2023年12月から始まった「D-ARK(ディー・アーク)」プロジェクト。D-ARKとは「Deep-sea Archaic Refugia in Karst」の頭文字を取ったもので、「深海カルストにある太古からのレフジュア(避難地)」という意味です。このプロジェクトは、深海の洞窟を調査して、その中で生き続けているであろう古代生物や洞窟固有の生物などを探し、生物多様性を明らかにすることが目的です。
プロジェクトを率いるのは、JAMSTEC 地球環境部門 海洋生物環境影響研究センターの藤原義弘さんです。D-ARKでは、これまで大東諸島周辺で4回の調査を行い、複数の新種や希少な種を発見しています! 深海洞窟に注目した理由や発見された珍しい生物たちについて、藤原さんにお話を聞いてみました。(取材・文:福田伊佐央)
深海の洞窟で、新種の生物や「遺存種」を探す
──「D-ARK」は、とても魅力的なプロジェクトだと思いました。まず、D-ARKについてくわしく教えてください。
D-ARKは、深海にある洞窟の中の生物多様性を明らかにすることを目的としたプロジェクトです。深海の洞窟というのは、世界的にもまったく手が付けられていない研究領域です。
深海の洞窟を調査して、新種の生物を発見したり、「遺存種」とよばれるユニークな生物を見つけたりしたいと考えています。
──「遺存種」とは何ですか?
かつては世界中に繁栄していたけれども、今はごく限られた場所でしか生き残っていない生物種を「遺存種」とよびます。環境変化や他の生物との競争に負けて世界中からいなくなってしまったように見えても、じつは陸上や淡水、浅い海の洞窟などで生き残っている例が数多く知られています。
たとえば、有名な生物では「シーラカンス」がその一つです。日中は洞窟の中にいて、夜になると洞窟から出てきてえさを食べることが知られています。
あとは「ムカシウナギ」というウナギやアナゴの共通祖先にあたる生物も、海の中の洞窟で見つかった遺存種の一つですね。
数々の遺存種が海の中の洞窟から見つかっていますが、これまでは比較的浅いところにある洞窟しか調査が行われていませんでした。
遺存種が生き残れるための条件として「環境が安定・競争が少ない・天敵が少ない」があり、これは洞窟環境にも、深海環境にも当てはまります。
「洞窟」×「深海」となれば、その条件がダブルで効いてくるので、深海洞窟を調べればこれまでに見つかっていないような「遺存種」が発見できるのではないか、というのが本研究の着想です。
水深200メートルより深い海にある洞窟には、まだ我々が想像もしていないような遺存種が生き残っている可能性や、未知の生物や生態系が存在している可能性があります。そのようなものを見つけるのがD-ARKプロジェクトの目的です。
大東島には、無数の鍾乳洞が存在する
──調査は、どこで行っているのでしょうか?
南大東島、北大東島(以降、「大東島」と呼ぶ)の周辺海域を中心とした深海域で調査を行っています。
大東島は沖縄本島の東にある有人の海洋島です。これらの島々は陸上部分から水深2000メートルぐらいまで、全部石灰岩でできていると考えられています。
石灰岩は雨水などによって溶けやすい性質があり、鍾乳洞など独特な地形が形成されます。このような地形を「カルスト地形」といいます。D-ARKの「K」は、「Karst:カルスト」(ドイツ語)の頭文字です。
大東島の足元は、ほとんどすべて鍾乳洞というぐらい、鍾乳洞が発達しています。であれば、海水準の変動によって、かつて陸上でつくられた鍾乳洞が水没し、今は深海にあっても不思議ではないと考えました。
そこで大東島にねらいを定めて、調査を行うことにしました。
──調査する深海洞窟の目星はついていたのですか?
じつは、計画段階では、大東島周辺に深海洞窟が本当にあるかどうかはわかっていなかったんですよ。
そのため、まずは深海の洞窟を見つけることから始めました。2024年の4月から5月にかけて実施した最初の航海調査では、JAMSTECの海底広域研究船「かいめい」に搭載されたマルチビーム音響測深機を使って、島の周辺の海底地形図をつくりました。
そして、崖崩れや斜面崩落が起きた場所を探しました。そういう場所であれば、洞窟の一部が露出していて、洞窟の中に入れると考えたからです。
──洞窟は見つかりましたか?
斜面が崩れている場所に行ってみると、40〜50センチメートルぐらいのものから5メートルぐらいのものまで、大小さまざまな穴が見つかりました。
そこで、最初の航海調査から、洞窟の中に入ってみることにしました。
Mini-ROVで洞窟内部に潜入!
──洞窟の中にはどうやって入るのですか?
本格的な深海洞窟調査は、世界的にも例がないので、決められた調査手法はありません。そこでD-ARKでは深海洞窟調査機器の開発を一(いち)から行いました。
浅いところにある洞窟であればダイバーが潜って調査することができますが、深海の洞窟ではそれは無理なので、無人探査機(ROV)を使って調査します。
ただし、母船と太いケーブルで繋がれた大型のROV(「KM-ROV」)では、ケーブルが洞窟の入口に引っかかって穴の中に入ることができません。そこで、洞窟の入り口付近までは「KM-ROV」で向かい、そこから先は「KM-ROV」と細いケーブルでつながれた小型水中ドローン(Mini-ROV)を出動させることを考えました。
2024年の初調査のときは、新しく開発したMini-ROVが無事に離発着できるかを試験するために、「KM-ROV」とMini-ROVを繋ぐケーブルをとりあえず15メートル用意しました。「KM-ROV」とMini-ROVは別々のチームが操作するのですが、最初の出動のときからうまく連携が取れたので、行けるところまで洞窟の中に入ってみることになりました。
深海洞窟の中に新種や希少種を発見!
──洞窟の中には、何がありましたか?
ケーブルの長さに制限があったので、入れた距離は少しでしたが、それでも洞窟の中にしっかりと生物がいることがわかりました。いくつかの魚類やヒトデ、サンゴなどを、洞窟の入り口付近で確認することができました。
2024年に行った潜航調査では、複数の深海洞窟の入り口付近やその周辺を調査して、さまざまな生物を採集しました。その結果、いくつかの新種や希少種を発見することができました。
──それはすごいですね!
<【D-ARK】はじめての航海!D-ARKの調査風景>無人探査機(KM-ROV)・小型無人探査機(Mini-ROV)からのカメラ映像(動画提供::D-ARK/JAMSTEC)
洞窟周辺にしか住めない“翡翠色の魚”
──調査で発見された生物を紹介してください。
これはヤセムツという魚の一種で「ホラアナヒスイヤセムツ」です。
1980年代にハワイ沖の海底洞窟の付近で見つかったあと、他の海域からはまったく報告されていなかった魚なのですが、2024年の調査で日本で初めて確認しました。
和名が付いていなかったので、船の中で候補を募って、最終的にホラアナヒスイヤセムツと名付けることになりました。
【D-ARK】日本初記録「ホラアナヒスイヤセムツ」(動画提供:D-ARK/JAMSTEC)
水深300〜400メートルのところにある複数の洞窟付近で、このホラアナヒスイヤセムツをよく見かけました。
逆に、洞窟以外では見かけることがないので、どうやら洞窟固有の魚のようです。洞窟付近にしかいないので、底引き網などで漁獲されることがなく、これまで見つかってこなかったのでしょう。
──不思議な魚ですね。
幼魚がどういう環境を好むのかはわかりませんが、成魚の生存には洞窟という特殊な環境が必要なのだと思います。ハワイと大東諸島のどちらが起源なのかも不明です。
今後、さまざまな場所でホラアナヒスイヤセムツを採集して遺伝子解析を行えば、洞窟でしか生きられないこの魚が、どのように生息地を拡大してきたかなどがわかってくると思います。
わずかな砂溜まりの中で生き残っていたゴカイの新種
これは「ダイトウヒメクマノアシツキ」という、ゴカイの仲間です。2024年の調査で発見した新種で、体長は5ミリメートルほどです。
──こんな小さい生物をよく見つけられましたね!
D-ARKプロジェクトは、笹川平和財団の「オーシャンショット研究助成事業」の助成を受けています。この助成事業は、海における新たな生物種や生態を発見することをテーマとしているので、D-ARKも積極的に新種の発見をめざしているんです。
調査船には分類学者も多く乗船していて、少しでも多くの生物の情報を得ようとしています。このゴカイの新種も、洞窟付近で採取した堆積物をていねいに分析する中で発見したものです。
一般的にゴカイの仲間は、泥などの堆積物の中に暮らしています。ただ、大東諸島周辺は堆積物がすごく少ないんです。島が非常に小さく、川がないので島からはほとんど堆積物が流れてきませんし、他の島や大陸からも遠く離れているので、泥や砂が海底に溜まりにくいんです。
このダイトウヒメクマノアシツキは、そんな堆積物が少ない環境の中で、わずかに溜まっていた砂の中から発見しました。厳しい環境の中で、細々と生きのびてきた種なのかもしれません。
泥の中で暮らすのをやめたゴカイを発見
大東諸島の環境に合わせて、独自の進化を遂げたゴカイも見つかりました。それが新種として報告した「キュウバンフサゴカイ」です。
この生物は、泥の中で暮らすのをやめたゴカイなんです。先ほど紹介したように、大東諸島周辺には堆積物が少ないので、その環境に合わせて進化したのでしょう。
──泥の中でないとすれば、どこで暮らしているのですか?
このゴカイは、名前のとおり吸盤状の構造を持っているんです。「スギノキカイメン」という枝状のカイメンに吸盤でくっついて、そこで巣をつくって暮らしています。
堆積物が少ない海底にはカイメンが生息していることも多いので、それを利用するようになったのでしょう。
【D-ARK】新種「Lanice spongicola(和名:キュウバンフサゴカイ)」(動画提供:D-ARK/JAMSTEC)
現在は大東諸島の海底でしか見つかっていませんが、今後、調査が進めば、ほかの海域でも同じようにカイメンに巣をつくって暮らすゴカイの仲間が見つかってくるかもしれません。
世界初!深海洞窟の中で発光する生物をとらえた
一連の調査で一番大きな発見の1つが、「ウフアガリアカサンゴスナギンチャク」という新種です。
写真中央の鮮やかな黄色い生物がウフアガリアカサンゴスナギンチャクで、イソギンチャクやサンゴの仲間(刺胞動物)です。洞窟の周辺だけでなく洞窟内にもしっかり生息していたので、D-ARKプロジェクトとしては初の「洞窟内の新種」として紹介できました。
大きな発見と呼ぶには理由があって、それはこの生物が「発光」するからです。深海洞窟の中で生物の発光現象をとらえたのは世界初でした。Mini-ROVに搭載されたカメラで発光の様子を撮影できたので、ぜひご覧ください。
【D-ARK】新種のスナギンチャク類「 Corallizoanthus aureus(和名:ウフアガリアカサンゴスナギンチャク)」(動画提供:D-ARK/JAMSTEC)
──みごとに光っていますね!
じつは、この動画を撮影したとき、南大東島の小・中学校と中継をつないで特別授業をしていたんです。発光の瞬間をとらえることができて、我々も興奮しましたが、子供たちもすごく喜んでくれました。
敵の敵は味方!? なぜ深海の洞窟で光るのか
──何のために光っているのですか?
ウフアガリアカサンゴスナギンチャクは、静かに観察していても光らなくて、刺激を与えると光ります。クラゲの仲間では敵が襲ってきたときに光ることで、その敵の捕食者を呼び寄せる効果があると言われています。
──敵の敵は味方、ということですね!
このウフアガリアカサンゴスナギンチャクの発光も、同じような効果があるのかもしれません。
発光生物の中には、自身で光るのではなく共生する細菌が光る場合もあるのですが、このウフアガリアカサンゴスナギンチャクは自身が作り出す基質と酵素を使って光っているようです。
深海洞窟で光る生物の報告はこれが初めてなので、発光する意義や発光のくわしい仕組みについての解明はまだこれからです。
洞窟に“生き残った古代魚”が存在している!?
──これまでに見つかった珍しい生物たちは、遺存種ですか?
遺存種は「かつては世界中に繁栄していたけれども、今はごく限られた場所でしか生き残っていない生物種」なので、以前は世界中で繁栄していたことを化石などで確認する必要があります。
今のところ、これまでに深海洞窟で見つかった生物の中には、明らかに遺存種と言えるような生物はいないと思います。
深海洞窟の中の生物多様性を明らかにするのがD-ARKプロジェクトの目的です。もちろん遺存種が発見できればすばらしいですが、遺存種でなくとも洞窟固有の生物や生態系を見つけることができれば、プロジェクトとしては十分な成果だと思っています。
──古代魚では、シーラカンスが知られていますが、これが見つかる可能性はありますか?
大東島周辺では釣りによる漁業が盛んに行われていますので、これまでに知られているようなシーラカンスであれば、すでに釣り上げられているのではないかと思います.シーラカンスの生息が知られているところは、比較的大きな島や大陸の近傍です。
大東島はそれらに比べると島の規模が小さいので、典型的なサイズのシーラカンスはいないかもしれません。
ただし、島のサイズに合わせて非常に矮小化したシーラカンスが潜んでいる可能性はゼロではないと思っています。
2024年4月、2025年5月、2025年7月の調査に続いて、2025年12月にも4回目の調査に行ってきました。まだ論文にまとめているところなのでくわしくは言えませんが、日本では1回も発見されていない生物など、珍しい生物が見つかっています。
大東諸島がすごくユニークな場所であることは間違いないので、化石でしか発見されていないような生物が島の周辺で生き残っている可能性はあると思います。
袋小路になっている深海洞窟を探せ!
──今後はどういった調査を実施する予定ですか?
これまでの調査で、深海洞窟にも大きく二つのタイプがあることがわかってきました。出入口が二つ以上あって海水が通り抜けられる洞窟と、出入口が一つだけしかなくて奥が袋小路になっている洞窟です。前者の洞窟は、住んでいる生物が洞窟の外の世界とわりと似ていて、生物量も多いです。洞窟固有の生物はあまりいない感じですね。
一方、奥が袋小路になっている後者の洞窟は生物量が少なくて、前者の洞窟にはいないような生物を確認しています。今後は、奥が袋小路になっている洞窟をもっとくわしく調べていきたいと考えています。
今後の調査に向けて、機器の改良もつづけています。洞窟の奥まで進入できるようにMini-ROVのケーブルを長くする計画があって、洞窟内部に100メートル程度まで進入できるようにしようとしています。
Mini-ROV自体も改良中で、これには「DroSea(ドロシー)」というニックネームが付いています。
また、Mini-ROVが入れないような小さな穴の奥をのぞき見るための「深海内視鏡」や、洞窟の中に置きっぱなしにして長時間撮影する「CaveCam」というカメラなどの機器も開発しています。
D-ARKプロジェクトは、2027年3月まで続きます。これまでに見たことがない生物やまるで映画のような映像をお届けできると思うので、ぜひ注目していてください。
取材・文:福田伊佐央
撮影:神谷美寛(講談社写真映像部)
写真・図版・取材協力:国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)
この記事はこちら「JAMSTEC BASE」からも読むことができます。