わざわざ「有料」の案内が来た
米国、カナダ、メキシコの3か国で共同開催されるサッカーのW杯(6月11日~7月19日)。開幕まで1か月余りとなり、われわれ報道陣に対してもFIFA(国際サッカー連盟)から連絡が送られて来るようになった。
先日の案内の中にこんな一節があった。
「市内の交通機関は有料になる」
説明が必要だろう。
試合が開催される都市では地下鉄やバス、トラムに乗車する時には料金を支払う必要があるという意味である。
わざわざそんな案内が来たのは、2006年のドイツW杯以降、ほとんどの都市で乗車料金が無料化されてきたからだ。記者証(ADカード)を持っていれば無料で乗車できたり、メディアセンターで交通カードを手渡されたりする。
メディアだけではない。一般観客もスタジアムまでのバスやトラムは無料になることが多かった。いや、W杯だけではない。各都市によってさまざまだが、普段の国内リーグの試合でも交通機関が無料になることは多い。
観客へのサービスであるとともに、料金支払いの手間をなくすことによってよりスムーズに観客を移動させられるからでもある。
大盤振る舞いのロシア大会
市内交通だけではない。
2006年大会以降は、メディア関係者が都市間を移動する際の鉄道も無料になっていた。
2006年大会では筆者はフランクフルト中央駅の近くの部屋を借りていたのだが、試合当日(または前日)に中央駅から各都市に鉄道を利用して無料で移動することができた。
その後の大会でも、ほとんどの大会で鉄道料金は無料だった。もっとも、2010年の南アフリカ大会では現地の治安が悪かったので鉄道は利用せず、レンタカーで移動していたのだが……。
大盤振る舞いだったのは、2018年のロシア大会だった。
この大会ではメディア関係者だけではなく、チケットを購入した一般観客も鉄道が無料で利用できた。首都モスクワから各開催都市まで往復の特別寝台列車が運行され、事前に申し込んでおけばすべて無料だった。
時間の関係で航空機による移動にしたこともあるし、モスクワを経由ではなく地方都市から地方都市に直接移動する時には鉄道料金を支払ったが、広大なロシアで開かれた大会だったにもかかわらず交通費が安くすんでとても助かった。
わざわざ交通費を高額に
4年前の2022年カタール大会では全試合が首都ドーハおよび近郊都市で開催されたので、都市間の移動はまったく必要なく、すべて無料のバスや地下鉄で移動できた。一般観客もすべての交通機関が無料だったし、地下鉄駅から遠いスタジアムまでは大量の無料シャトルバスが運行されていた。
こうした措置は慣れない外国人サポーターが料金の支払いに手間取ってトラブルになるのを防ぐためでもあったし、世界中からの観客をもてなして各都市の印象を良くするためのホスピタリティーでもあった。
ところが、2026年の大会ではこうしたサービスはまったく行われないのだ。メディア向けですらそうなのだから、一般観客向けも同様だ。
それどころではない。観客向けの交通機関が高額の料金を設定したというのだ。
今大会の決勝戦は7月19日にニュージャージー州イーストラザフォードにあるメットライフ・スタジアムで開催されるが、ニューヨーク市内からの鉄道を運行するニュージャージー・トランジット(NJT)は「スタジアムまでの往復運賃は150ドル」と発表した。
1ドル=155円で換算すれば2万3250円。格安航空会社(LCC)を利用して東京-札幌間を往復するより高額な料金設定である。
もはや“高嶺の花”のW杯
ちなみに、同スタジアムはアメリカン・フットボール(NFL)のニューヨーク・ジェッツと同ジャイアンツの本拠地なのだが、NFLの試合開催時の往復運賃は12.9ドルだというから、通常の10倍以上の料金設定となっている。
今年のW杯では入場料金が過去の大会より高額に設定されているうえに、ダイナミック・プライシングシステムが採用されて人気カードの料金がさらに高額化。さらに、いったん購入したチケットを再販売するための公式リセールサイトでは、従来は定価での売買のみが許されていたのだが、今回は自由に料金を設定できるようになったため、決勝戦のチケット1枚がFIFAの公式リセールサイトで約230万ドル(3億5000万円)で売りに出されたなどというニュースが飛び交っている。
サッカーというスポーツは、19世紀末にイングランド北部などの労働者階級の間で盛んになったことで世界のナンバーワン・スポーツとなったという経緯があり、貧しい労働者階級のスポーツとして長く知られていた。だが、1990年代以降は入場料金の高額化や有料テレビによる囲い込みなどで庶民が気軽に試合を観戦できなくなってきていた。そして、とうとうサッカーは(少なくともW杯は)普通の暮らしをしている庶民には無縁の“高嶺の花”の存在となってしまったようだ。
米国の主催者には従来のW杯主催者のようなホスピタリティーの精神はなく、ただただ「金儲けファースト」で動いているようだ。そして、FIFA自身もそれに便乗。公式リセールサイトでFIFAは売り手と買い手双方から15%ずつの手数料を徴収するから、チケット価格が高騰すればするほどFIFAの利益も膨れ上がる仕組みになっている。
北米で開催される2026年大会だけが特別の“異形のW杯”となるのか、それとも次回以降の大会も金儲け優先の大会になってしまうのか、それが心配だ。
【もっと読む→2026年ワールドカップ、”史上最強”の日本代表はどこまで行けるのか?「死の組」突破へ勝負を分ける3つの条件】