イラン代表が国歌斉唱拒否
サッカーのイラン女子代表チームの選手が亡命するという事件が起きた。
現在、豪州で開催されている女子アジアカップでの出来事。来年ブラジルで開かれる女子W杯予選を兼ねた大会だ。
2月28日に米国によるイランに対する攻撃が始まり、最高指導者ハメネイ師らが殺害されたが、当時、同大会に出場するイラン代表はすでに現地入りして大会開幕に備えていた。
そして、イランにとって初戦となる3月2日の韓国戦を前にグラウンド上に整列したイラン代表の選手たちは、口をつぐんで国歌を斉唱しなかったのだ。
イランを支配するイスラム体制に対する抗議のためだったと考えられる。
その後、2戦目の豪州戦、3戦目のフィリピン戦では、選手たちは軍隊式の敬礼をしながら国歌を歌ったものの、選手団の行動に対してイラン保守派が反発。国営テレビのキャスターは「裏切者は厳しく罰せられるべきだ」と批判した。
ちなみに、男子サッカーではイランはFIFAランキング20位(日本は19位)とアジア最強の一角を占めるが、宗教的戒律のために中東地域では女子サッカーの強化が遅れており、現在のイランのランキングは68位。イランは3連敗でグループリーグ敗退し、帰国の途に就くこととなった。
しかし、選手団が帰国すればなんらかの制裁が加えられることは間違いない。
オーストラリアがビザ発給
そのため豪州国内で保護を求める声が上がり、最終戦を終えた後に豪州のトニー・バーク内相が選手団のホテルを訪れて、選手たちに人道ビザの発給(亡命の受け入れ)を提示。選手5人が豪州に留まることを選択して、直ちに選手団を離脱。豪州政府の保護の下に入った。
そして、残る選手団は10日にシドニー発のマレーシア航空機で豪州を離れたが、当初の5人とは別に選手1人とコーチ1人が、ビザ発給を受けて豪州に留まった模様だ。
一方、試合会場やシドニーの空港などには豪州在住の、現体制に批判的なイラン人多数が集まって選手団に激励の言葉をかけ、また一部は選手団全員の帰国を阻止しようとした。
試合日程終了後にすぐに人道ビザの発給を決めて、選手個々の意向に沿ってビザを発給し、残りの選手団を帰国させた豪州政府の対応は、合理的で適切なものだった。一部の選手が家族などを“人質”に取られたために帰国せざるを得なかったとしても、だ。
米国のトランプ大統領もこの事態を受け止めて介入し、「選手団を帰国させるのは人道的過ちだ」と要求した。
じつは、イラン選手が国歌斉唱を拒否したのはこれが初めてのことではない。
過去にもモメたイラン
2022年11月のカタールW杯初戦でイングランドと対戦したイラン男子代表の選手たちが、やはり国歌を歌うことを拒否。そのせいかイランはイングランドに2対6と大敗を喫した。それでも、イランはメフディ・タレミが2点を返したのだが、ゴールの場面でもいつものようなパフォーマンスがなかった(筆者自身も当時スタジアムにいて、この異様な光景を目撃した)。
この時も、イランの選手たちはイスラム体制に対する抗議のために、こうした行動に出ていた。
W杯直前の2022年の9月に、テヘランでヒジャブ(スカーフ)の着用方法を咎(とが)められて風紀警察に拘束されたアフサ・アミニという22歳の女子学生が、拘留中に死亡。イラン国内で、イスラム法学者が最高指導者として絶対的権力を握るイスラム体制に対する大規模な抗議デモが起きていたのだ。
この時も、イラン政府が制裁を決定する中、2戦目にウェールズ戦、3戦目の米国戦では選手たちは国歌を斉唱した。ただ、そんな騒動があったせいかイランはグループリーグ敗退となってしまった。
この時、イラン政府は選手たち対する制裁を課す方針を発表したが、帰国後チームに大きな変動があったとは報じられていない。2戦目以降に選手たちが国歌を歌ったこともあったし、抗議活動はあったものの当時のイラン政府は、まだ体制の維持に絶対の自信を持っていたからでもあろう。
カタールW杯ではイランは米国と対戦した。
当時も両国はもちろん対立関係にあったが、米国はジョー・バイデン大統領の時代で、トランプ政権下のような険悪な状態ではなく、試合は何の問題もなく開催された。クロアチア系米国人クリスチャン・プリシッチのゴールで、米国がイランを破っている。
さて、豪州を舞台にした女子代表選手の亡命問題は、6月に米国などで開かれる男子のW杯にどのような影響を与えるのだろうか?
6月のW杯への影響
当面の注目は、イラン代表が米国でのW杯に参加するのかどうか、である。一つにはイラン側が参加を要求するのか、それとも棄権(ボイコット)を選択するか。もう一つは米国がイラン選手団の入国を許可するかどうかである。
もちろん、すべては米国とイランの戦闘行為が長期化するのか、それとも短期で(なんらかの形で)決着するかにかかっていることなのだが……。
前回の男子W杯や、今回の女子アジアカップでの出来事を考えると、W杯の場で再び選手団が政府に対する抗議の意思を示す可能性があり、それはイラン政府にとって避けたい事態だろう。
選手選考に政府が介入して、体制支持派の選手だけを参加させることも考えられるが、FIFAは規約で政府によるサッカー協会への介入を禁止している。政府が介入を行ったら、イランを失格とするための口実として使われてしまうかもしれない。
イランとアメリカの対戦
また、今回は女子選手団の問題に対して豪州政府が冷静かつ適切な対応を行ったが、同じような問題が米国で起こったら、トランプ政権はそれを最大限に利用しようとするだろう。
選手団に対して米国政府機関が積極的に接触して亡命を誘ったり、亡命を希望しない選手団の帰国にも反対したりする可能性もある。
イラン情勢そのものと同じく、サッカーW杯を巡るイラン問題も、ますます混迷を極めているようだ。
ちなみに、もしW杯に出場した場合、イランはベルギーなどとの一緒のG組2位で、決勝トーナメントに進む可能性が高い。
そして、2位で通過なら7月3日にトーナメント初戦でD組2位と対戦するのだが、もしD組に入った米国が2位となったら、米国とイランの直接対決が実現する可能性もある。
(その後、亡命と伝えられていた選手4人が帰国を希望して豪州を離れた)
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