宇宙で唯一の生命を育んだ「海」、あたりまえのようにそこにある「山」、そしてミステリアスな「川」……。地球の表情に刻まれた無数の凹凸「地形」。どうしてこのような地形になったのかを追っていくと、地球の歴史が見えてきます。
「地球に強くなる三部作」として好評の『 川はどうしてできるのか 』『 海はどうしてできたのか 』『 山はどうしてできるのか 』を中心に、地形に関する選りすぐりのトピックをご紹介した人気シリーズ、久々の新トピ公開です。
今回は、天竜川の源流は本当に諏訪湖なのか、という疑問から発した、謎解きを全3回にわたってお送りします。
*本記事は 『 川はどうしてできるのか 』『 海はどうしてできたのか 』『 山はどうしてできるのか 』 (講談社・ブルーバックス)の内容を、再構成・再編集のうえ、お届けします。
「時間と空間の変遷」を考えた妄想
川の面白さの一つは、地形図を広げて眺めているだけで「どうしてこんなことになっているんだ?」という疑問が次々と湧いてくることです。それらの疑問を地質学のセオリーを駆使しながら解いていくのは、推理小説を読むように楽しいものです。
およばずながら自分が探偵役をつとめ、川の謎解きを多くの人に面白がっていただけるような本を書いてみたくなって出版したのが『川はどうしてできるのか』でした。
その中で、ある川について私がかねてより抱いている疑問から、ふと思いついただけの仮説まで、きちんとした検証は難しいけれど興味をひかれていることを、想像をたくましくして述べてみました。荒唐無稽に思われるかもしれない、と思いつつも、読者のみなさんもこんなふうに自由な発想で川を見てほしい、という願いも込めて書いたものです。
いずれも独断と偏見に満ちたものであることをお断りしておきます。現在の地理学者も地質学者も決してこのような考え方はしないであろう、いわば妄想ですが、「時間と空間の変遷」を考えたものであるところが特徴といえます。
今回は、そんな川についての仮説から、天竜川について述べたものをご紹介していきましょう。
地図を見るたびにもたげる疑問…「天竜川の源流は諏訪湖でいいのか」
天竜川は長野県にはじまり、愛知県、静岡県を流れて太平洋の遠州灘(えんしゅうなだ)に注ぐ、長さ213km(日本第9位)の一級河川です(図「天竜川の流路」)。その源流は、諏訪湖(長野県)であると、どの本にも紹介されています。しかし私は、これには大いに疑問をもっているのです。
地元の地質研究者である松島信幸さんによれば、天竜川は概ね地質時代の第四紀(いまから258万年前より新しい時代)にできたとみられるそうです。しかし、それ以前は、天竜川の前身がどこにあって、どのような変遷をとげたのかはよくわからないそうです。
源流とされている諏訪湖から下って、中央アルプス(木曽山脈)と南アルプス(赤石山脈)の急峻な山々を通って浜松で太平洋に注ぎ、さらに海底で天竜海底谷となって南海トラフの終点に至るまでが天竜川の全体像ですが、じつはその間には、いくつかの不思議な構造が目につきます。
そして、それらを重ねあわせてみると、天竜川の源流が諏訪湖であるとはどうしても考えにくくなり、私の頭にはある途方もない仮説が浮かび上がってくるのです。
南信伊那を貫く巨大な谷
諏訪湖を出た天竜川は、長野県では伊那谷(いなだに)という大きな谷を河床としています。
谷というよりは盆地であり、伊那盆地とも呼ばれていてその幅は広いところでは川にかかる橋の長さが1kmほどにもなります。ふつうの川の上流では考えられない広さです。その景観は中央自動車道からよく望めますし、ランドサットの画像で見ても中部日本では松本盆地や甲府盆地、そして新潟県の信濃川に沿った谷とともに、目にとまる大きな地形です。
このことが、そもそも私が天竜川に疑問と興味を抱いた発端でした。
天竜川の源流について私が抱いている疑問は、大きくいえば二つあります。以下にそれぞれを説明していきます。
- 天竜川と諏訪湖の年代についての疑問…諏訪湖より前から天竜川は存在していたらしい諏訪湖を天竜川の源流と考えると、明らかにおかしなことがあります。それは、諏訪湖にはたくさんの川が流れ込んでいることです。つまり、本当の源流がもっと上流にあるはずなのです。もし、それでも諏訪湖が源流であるとすれば、天竜川は諏訪湖よりもあとにできたことになります。しかし、いろいろな研究の結果、諏訪湖の形成はせいぜい20万年前くらいであるといわれています。これに対して、天竜川の上流にある扇状地は明らかに20万年前より古いことが、松島さんたちの研究でわかっているのです。これが第一の疑問です。
- 天竜川と諏訪湖の高低についての疑問…諏訪湖の湖底より、天竜川の河床の方が高い天竜川は、 かま口という水門(記事冒頭の写真)で諏訪湖から流れ出します。ここには「糸魚川―静岡構造線」という大きな断層が中央構造線と交するように南北に走っています。そのため、諏訪湖は内部が陥没した形になっています。諏訪湖とは、断層によって生じた陥没に水がたまってできた湖なのです。そして、その湖底は天竜川の河床よりも低くなっています。もし諏訪湖が天竜川の源流であるならば、低い湖底から高い河床へ、水が高低に逆らって流れ上がったということになります。これはいったいどう考えればいいのでしょうか。これが第二の疑問です。
これらの疑問を解決する仮説として、私は次のような可能性を考えています。
善知鳥峠についての仮説
長野県塩尻市にある善知鳥峠(うとうとうげ・図3-2参照)は中央アルプスの延長上にある峠で、雨水を太平洋側と日本海側とに分ける中央分水嶺を構成する分水嶺の一つです。
この峠より南側に降った雨水は天竜川へと流れて太平洋に注ぎ、北側に降った雨水は犀川(さいかわ)に流れて信濃川(長野県では千曲川と呼称)と合流し、日本海に注ぎます。分水嶺は公園になっていて、流れの分かれ目には標識が建っています。
中央アルプスが隆起する以前に、川はあったのか
ここで、中央アルプスが隆起して峠ができる以前には、川はあったのか、なかったのかを考えてみます。峠ができる前から先行河川が流れていれば、以前の記事で取り上げたヒマラヤを乗り越える川のように峠を乗り越えることができたのではないか、とも考えられます(以前の記事:地球の謎…なんと、標高6000メートルの「ヒマラヤ山脈を越えてしまう川」があった)
実際には善知鳥峠によって川は分けられているということは、峠ができる前は川はなかったのでしょうか。しかし、中央アルプスが隆起したとされる第四紀以前に、善知鳥峠の地点を流れる川がなかったという地質的な証拠はありません。
ここではあえて、川があったと仮定してみます。すると、峠を越えられなかったのは、中央アルプスの隆起が川の下刻を上回っていたからでしょう。
では、その川はどのように流れていたでしょうか。現在は峠より北側は日本海に注いでいますが、想像をたくましくして、逆に日本海から太平洋側に流れていたと考えることはできないでしょうか。
もしそうであれば、天竜川の上流を信濃川に求めることができるのです。
じつは、この荒唐無稽な考えに根拠を与える可能性がある、地質学的な巨大構造があるのです。
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「天竜川の上流は、信濃川に続いていた」この、著者自ら「荒唐無稽」という仮説に、有力な味方となってくれる巨大な地質構造とはなんでしょうか。続いての第2回で登場してもらいましょう。
川はどうしてできるのか――地形のミステリーツアーヘようこそ
地球に強くなる三部作! 川の面白さは、家で地形図を広げて眺めているだけで、「なぜこんな姿をしているんだ?」という謎が次々に浮かんでくるところにあります。一筋の流れにひそむ、地球のマジックの謎解き、そして数々のドラマチックな物語を追います。 【姉妹刊】 海はどうしてできたのか ・ 山はどうしてできるのか