実は日本に150万世帯もいる「純金融資産1億円以上5億円未満」の大半は、普通に働く、ごく「普通の人」――1月に刊行した『相続税調査でわかった 富裕層が大事にしている「お金の基本」』(講談社+α新書)の売れ行きが発売1ヵ月で3刷と好調だ。「普通の人」が富裕層のように億単位の資産を築くための考え方とやり方を解説する一冊。著者の小林義崇さんは国税局で10年あまり相続税の調査に従事し、多額の相続税を払うほどの富裕層がどのようにお金を増やしたのか丹念に見てきた。具体的に本書からいくつかのトピックをご紹介しよう。
『相続税調査でわかった 富裕層が大事にしている「お金の基本」』連載第7回
『元国税専門官が驚いた、2億円のマンションを買えるのに、なぜ家賃1万円の社宅に住んでいるのか?』より続く。
FIREはお金との付き合い方の最終ゴール?
ここ数年、「FIRE(ファイア)」という言葉を聞く機会が増えてきました。これは「Financial Independence, Retire Early(経済的自立と早期退職)」の略で、若いうちに資産を築き、できるだけ早く仕事を辞めて自由に生きる──そんな夢のようなライフスタイルとして急速に知られるようになりました。
とくにSNSでは、「30代でFIREしました」「FIRE達成のために毎月○万円投資中!」といった投稿で賑わっているので、「FIREこそがお金との付き合い方の最終ゴール」と考える人もきっといるでしょう。でも、このFIREさえも、自分の人生観と本当に合ったものなのかをきちんと考えなくてはいけません。
FIREにおいて主眼となるのが、通常の退職年齢よりも早く仕事から離れることを目指すことです。40代から50代での退職を目指し、生活費を抑えて貯蓄と投資に回す。積極的な資産運用で資産を増やし、年間支出の25倍程度の資産を蓄える。そして、退職後は資産を年率4%で運用しつつ、毎年資産の4%を取り崩して生活する(4%ルール)ことで、資産を枯渇させず、一生生活を送れるようになる、というのが大まかな内容です。
たとえば、あなたの生活費が年間400万円だとします。その25倍にあたる「1億円」を貯めておけば、インカムゲインを年率4%と想定すると毎年400万円が入ってきます。あとは、その400万円で生活費をやりくりすれば、資産1億円をずっと維持できる。これがいわゆる「4%ルール」に基づくFIREの基本設計です。
これは一見すると論理的で完璧なライフプランに見えますが、いざ実現しようとすると、ハードルの高さに驚かされるはずです。
もし40歳でFIREすることを目指した場合、大学を卒業した23歳から働くとして17年間で1億円を貯める必要があります。ということは月々に換算すると普通預金だけで約49万円の貯金が必要となります。運用利回り5%で積立投資をしても毎月31万円以上のお金が必要ですが、これでは新NISAの非課税枠には収まらず、税負担を考慮するとさらに積立額を増やさなくてはいけません。
実際問題として、これはかなり厳しい金額です。高収入の仕事に就き、副業や節約をいくらがんばっても、人生には結婚や出産、親の介護、病気などさまざまなことが起きます。そうすると、FIREを目指した人もいずれハードルを下げるために早期退職の時期を遅らせざるを得なくなります。そうして結局はズルズルと定年まで至るのが、容易に想像できる結末です。
お金は「人生の調和」のために必要なもの
では、「FIREは単なる絵空事」と切り捨てていいかというと、そうではありません。なぜなら、多くの人が「FIRE」について根本的に誤解をしているからです。FIREの本来の意味は、単に4%ルールで生活できる資産を作ること自体ではなく、より広いものとなっています。
FIREのルーツとされる書籍『お金か人生か』(ヴィッキー・ロビン、ジョー・ドミンゲス著 岩本正明訳/ダイヤモンド社)では、早期退職(RE)ではなく、FIに重きが置かれています。そして、FIの意味は経済的自立に限定しておらず、次の4つの解釈が書かれています。
経済的理解(Financial Intelligence)――お金に関する思い込みや感情からいったん距離を置き、冷静に向き合う
経済的調和(Financial Integrity)――自分の価値観と支出・働き方のバランスを一致させる
経済的自立(Financial Independence)――借金や過剰な依存から解放され、自分の意志で選べる状態
経済的相互依存(Financial Interdependence)――人と支え合いながら生きていく、お金の使い方、あり方
これら4つの解釈は、どれもお金とうまく付き合っていくうえで大切です。中でも私は、「経済的調和(Financial Integrity)」に目を向けるべきと考えています。
私が最初にFIREを知ったときにあまり心が惹かれなかったのは、すでに脱サラしてフリーライターとなり、ある程度は自由な働き方ができるようになっていたからだと思います。特段収入が大きいわけでも、貯金がたくさんあるわけでもなかったのですが、むしろライターの仕事を長く続けたかったので、「経済的自立にも、早期退職にも、あまり興味がない」と考えていたのです。
でもFIに4つの意味があると知ってから、FIREに対する考え方を改めました。ゴールは「1億円」という画一的な数字ではなく、まず描くべきは「自分がどういう人生を送りたいのか」ということです。お金は、そのライフプランを実現させるための道具に過ぎません。
仕事を続けるか早期退職するかは人それぞれの価値観次第ですが、その価値観に合うお金との付き合い方をする必要があります。「とにかく1億円を貯めないと」とお金のことを先に考えるのではなく、自分が送りたい人生をイメージして、それを実現するためにお金とどう向き合うかを考えるのです。
人生は1億円を早く貯めるレースではない
私はFIREの本当の意味を知って、気持ちが楽になるのを感じました。
人生は1億円を早く貯めるレースではありません。遠い未来のために過度に今を犠牲にする必要はなく、人それぞれのペースで「FI」を目指せばいいのです。先ほど、富裕層は自分にとって最良のものを選ぶと書きましたが、有り余るお金がなくとも、その時々で自分に合ったものを選ぶことは誰にでもできます。
今を楽しみながら、ある程度は将来も安心でいられる。自分だけではなく、家族や大切な人たちとも支え合いながら暮らしていく。私はそうした人生を歩みたいですし、それができるだけのお金があれば十分だと思っています。
その意味で、新NISAの非課税枠である1800万円を使い切ることは現実的な目標であり、月10万円の積み立てで15年間、月5万円でも30年続ければ達成できます。新NISAのつみたて投資枠の上限は年間120万円ですが、必ず使い切らなければならないわけではありません。非課税期間は無期限ですので、最初は少額からスタートして、徐々に積立額を増やしながら経済的調和を目指していきましょう。
『お金を「時間」に換算すると、その無駄遣いは命の無駄遣いになる』へ続く。