有事のドル買い
「円安ファイター」としての名を上げた三村淳財務官(1989年旧大蔵省)。片山さつき財務相や高市早苗首相の覚えも目出たく、今夏の人事で3年目続投となり、「大物財務官」の仲間入りを果たすことが有力視されている。1月の円安進行局面で、日米協調の「口先介入」という大胆な一手を繰り出し、投機筋の円売りを封じ込めたことが高く評価されたからだ。
ただ、その後は総選挙で大勝した高市首相が日銀の追加利上げに慎重な姿勢を示したことで円売り圧力がぶり返した。さらに、2月末には米国とイスラエルのイラン攻撃によって中東情勢が緊迫化し、有事のドル買いが拡大。円相場は急落し、財務省が「防衛ライン」としてきた1ドル=160円を突破しかねない勢いだ。
イランによるホルムズ海峡の事実上の封鎖で原油価格が1バレル=100ドル前後に急騰する中、円安が物価高を助長する事態を懸念する片山財務相は「国民生活に与える影響を念頭に、いかなる時も万全の対応を取る。米当局と非常に緊密に連絡を取り合っている」と強調する。
日米協調介入の可能性をちらつかせ、市場を牽制しようとしているが、「米国第一主義」を掲げるトランプ政権はこの局面ではインフレ抑制に資するドル高を歓迎している節がある。
財務省国際局内からは「米財務省が再び円安阻止に協力してくれるかと言えば、望み薄だ」とのため息が漏れている。日本が円買い・ドル売りの単独介入をしようにも「有事をきっかけに広がった世界的なドル高の流れを押し戻すのは困難」(国際金融筋)だ。平時の円安阻止では巧みな市場さばきを披露した三村財務官も、出口の見えないイラン有事には翻弄されているのが実態だ。
「イリュージョン」の効果
円安対応を巡っては、2022年から24年にかけて大規模な円買いドル売り介入を繰り返し、一時的に投機筋を打ち負かした神田眞人前財務官(87年旧大蔵省、現アジア開発銀行総裁)が有名だ。メディアに頻繁に登場し「国際会議に向かう飛行機の中からでも介入を指示できる」と豪語する姿はテレビのワイドショーでも取り上げられ、「令和のミスター円」として勇名を馳せた。
対照的に三村氏は自らが目立つことをあまり好まない「黒子タイプ」(国際局幹部)。このためか、一昨年夏の財務官就任時には前職の神田氏に比べてひ弱な印象も否めなかった。与党内では「百戦錬磨の投機筋に対峙できるのか」と円安対策の手腕を不安視する声も漏れていた。
そんな評価を一変させたのが、三村氏が米財務省と謀って1月23日に打ち出した日米協調によるレートチェックという「究極の口先介入」(国際金融筋)だった。当局が金融機関に為替相場の水準を照会する行為で、為替介入の前段階とされる。
市場では、大規模な円買いドル売りの日米協調介入への警戒感が一気に高まり、1ドル=158円台だった円相場の下落に歯止めがかかり、一気に155円台に反転した。高市早苗政権の「積極財政」路線や日銀の利上げの遅れに伴う円の信認低下を囃し立ててきた投機筋も一斉に円売りポジションの手仕舞いを迫られた。
協調介入は実際に行われなかったが、日米がドル高円安の是正で共同歩調を取ったことをアピールする「イリュージョン」の効果は絶大で、その後、円相場は一時、一時、152円台まで水準を切り上げた。
米国が日本の円安対策に救いの手を差し伸べた背景には、昨秋の高市政権発足後、市場を覆った円安・長期金利高の「高市トレード」の影響が米国市場に本格的に波及することへの警戒感があったようだ。米国側は日本の財政悪化懸念による円や日本国債の価値の下落が、トランプ大統領が嫌うドル高や米長期金利の上昇を助長していると懸念していた。
これで「3年在任」も
1月下旬にスイス・ダボスで開かれた世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)では、ベッセント米財務長官が片山さつき財務相に対して、高市政権の積極財政の弊害が米国に波及しないよう善処を求めていたという。
そんな米国の懸念を逆手に取って、三村財務官率いる財務省国際局は米財務省と共闘体制を築き、レートチェックという「木刀」を振り回すだけで「真剣」介入に勝るとも劣らない円安是正効果を生み出した。
もともと主計局畑の神田氏の力業とは異なる国際金融畑の財務官によるプロらしい巧みな市場さばきと言えた。政府与党内では「外為特会(政府の外国為替資金特別会計)の実弾(ドル資産)を一切使わず、円相場を反転させた」(自民党政調筋)などと賞賛の声が上がり、三村氏の評価は爆上がりした。
物価高対策が最大の争点だった2月8日投開票の総選挙を間近に控えたタイミングで、与党の失点になりかねない円安に歯止めをかけた功績は政治的な意味からも大きかった。
三村氏はその後も「(投機筋に対して)一切ガードは下げていない」と言い続ける一方、自らの手柄を誇らず片山財務相の顔を立てる殊勝な態度を示し、アンチ財務省の高市首相の心までくすぐった。霞が関で「27年夏まで続投し、大物財務官の証とされる『3年在任』となるのは確実」との見方が広がった所以である。
消費税減税などを巡って首相対応に四苦八苦する新川浩嗣事務次官(87年同)や宇波弘貴主計局長(89年同)、青木孝徳主税局長(89年同)らを尻目に、首相のお気に入り官僚の仲間入りを果たした三村氏。だが、高市氏が日銀の早期の追加利上げに難色を示し、イラン情勢の緊迫化による有事のドル高も進行する中、円安ファイターとしての任務は格段に険しくなっている。
まず、総選挙圧勝で持論の積極財政の実現に勢いづく首相が、円安にどこまで危機感を持っているのか判然としない点が悩ましい。
続く後編記事『再燃する円安リスク…消費減税断行、防衛費大幅増、危機管理投資実行、米国の要求、高市総理に翻弄される「円安ファイター」の苦悩』では、高市政権による財政悪化懸念について詳述する。