遺されても気づかない口座、宝石、会員権
棺の中を覗くと、静かに横たわる連れ合いが穏やかな顔を見せる。臨終から怒濤の数日間が過ぎ、ようやく見送りも一段落を迎えた。
ここからいよいよ「死後の手続き」が始まる―そんなイメージを抱いているなら、いざというときに「出遅れる」のは確実だ。配偶者が亡くなってから手続きや相続で必要になる書類は、実はパートナーが元気なころから準備できるものばかり。自分が先立った後、残された夫や妻の負担を少しでも軽くするためにも、面倒な「書類集め」には早いうちから二人三脚で取り組みたい。
ただし2人でやみくもに動いても、時間と体力を浪費するだけ。用意する順番をおさえて役割分担を決めることが、完璧な書類集めへの近道だ。いつまでに、誰が、どこで、どの書類を手に入れればいいのか、「手続きカレンダー」に全情報をまとめた。「完全保存版」と言えるこのカレンダーを参照しながら、夫婦で効率よく準備していこう。
まずは財産の整理、とりわけ身近な銀行口座の預金通帳を集めるところから始めたい。簡単だと思うかもしれないが、夫や妻の独身時代の給与振り込み先口座がどこの銀行にあったのか、即答できる人は少ないだろう。普段から生活費を入れている口座や年金の振り込み先口座はもちろん、かつての預金も相続財産に含まれる。夫婦でどこの銀行に口座があるのか共有して、不要なものは解約しておこう。
独身時代の通帳と同じく、持ち主が情報の在り処を伝えずに亡くなると困るのが、美術品などの現物資産やさまざまな会員権だ。生前に夫婦どちらか一方しか興味がないと、相続の際に必要な書類はおろか、何を所有していたのかすらわからないまま。夫のゴルフ会員権証券や妻の宝石の鑑定書は、互いに保管場所を共有しておきたい。
さらに厄介なのが不動産だ。そもそも山林などを親から相続しても、名義変更しないまま存在すら忘れているケースも多い。自分名義の不動産に関しては、登記済証(権利証)と固定資産税の納税通知書を用意しておき、そうでないものは名寄帳を活用して把握しよう。
ここまでで財産を把握できたら、戸籍謄本や家系図などを活用して相続人を調べておきたい。その際に便利なのが、’24年から始まった戸籍謄本の「広域交付制度」だ。行政書士の明石久美氏が解説する。
「顔写真付きの身分証を持って最寄りの役所の窓口に行くだけで、自分が生まれてから現在までの戸籍を一括で取れる便利な制度です。しかも自分の直系尊属、つまり両親や祖父母の戸籍もまとめて取得できる。場合によっては親の戸籍謄本も必要なので、早いうちに取っておくと手間が省けます」
手数料0円で万能 まず取るべき書類
連れ合いが亡くなって2週間が経ち、葬儀なども一段落したあたりから、手続きも本格化してくる。何かにつけて提出を求められる故人の戸籍謄本と除籍謄本は、必要な分をまとめて取っておきたい。配偶者が広域交付制度を利用すれば、故人のすべての戸籍を一括で取得できる。
ただし戸籍謄本の提出を求められる機会は思いのほか多く、手続きを進めていくうちに、まず間違いなく追加で必要になる。いちいち役所まで取りに行くのは面倒だし、1枚あたり450円の発行手数料も馬鹿にならない。
そこでオススメなのが、早いうちに「法定相続情報一覧図」を作成しておくこと。相続税の申告や遺産分割などで活用できるので、この後の手続きがグッと楽になるうえ、無料で何枚でも写しをもらえる。第3章で説明する詳しい取得方法や使い方をチェックしておこう。
死後14日が近づくと、国民健康保険と介護保険の資格喪失手続きの期限が迫ってくる。どちらも保険証を持って役所に行けば手続きできるが、マイナンバーカードと一体化した「マイナ保険証」ならば、死亡届を提出すると自動で失効する。
ただし失効したからと高をくくり、使わなくなったカードを紛失すると痛い目を見る。保険証の期限は切れていてもカード本体は身分証として通用するため、故人の名前を騙ってさまざまな犯罪で悪用できるうえ、記載されている自宅が闇バイトに狙われかねない。カードそのものも忘れずに処分しておこう。
犯罪に悪用されやすい写真入りの身分証に限って、返納や処分を忘れがちだ。運転免許証は最寄りの警察署に持って行けば返納できるし、パスポートは都道府県のパスポートセンターで失効手続きをしてもらえる。どちらも死亡診断書のコピーか故人の戸籍謄本を一緒に持って行き、確実に処分したい。
遺族厚生年金の注意点
臨終から2週間も経てば、そろそろ連れ合いがいない暮らしへの不安が募り始める頃合いだ。会社員だった夫は貯金を遺してくれたものの、はたして本当に暮らしていけるのだろうか―長年連れ添ったパートナーを失えば、妻が将来にそんな懸念を抱くのも無理はない。
そんな悩みを解消するためにも、期限はまだ先だが、遺族厚生年金の申請を早めに行うのも手だ。夫が厚生年金に加入していたならば、平均で月額8万円ほどもらえるため、生活は安定するだろう。
ただし’28年から制度が変わり、子どものいない60歳未満の配偶者は原則5年までしか受け取れなくなるので、注意が必要だ。申請の際は故人の年金手帳と戸籍謄本、住民票に加えて、請求者本人の所得証明書や源泉徴収票、さらに振り込み先口座の通帳も準備して年金事務所に行くと、手続きがスムーズに進む。
年金事務所に足を運ぶのならば、それ以外の手続きもまとめて済ませておきたい。税理士の板倉京氏が解説する。
「受給者が亡くなった場合の届け出期限は、国民年金が原則14日以内、厚生年金が10日以内とされています。実務上は多少遅れても受理されますが、できるだけ早めに手続きを行いましょう」
もし亡くなる時点まで会社員だったならば、1ヵ月を目途に死亡退職金の請求手続きも進めよう。故人の勤め先に連絡を取れば必要な書類を指示されるが、一般的には戸籍謄本や死亡診断書などの提出を求められる。ここまで手続きを済ませれば、金銭的な不安はかなり解消するはずだ。
後編記事『【「配偶者の死」で必要になる書類一覧】死後の手続きに迫る「タイムリミット」、うっかり忘れると大変な事態に…』へ続く
「週刊現代」2026年3月16日号より