日本が誇る「国民皆保険制度」。安価で手厚い医療サービスを受けられる一方で、過剰な診療や不要な検査が増えてしまう傾向がある。中でも問題視されているのが、「ポリファーマシー(多剤服用)」だ。著書に『日本社会の余命』がある医師の柴田元氏が、ポリファーマシーの問題点と、そこに潜む恐ろしさを解説する。
安価な医療サービスがもたらすもの
日本の国民皆保険制度では、患者が低コストで医療サービスを受けられる一方で、過剰な診療や治療、さらには不要な検査が増える可能性があります。こうした状況の一例が、多剤併用による弊害、いわゆる「ポリファーマシー」です。
高齢者は、若いころと違い、検査をすれば複数の異常値が出ることが多く、結果的に処方薬が増える場合があります。一般的に処方薬が5~6種類を超えると、本来の薬の効果に加えて、副作用などの弊害が増えることがわかっています。
特に身体の不調は感じない80歳の女性が、後期高齢者健康診査で医療機関を訪れました。この女性は、高齢者なら誰でも心当たりがある以下のような症状を報告しました。
・最近、物忘れが気になる
・時々、ふらつきやめまいがある
・腰痛があり、夜間頻尿で目が覚める
診察時には緊張の影響もあって、血圧がやや高め(160/80mmHg)に計測されました。また、血液検査ではコレステロールと尿酸値が正常値を超えていました。その結果、以下の病名がつきました。
・高血圧症、夜間頻尿、夜間不眠症、腰痛症、認知症の疑い、脂質異常症、高尿酸血症
そして念のため、整形外科、泌尿器科、脳神経外科の受診を勧められ、整形外科では骨密度を測定し、脳神経外科では頭部MRI検査を実施。その結果、骨粗しょう症、隠れ脳梗塞(ラクナ梗塞)、過活動膀胱の診断が追加されました。
こうして、気づけば10種類以上の薬が処方されることになったのです。このようなことは、決して珍しいことではありません。
大量の薬は本当に必要なのか?
医師から次のような説明を受ければ、多くの高齢者は不安になり、薬を飲み続けることを選ぶでしょう。
「骨密度が低下しており、圧迫骨折のリスクがあります。圧迫骨折は寝たきりの原因になります」
「MRIで軽度の脳萎縮やラクナ梗塞が見つかりました。ラクナ梗塞があると大きな脳梗塞を発症したり、認知症が進行する恐れがあります」
「血圧は130/85mmHg以下が理想的です。高血圧は脳卒中や心臓病を発症する原因です」
しかし、このような診断の結果、10種類以上の薬を処方するというのは、本当に必要なのでしょうか?
80歳を超えた高齢者であれば、何もなくてもめまいやふらつきを経験することは珍しくありません。高齢者の自然な身体の変化の範疇です。血圧も、若い時に比べれば変動します。加齢とともに自律神経機能が低下しているからです。腰痛や膝痛も、日本人にとっては「国民病」ともいえるほど一般的なものです。
コレステロール値についても、閉経期を過ぎると女性は概ね高値を示します。動脈硬化は何十年もかけて形成されるため、80歳を超えた人に高価な薬を使ってコレステロールを無理に下げることの医学的意義には疑問が残ります。
また、骨密度が低下するのも加齢による自然な変化です。骨密度が若いころと同じレベルにある80歳の方が異常といえます。骨密度は骨の硬さを示すものであり、必ずしも骨の強さを表すものではありません。骨には柔軟性が必要で、硬すぎる骨はかえって折れやすくなります。
さらに、骨粗しょう症の薬(ビスフォスフォネート製剤)を5年以上飲み続けると、非定型大腿骨骨折(AFF)と呼ばれる特殊な骨折のリスクが高まることが報告されています。また、同製剤を服用中の患者では、歯科治療による刺激で顎骨壊死が発生することがあります。
いずれも発症率は高いものではありませんが、発症した人にとっては不幸なことですから、やはり見過ごせません。
「無症候性ラクナ梗塞」とは何か?
次に、無症候性ラクナ梗塞(症状がない小さな脳梗塞)について考えてみます。
60歳以上になると無症候性ラクナ梗塞が見つかる割合は20~30%で、70代・80代では40~50%に達するというデータがあります。
ラクナ梗塞が見つかった場合、将来、脳卒中になるリスクが約2倍になるとされますが、その確率は1~2%(100人中1~2人)程度です。逆に、MRIで異常が見つからない人でも、高齢になるにつれて脳梗塞のリスクが増えるのは加齢による成り行きです。
もしこのリスクが心配であれば、歳をとった人全員に薬を処方することになります。
しかし、代表的な血栓性脳梗塞の予防薬であるアスピリンは、二次予防(一度脳梗塞を起こした人の再発予防)には効果があるものの、一次予防(脳梗塞を起こしていない人への予防)効果は証明されていません(医療介入の効果とリスクについて、独自の指標を用いて評価するためのウェブサイト『The NNT』による)。
また、出血などの副作用も考慮しておく必要があります。
ガイドラインに頼りすぎた医療の弊害
最近、特に問題視されるのは、ガイドラインに沿った治療が、経鼻経管や胃ろうで栄養を摂取している寝たきりの高齢者にまで漫然と行われるケースです。こうした医療行為には意味がないどころか、医療費の無駄遣いであり、医療の尊厳や倫理規定にも反する可能性があります。
寝たきりの高齢者のご家族で、薬の数が多すぎると感じた場合は、処方されている薬が本当に必要かどうか確認してみてください。1錠数百円もする薬が年間を通じて、何種類も漫然と処方されていることもあります。認知症や骨粗しょう症の予防薬、降圧剤、脳梗塞予防薬が本当に必要なのか、立ち止まって考えるべきです。
85歳を超えてからの脳梗塞で重度認知症により重介護となった女性がいました。長男のお嫁さんが在宅看取りのため、一人で頑張っていましたが、ある日、その患者に右乳がんが見つかりました。
私は、何もしないことを勧めましたが、医療従事者であった別世帯の娘さんの強い希望で乳がん切除術と放射線治療が行われ、抗がん剤が処方されたケースがありました。
結果は、手術と治療のため一定期間入院をしたことでさらに認知症が進行してしまい、在宅療養が困難となり、施設入所となりました。
高齢者を入院させると、その環境の違いや、麻酔、薬物の影響で、夜間せん妄、徘徊などの諸症状が悪化することは日常的にみられます。その結果、身体抑制や向精神薬、眠剤などによる薬物的拘束が行われ、ますます認知症が進むといったことが社会問題になっています。
医師と患者の間には情報の差がありますが、その差を埋める努力は必要です。診療ガイドラインは医療を支える重要な道具ですが、これに頼りすぎると、思考停止に陥り、医療の本質を見失う危険性があります。患者やその家族は医師の意見に依存しすぎず、自分たちに合った治療について一緒に考える姿勢を持つことが大切です。
また、医師も患者に寄り添い、わかりやすく説明しながら治療を進めることが求められます。
過剰診療やポリファーマシーの問題を防ぐためには、患者の症状や状態に応じた柔軟な判断と、医師と患者の間の信頼関係が不可欠です。薬の適切な使用を見極めるのは簡単ではありませんが、お互いの情報を共有し、無駄のない医療を目指すことが重要です。
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