誰もが羨む「理想郷」に住みながら、一瞬たりとも気が抜けないーー巨大タワマンはいつしか、隣人を監視し合う場所へと変わっていた。
「相互監視社会」と化した晴海フラッグ
眼前に広がるのは、きらめく東京湾の絶景。指呼の間にはレインボーブリッジ、視線を移せば東京タワーも一望できる。
2月中旬の平日昼下がり、本誌記者は巨大タワマンが立ち並ぶ「晴海フラッグ」の区画内にある「ふ頭公園」にいた。海風が吹き抜けるなか、無邪気に駆け回る子供たちの笑い声が響き、愛犬を連れて談笑する若い主婦の姿も見える。
だが、しばらく眺めていると、ある異変に気づいた。自分の子供が遊んだ場所にゴミを置き忘れていないか入念にチェックし、停めてある自分の自転車には常に視線を送る。その様子はまるで、常に誰かに監視されていることを恐れているようだった―。
東京都中央区にそびえ立つ晴海フラッグは、’21年に開催された東京オリンピック・パラリンピックの選手村跡地に、三井不動産や三菱地所などの大手デベロッパー11社が共同で建設を進めて完成した大規模住宅街区である。約18ヘクタールの巨大な敷地に並ぶマンション群の総戸数は5632戸、1万人超が暮らすと言われている。
’19年7月に入居募集が始まると、周辺相場より割安な価格設定も相まって購入希望者が殺到し、最高266倍という空前の抽選倍率をたたき出した。
だが、そんな「勝ち組の象徴」を購入した住民たちはいま、ディストピアさながらの「相互監視社会」にさらされているという。住民の男性が苦笑いを浮かべながら語る。
「晴海フラッグの住民の多くがLINEのオープンチャットに入っています。『晴海フラッグ skyduo(タワー棟)』、『HARUMI FLAG 居住者限定』といったグループがあり、最も大きいグループの『ハルミフラッグ(晴海フラッグ)情報交換チャット』には1500人以上が参加している。当初は情報交換の場だったのですが、徐々に使用目的が変わってきました。
いまでは、どのチャットグループでも駐車違反の車のナンバーを撮影して晒したり、マナー違反をした人やその証拠写真を投稿したりといったことが日常的に行われるようになってしまったんです」
息苦しい空気
事の発端は、入居開始直後から問題視されてきた「民泊」だ。晴海フラッグには投資目的で部屋を購入した住民が多く、実際には住まず、空き部屋を民泊として違法に貸し出すケースが後を絶たない。その結果、さまざまなトラブルが起きたという。
「スーツケースを引いた人が何人もマンションを出入りしたり、夜間の騒音やインターホンを間違えて押されるといったトラブルが頻発したんです」(同前)
こうした民泊を運営しているのは、販売規制が整っていなかった初期の分譲時に大量購入した中国人富裕層が多いという。なかには何十部屋もまとめて購入し、富裕層仲間の接待や関連企業の保養所として使っているケースもある。
そして民泊と同時に横行したのが「白タク」だ。宿泊客の送迎を自家用車で請け負う違法タクシーが敷地内を頻繁に行き来したため、住民しか入れないように駐車場にゲートを設置する区画まで出てきた。
こうした状況が住民の不満と猜疑心に火をつけ、些細なことまで互いを過剰に監視し合う、息苦しい空気を生み出していった。前出の男性住民はこう語る。
「旅行帰りに荷物を部屋まで運んでいた住民が、マンション前に20分ほど車を停めていただけで晒されたことがあります。公園で子供たちが少し騒いだだけで写真を撮られることもある。
どこまでが許されるラインなのか、外に出るたびにひやひやしてしまうんです。そもそも晴海フラッグの区画内には合計750台もの監視カメラが設置されているうえ、住民からも見張られているとなると、一瞬たりとも気が休まりません」
「品川ナンバー」以外の車は通報
本誌は住民の協力を得て、グループチャットを閲覧させてもらった。そこには、共用スペースで遊ぶ子供たちの声を「うるさい」と非難する投稿、「様子がおかしい」というだけで外から部屋の中を撮影した写真、そして無断で住民を撮影しそのまま貼り付けたものまであった。
他にも、品川ナンバーではない車の写真を「通報しました」というコメントとともに投稿したり、迷惑駐車している車のボンネットにマジックで注意書きした写真が投稿されたケースもあった。
なかでも目を引いたのは、共用部に落ちていたごく小さなごみをめぐる投稿だ。些細な書き込みひとつに、たちまち多くの住民が反応し、非難と糾弾が連鎖していく。まるで、SNSの炎上を見ているようだ。
マナー違反があったとしても、住民や車を1000人以上が参加するLINEグループに「曝す」のは、やりすぎのように思えてしまう。
後編記事『ゲストルームは倍率100倍、小学校もパンク状態…中国人オーナーも損切りをはじめた晴海フラッグ「価格暴落のシナリオ」』へ続く
「週刊現代」2026年3月16日号より