、同じ球団に行くと“出来レース”だと思われかねない。鳥谷はそれが嫌だったと話してくれたことがありました。
8月に入ったころには阪神、巨人、西武、横浜(現DeNA)の4球団に絞られました。ただ、私が把握する限り西武の可能性はないと考えてよく、1番の相手はやはり巨人だろうと見ていました。渡邉恒雄オーナーが大号令をかけていましたし、マネーゲームになっては分が悪い。かといって尻尾を巻いて退くわけにもいかない。
一流は酒を飲んでも乱れない
獲得を目指す選手にもっとも影響力を持つ近しい関係者は誰か。それを見極め、味方になってもらうかが大きな鍵となることは、これまでも触れてきました。
鳥谷にも、そうしたアマチュアの指導者が3人おり、阪神入りに追い風を吹かせてくれました。ただ、そこに関しては私もあとから知った話です。
その3人がもともと阪神に入ってほしいと思っていたのか、阪神の編成部の人間が接触していたのか、とにかく鳥谷に阪神入りを勧めてくれた。鳥谷も晴れの入団発表の日に前夜から当日の朝まで一緒に酒を飲むほど信頼を寄せていた。鳥谷には前もって新幹線のチケットを渡していて、おそらく東京駅から乗ってきたと思うのですが、私が新横浜駅から乗車してグリーン車の席に着くと、すでに爆睡していました。
でも、さすがだと思ったのは、起きたらそんな影響は微塵も見せない。球団事務所や甲子園球場、寮を見学したりしたと記憶していますが、そこでもピシッとしている。和田もそうでしたが、一緒に酒を飲んでいても乱れるような姿を見せたことはありませんでした。行動にメリハリをつけられるのも一流選手の共通点と言えます。
裏目に出た巨人の企み
最後は巨人との一騎打ちの様相でした。鳥谷が条件や金銭面を重要視するならどうなるかはわからないとは思ったものの、感触は悪くありませんでした。そんな折、巨人がジョーカーを切ってきました。鳥谷とホテルで面会し、破格の条件を提示した上に、「ショートのポジションを空けて待っている」とまで言ったそうです。
「それを聞かされて、気持ちが冷めました」
鳥谷は後になって、そう振り返っています。
君のためにポジションを用意しておく―――
スカウトの口説き文句として、何度か見聞きしたことがあります。しかし、それは言っちゃあアカン。私は絶対にそういうことは言いませんでした。
プロという最高峰の舞台で生活を懸けてプレーしている選手、その世界にこれから人生を捧げようとしている選手、どちらに対しても礼を欠くものですからね。しかも、そのときの巨人のレギュラーショートの二岡智宏は鳥谷の憧れの選手でもあっただけに、その意味はなおのこと大きかったんだと思います。
虚を突かれた「フライング報道」
9月13日、秋季リーグ開幕日の朝、一部スポーツ紙が鳥谷の阪神入りが決定と報じました。これには驚きました。
実は前日に野村監督から「リーグ戦が始まる前に鳥谷本人に意向を確認し、今日のうちに各球団の担当スカウトに連絡します」と告げられて、運命の電話を待ちました。夜の9時頃だったでしょうか。「鳥谷は阪神に行きたいと言っています」と聞き、胸を躍らせました。ただし、結論はリーグ戦が終わってからにしたいとのことで内密にする約束をしていたのです。
野村監督からは阪神が情報を漏らしたのではないかと疑われてしまいましたが、もちろん、そんなことをするメリットはありません。野村監督が担当スカウトに連絡を入れるというやりとりをした場には取材に来ていた新聞記者たちもいました。
当然、時間を見計らって探りの電話をかけてくる。私にもありましたし、ほかの球団の担当スカウトにも連絡が来たのは間違いない。私は「いい返事もなにももらっていない。まだ白紙で、リーグ戦が終わってから話すとのことでしたよ」と煙に巻きましたが、“落選”となった球団のスカウトは「うちは厳しそうだ」「阪神が有利みたい」とコボしますよね。
「俺は、おまえから聞いてないぞ」
11月2日、最後のリーグ戦を全勝優勝、首位打者獲得で締めくくった鳥谷はプロ入り希望を明らかにしました。
その3日後、私は都内で野村監督と面会して改めて「自由枠で獲得したい」と伝えました。そして、さらに3日経った8日、竹田邦夫常務らとともに異例の6人体制で早稲田大学野球部寮を訪問。指名あいさつを行いました。正式に阪神入りを公言した鳥谷が、集まった大勢のマスコミの前で示した覚悟は頼もしいものでした。
「実力が劣っていれば試合に出られない。戦わなければならない。競争社会だと思っています」
ただ、私にはもっと聞きたい言葉がありました。マスコミ報道で阪神入りが既成事実化していったため、鳥谷から直接、決心を伝えられていなかったのです。
「俺は、おまえから聞いてないぞ」
「お世話になります」
はにかむ鳥谷を見て、ようやく安堵することができました。
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