障がい者専門の風俗嬢として、「性」と向き合ってきた小西理恵さん。彼女がこの活動を続ける理由や思い、そして現場の現状について、これまで数回にわたって紹介してきた。
そんな小西さんの実体験をもとに生まれたのが、漫画『障がい者専門風俗嬢のわたし』だ。タブー視されがちな障がい者の性の実情とそこに向き合う人たちの姿が描かれている。
物語の主人公は、学費を調達するためにデリヘルで働き、看護師の道へ進んだ、つくし。彼女がある日、何気なく目にした動画配信で「障がい者専門の風俗嬢」という存在を知ることに。「障がい者の性」という問題を初めて知ったつくしは、過去に自身も経験した「あるものをないものにされる」ことに強い共感を覚え、その世界に足を踏み入れる決意をする。
知的障がいのある弟を抱える姉からの相談、下半身麻痺により射精ができない男性、心の不調を抱え治療を続ける女性――。障がい者専門風俗店の代表・しずくに支えられながら、つくしは多くの人たちと出会い、自分なりの答えを探し続けていく。
「これはフィクションでありノンフィクション。“セミフィクション”という表現をさせていただいています。漫画を描いてくださった、あらいぴろよさんや担当編集者の方と、何度もオンラインで話を重ね、人物や物語の設定を考えました」(以下、小西理恵さん)
今回は本書から障がいのある家族を持つ人たちの苦悩や思いを描いたエピソードを紹介する。
知的障がいのある弟
ある日、障がい者専門風俗「またたき」に一通のメールが届いた。
内容を読み、送り主が急を要している気配を察した「またたき」の代表・しずくは、すぐにオンライン通話でコンタクトを取ることに。
画像には困惑する女性の姿が。
「突然ご連絡して申し訳ありません
ただもうどうすればいいのか
わからなくて…」
話を聞くと、相談の内容は障がいのある弟のことだった。以前から気になる様子はあったものの、見て見ぬふりをしてきた。
しかし、ある出来事をきっかけに、もうこのままではいられないと強く感じ連絡をしたという。
姉が一人で抱え込んでいた、その深刻な悩みとはーーー
身体は大人、心は子ども
「またたき」に相談してきた25歳の姉むつみさんは、重い知的障がいを抱える20歳の弟・ななと(なっくん)と、母親と3人暮らし。ななとは出産時のトラブルが原因で、知的発達は2〜3歳程度。しかし、身体的には問題がなく、見た目も体格も、一般的な成人男性と変わらないが、単純な会話しか理解ができない。
女性は母親と協力し合いながら、同居して弟の生活をサポートしている。仕事も時間の融通が利く週3日契約の派遣社員を選んだ。
普段の暮らしには問題がないと話す相談者女性。それよりも困ったことが起きたと、深刻な表情で、ななとの「性」に関する出来事を話し始めた。
ある日のこと。女性が仕事から帰宅すると、玄関先に入るなり、家の中から激しい泣き声が聞こえてきた。慌ててリビングに向かうと、泣いていたのは、ななとだった。
母によると、自分で開けたかったジュースのキャップを先に開けられたことが気に入らなかったのだという。“2〜3歳児”にはよくあるかんしゃくの一種だろう。
女性は、母の頬が腫れていることに気づく。ななとの腕が当たったのだ。
2〜3歳児の力なら、腕が当たったところで問題にならなかったかもしれない。しかしななとは20歳。身体はすっかり大人の男性。
“どうしたら、身体の大きくなった弟と安全に過ごせるだろう”
何か策を考えなくてはと思った矢先、さらなる問題が発生したーー。
夜中のベッドで
ある晩のこと。女性がななとの部屋の前を通ると、息苦しそうな声が中から聞こえた。部屋を覗いてみると、ベッドの上でモゾモゾと体を動かすななとの姿が。目が合うと、ななとは無邪気にニコリと笑いながら言った。
「こんちゃ!」
作り笑いをしながら、部屋を出る女性。そして気づいた。
(あれって…オナニー…だよね)
立派な成人男性なのだから、興味を持ってもおかしくないと理解しようとするものの、たった今、目のあたりにした光景を思い出し、戸惑いは隠しきれない。
すぐに母親の下へ駆けつけ、弟の様子を話すが、
「え〜?たまたまじゃないの?」
と、気にも留めていない。仕方なく、ソーシャルワーカーに相談したものの、やんわりと話題を交わされてしまう。その帰路で彼女は、「ソーシャルワーカーさんにはお金や公的支援についての相談はできても、性についての相談はできない」ということを痛感した。
やがて、ななとの行為は家の外でも起きるようになる。電車内で、下半身を触り出したのだ。
なだめながら止めようとした姉の顔に、反抗的に振り上げたななとの腕が当たった。
向かい側の座席に座る人たちの冷たい視線を感じながら、女性はどうすることもできず、ただうつむくしかなかったーー。
私が処理してあげれば
その日の夜。
女性はぐっすりと眠るななとの部屋へ。そこで彼女は常軌を逸した行動に出ようとしていた。
「私がなーくんの性欲を処理してあげれば…
人前でそういうことしなくなるのかな
私が出してあげればーー」
それが弟を守る唯一の手段ではないだろうか、そう思い詰めた女性は、ななとの身体に触れようと手を伸ばすが、ぎりぎりのところで思いとどまる。
「…やっぱり…
…やりたくない…」
“その行為”をしたら、自分は家族でいられなくなってしまうという気持ちが、彼女の手を止めたのだ。
「なーくんとは家族でいたい」
「私は…なーくんのお姉ちゃんでいたい」
溢れ出る涙が女性の頬を濡らし続けるーー。
もし知ってしまったら…
これまでの経緯をしずくたちにオンライン通話で話し、胸の内を吐き出せたことで、ほっとしたのだろうか、少しだけ表情が和らいだ。
しかし、話しただけでは、心配事はなくならない。
「またたき」に連絡はしたものの、女性はななとが風俗を利用することで、問題の解決になるのかに不安を抱いていた。
心が“2〜3歳児”のななとが、“その行為”を知ってしまったら、我慢なんてできるわけがない。彼に性のことを教えても大丈夫なのだろうかーー
女性はしずくにこう尋ねた。
「性犯罪者になったりしませんか…?」
果たしてしずくは、“2〜3歳児”の男性に正しい性の知識を理解させることができるのだろうかーー。
家族が抱える、性の問題
障がいのある人の性について、最初に向き合うことになるのは、多くの場合、家族だと小西理恵さんは話す。
「異性のきょうだいがいる家庭では、『わかってあげたい気持ちはあるけれど、自分は女性だから伝えきれない』『距離が近すぎて話題にできない』といった戸惑いを抱える声も少なくありません」(以下、小西理恵さん)
そして心を痛めている多くは母親なのだそうだ。一人で戸惑い、悩みを抱え込んでいるケースが多いという。
「お母さんたちは、日ごろから、障がいを持つ方のケアのほとんどを担っている場合が多いからでしょう。父親は仕事で支援に関わる時間が限られがち。さらに性の話題となると、『どう伝えたらいいのかわからない』『自分自身も教わってこなかった』と言って、現実と向き合うことをしたがらない場合が多いのです。
でも中には、お父さんがお風呂の中で洗い方だけでなく、マスターベーションはこうやってするんだよと横で見せながら教えてあげているというお話も聞きました」
同性である父親が、恥ずかしがらず「性」と向き合い、障がいのある方の性を「なかったこと」にせず、尊重する。これこそが理想ではないだろうか。
「ただし、性に関しては、ご本人が親から教えられることに抵抗を感じるケースもありますので、『誰が、どんな立場で伝えるのか』はとても慎重に対応しなくてはならないと思います」
小西さんは母だけでも、父だけでもなく、家族の誰か一人が、すべてを抱え込まなくていい社会になってほしいと語る。これは、障がい者の性の問題に限った話ではない。夫や妻、きょうだい――。介護や育児において、誰か一人が過度な役割を背負わされる状況は、さまざまな場面で起きている。
社会の仕組みはすぐに変わることが難しいからこそ、まずはその現実を知り、目をそらさずに向き合い続け対話を重ねること。その積み重ねが、少しずつ未来を変えていくのではないだろうか。
【小西理恵】
「一般社団法人輝き製作所」所長。「障がいと性」を当たり前にすることを目的とし、障がい福祉に関わる支援者、障がい者家族に向けた講演会活動に加え、障がい者専門風俗嬢としても活動。
取材・文/笹本絵里(FRaUweb)