奈倉有里さんのエッセイ集『背表紙の学校』『文化の脱走兵』は文芸誌『群像』での連載をまとめた1冊ですが、本が刊行されたあとも連載はつづいています。「権力は暴走する。歴史はこれまで幾多のその経緯を記録してきたし、文学はそこに生きる人々の声を拾ってきた。」『群像』最新号(2026年6月号)より、連載第41回「抵抗のなかで」を特別にお届けします。
権力は暴走する
権力は暴走する。歴史はこれまで幾多のその経緯を記録してきたし、文学はそこに生きる人々の声を拾ってきた。そして多くの国で、権力の暴走を止めるためにいくつものストッパーとなるべき憲法や法律が考えられ、制定されてきた。
それでも権力は──より正確にいうなら大概は法的に認められている権力以上のものを握ったと思い込んでしまった人間たちは、自らの権力を規制する憲法をまるで邪魔な足枷かなにかのように振り払おうとし、極度に幼稚な言い訳で人々を呆然とさせておいて、あたかも暴走自体が悲願であるかのように暴走をはじめる。
それはまるで「症例」だ。医師は私たちひとりひとりであり、患者は権力である。こんな喩えを持ち出した理由は、ひとえに「直接の原因や経過が(場所や時代によって)それぞれ異なっても、共通点を探ることに意味がある」からだ。私たちは、仮にこれまでの歴史的症例に疎く、自らの無知を自覚していたとしても、いまからでも知識を得ることはできるし、もしその知識を活かせたなら、誰かを説得できるかもしれない。なにかを救いうるかもしれない。
たとえば、もし自分や自分の大切な人が健康診断に行って、なんらかの病気にかかっていたことが判明したとしよう。助かりたい、助けたいと思ったら、必死でその病気のことを調べて、どうしたらいいのか、なにを食べてもよくてなにはよくないのか、なにに気をつけたらいいのか、どんな治療法があるのかを調べるだろう。
実際、大きな総合病院でたいした病気ではないとの誤診を下された患者の家族が「なにか違う」と気づいて、医学にはまったく疎かったけれどもとにかく患者の症状を観察してこれまでの症例にあたってほんとうの病気を発見し、どこをどう調べてほしいかを医者に要求してそのおかげで患者は危機一髪一命をとりとめた、という例もある。
そんな喩えに頼りたくなるほど、いま私たちがいる現状は、危機的に思えると同時に、もし「どうしたら止められるのか」という思いを抱えている人の知恵をすべて集結させることができたら現状を変えられるくらい、「これはおかしい」と思う人が増えている。まだ希望がある。
さて、どうしたらいいのだろう。
歴史上、こんなに繰り返されるのなら、どこかになにかヒントがあるはずじゃないか。なんのために私はロシアで、ベラルーシで、抵抗する人々を見つめてきたんだ。
歴史上の独裁者たち
私はいままでそうしたことを、異なる時代の、違う場所の「例」で伝えてきたつもりだった。訳書を出すことも、この場で詩の翻訳をすることも、抵抗運動そのものを紹介することも含めて、広い意味での「翻訳」を担う自分がものを書くのは、どこかで書かれたものがいかに私たちにも響くか、あるいはものを考えることの助けになるかを伝えたいからであり、そして、どこかでなされたなんらかの例が、ぜんぜん違う場所にいる誰かに勇気を与えてくれるかもしれないからでもある。
いま、それらのなかからあらためて思い浮かぶ例がいくつかある。
まず私たちの認識という、身近で些細なようでありながら案外重要な側面を持つ問題からはじめよう。
権力の暴走には、どういうわけか一種の滑稽さがつきものである。多数の人命を左右する重大な決定がなされるとき、歴史上の独裁者たちの言動は揃いも揃ってどこか滑稽だ。およそ理性的に考えればありえないような論理を持ちだすので、滑稽にみえること自体は当然なのかもしれない。
その言動を目の当たりにした人々はさらに呆然とするが、まともに判断しようとするとやはり喜劇か寸劇か笑劇のようにも感じられ、そんな笑い種に自分たちの生活が脅かされるはずはない気がしてしまう。あるいは、たとえ頭では理解して危機感を抱いていても、「脅かされてたまるか」という意地もあるし、滑稽だとでも思わなければ平穏な気持ちで生活ができない、という心理もある。
サーシャ・フィリペンコの『赤い十字』(史料をもとにした小説)に、こんな光景が描かれている。スターリン時代、粛清が本格化する直前に出会い結婚した若い夫婦が、すでに言論が不自由になっていることがわかっているからこそ、ベッドのなかでスターリンの物真似をして冗談を飛ばす──
ベッド──それは、幸福なソ連人が、ときに恐れず〔…〕家族と話せる稀有な場所である。毛布を頭までかぶって、リョーシャ〔主人公の夫〕はひそひそ、スターリンの喋りかたを真似て囁いた。
『なにもかも、新しくせねばならーぬ。〔…〕ソ連の新たなる世代が、粛々と新たなる紀元へと突入し、まったく新しい、質も品種も未曾有の、特別なウンコを生み出すためーに!』
二人はくすくす笑い、キスをして、その瞬間だけは、すべてはまだどうにかなるのだという幻想を抱く……。(『赤い十字』、集英社、44頁)
親しい人と笑いあえれば、どうにかなる気がしてくる。けれどもその幻想はやはり幻想だった。滑稽な発言を繰り返す権力者は、間もなくして想像を絶するほどの数の国民の人権を踏み潰し、命を奪っていく。
プーチンはどうだったか
現代でいうなら、ウクライナ侵攻開始直後のドミートリー・ブィコフの言葉が思い起こされる──
こんにちのロシアとヒトラーのドイツの類似性はすでに多くの人が指摘しているが、充分に説得力がある。グライヴィッツのときのヒトラーの演説と、先日のプーチンの演説は、語り口といい構成といい、驚くほどよく似ている。なかでも最も重要な共通点は、レマルクが『リスボンの夜』で描いた、全世界にいじめられてでもいるかのような、あの口調だ。「だって、我々はこんなにがんばってたのに」と……ああ、なんて恥ずかしいことだろう。
私たちは予想外のことが起きたかのように驚いている。私もまた、こんな戦争が起きてほしくないという一縷の希望にすがっていた。けれどもいまではその希望を恥ずかしく思う。何者かが「ガア」とアヒルのように鳴いたら、その正体はやはりアヒルなのだ。似ているのではなく、そのものなのだ。プーチン政権のやってきたことは、おそろしいほどすべてが、ここに向かっていた。(「戦争という完全な悪に対峙する」、岩波書店編集部noteで公開中)
ガアと鳴いたらアヒル(または鴨)、というのはいわゆるダック・テストと呼ばれる比喩だ。ガアと鳴く声が聞こえたのに、「アヒルの声に似てるけど、アヒルじゃないかもしれない」とたかを括って(あるいは迷って)いるうちに、声の主はいずれ正体を現す。試しにプーチンについて耳にしてきた言葉を挙げてみよう──
「まるで独裁者だ」「まあ、そういう素振りが好きなんじゃない?」「いや、本格的に独裁者になってきたよ」「ほんとだね」「いまにも侵略戦争をはじめそう」「でも、まさか」「いくらなんでも21世紀にもなって」「本人も戦争をするつもりはないって言ってるし」「だけどほら、これも似てる、あれも似てる」「まさか……」「でも……」。
でも、やはりそうなのだ。ことあるごとに自らの力誇示し、過去の戦争や軍隊を賛美し、国民に数々の犠牲を強要し、それなのに自分が全国民に愛され賞賛されているかのように見せかけることにかんしては異様にこだわり、気に入らないメディアを排除し、自分に都合のいいように憲法を変え、違憲なはずの法律も押し通し、さらにはどんな法律も審議なく通せるようにし、軍事力と警察権力を肥大させる権力者──そんな「ガア」が聞こえたら、その声の正体は悲しいほどひとつしかない。
けれどもその経過は大量の目くらましを伴うので、国民の大半が「たまたま似ているんじゃない、そのものなんだ」と気づけるようになったときには、もう手も足も出せなくなっている。プーチンにしても、直前まで「戦争をするつもりはない」と繰り返していたあの言葉はなんだったのか……。ああそうだ、だから開戦直後に「これは戦争ではなく特別軍事作戦だ」と屁理屈をこねて、ついでに「戦争」という言葉自体を禁止し取り締まったのだ。
要するに「これから戦争をするつもりはない」だったのが「これは戦争のつもりではない」に段階的に変化して戦争をはじめたということになる。茶番だが、殺戮を伴う茶番だ。だからあのとき注目すべきだったのは「戦争をするつもりはない」という表面的な言葉ではなく、政府がなにをやっているかということだけだった。戦争を戦争と呼ばなければ言い逃れられると思っている為政者はいくらでもいる。
だから希望がない、と言いたいわけではもちろんない。だから歴史に学ぶことができるのだ。行き着く果てまで暴走しきった権力のほうが歴史的に悪名高く、想起される頻度も高いが、市民の力が権力を止めた例もむろん数多くある。だから「ガア」と鳴いた者から目を離してはいけない。
ところでだいぶ前のことだが、内政批判や市民運動について否定的な見方をする人が、「そういうのは専門家に任せたほうがいい」と言うので、政治の専門家とは誰かと訊いたら、与党の政治家だという答えが返ってきて呆れかえったことがある。
なるほど、確かにスターリンは粛清の専門家であり、ルカシェンコは独裁の専門家であり、侵略戦争をする為政者は大量殺戮の専門家で……なんだか眩暈がしてきたぞ。おや、ほかにも列をなしている──汚職の専門家もいれば、脱税の専門家もいる。権力濫用の専門家もいるし、政教癒着の専門家もいるじゃないか。おかしいな、こんなときに限って逮捕の専門家はどこに消えたんだ?
「退陣日おめでとう♡」
とまあ、抵抗運動には、そんなふうに啞然としてしまう瞬間も失望もつきものだ。だから失意に沈みすぎないように、心に持っていたほうがいいお守り的な話も必要だろう。
サーシャ・フィリペンコを2作翻訳した2020年(刊行は2021年)、フィリペンコの故郷ベラルーシはちょうど民主化運動とその弾圧の真っ只中だった。ベラルーシはソ連崩壊以降、ルカシェンコ「大統領」が(国際的にはすでに正当な大統領と認めない見解も多いが)現時点で30年以上にわたって政権を握る、いわゆる独裁国家だ。5年ごとに大統領選挙がおこなわれるが、公式結果としては毎回毎回8〜9割の得票率で現大統領の再選が決まる(ことになっている)。
日本も含め国際的なニュースで大きく取りあげられていたのは主に市民への残酷すぎる弾圧だった。それまでもベラルーシでは選挙のたびに、対立候補が逮捕・投獄されたり、ジャーナリストが暗殺されたりといったことが繰り返されてきた。デモの弾圧も容赦なくおこなわれてきたが、この年は特にひどかった。
選挙前のインターネット上の調査では3%まで支持率が低下していたのに、政府発表の結果は依然として現大統領が8割の得票とされ、納得できない市民が街に溢れた。だが権力側はまるで国民に不信任をつきつけられたこと自体に怒り狂うかのように武装警察を動員し、たまたま買いものに出た通行人までもが道端で警官から暴行を受けるという、信じられない光景が繰り広げられた。
しかし最もすごいのは、それほどまでに暴力的な弾圧に対して、市民が貫いた平和的抵抗の徹底ぶりである。ハートマークをシンボルとし、デモやスタンディングをおこなうときには絶対に怪我人がでないように取り計らい、ベンチの上にあがるときは靴を脱ぎ、ゴミひとつ落とさずに見つければむしろ拾って帰り、手に花を持ち、笑顔を絶やさず互いに微笑みあい、ひとりひとりが手書きのプラカードを用意して街に出る。
ロシア語とベラルーシ語というふたつの公用語がある国で、どちらの言語も決して排除せず、抵抗歌も両方の言語でうたう。プラカードにもハートマークがたくさん用いられた。「サーシャ(ルカシェンコの愛称)、辞めて♡」「市民はあなたを解雇します♡」。フィリペンコも「誕生日おめでとう」の定型表現をもじった「退陣日おめでとう♡」のプラカードを持っていた。
笑顔の権利を手放さない
このとき、幾度かフィリペンコにインタビューをしたなかで、印象に残っている言葉がいくつかある。そのひとつが笑顔についてだ。「外国のメディアなどから、『逮捕されたり酷い暴行を受けたりしている人も多い深刻な状況のなかで、なぜ笑顔でいられるのか』と訊かれることがあるが、笑顔というのも僕たちにとってはすごく重要なことだと思っている。笑顔のある日常の大切さと抵抗の意思は地続きだから」という意味のことを語っていて、なるほどと思った。
弾圧される側、抵抗を訴える側が、抑圧された存在、あるいは怒りを湛えた存在として振るまわなければいけないと感じること自体、暴力的な構造に組み込まれた先入観なのだろう。いや、もちろん市民にはあらゆる感情を抱く権利がある。怒り、呆れ、悲しみ、のしかかるような重圧や、途方に暮れた気持ちを抱えている人がいるし、それはごく自然なことだ。けれども笑顔の意味も、やはりわかるのだ。
ベラルーシ民主化運動を主題としたフィリペンコの『理不尽ゲーム』では、クライマックスのシーンにデモが描かれる。昏睡状態から覚め「理不尽」な社会を目の当たりにした主人公は、切実な思いで「僕はただ、自分以外にもこの不条理劇を信じたくない人たちが表に出てくるところを見たいだけだ」と言って、友人と街に向かう。
それまで、現政権に不満を持つ人々がいくら集会をひらいても、国営テレビは「チンピラ300人組」などと矮小化して報道し続けてきた。現場の警察は意気盛んに「騒がしくなり次第、立ち退いていただきます」と呼びかけている。そんななか、広場に着いた主人公は喜びを嚙みしめる──
「人がいる。勇気ある気丈な人々が数千人はいる。女性も老人も、もう我慢の限界だと思っている人たちがいる」「感じのいい凜とした賢そうな人たちに囲まれている。この人たちと一緒なら怖くはない」。
次第に人は増え、何万もの数になっていく。権力者や権力側のメディアから、反政府の市民は不良だ、ごく少数だ、などとさんざん言われ、少なく無力に見積もられ続けた彼らが、互いを目にし、認識するだけでただ嬉しく、安堵し、その平和な微笑みこそを守らなければいけないと考えた──その気持ちがわかる。
あの抵抗のなかで咲いていた笑顔を、なぜだかいま、とても近くに感じている。
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