ドイツとフランスの攻防
フランスとドイツは隣同士でありながら、多くのことで対立する。特にエネルギーについては正反対。2022年には、EUが定めるタクソノミーをめぐって激しい攻防が続いた。
EUタクソノミーとは「何が持続可能な経済活動か」を定義するシステムで、これに合致した事業に民間資金が誘導されることになっていたため、皆が目の色を変えた。
フランスは当時、ドイツが脱原発後に大々的に使おうとしていた天然ガスを、CO2の排出を理由にタクソノミーに適さないと主張。一方、ドイツはドイツで、フランスが特化していた原発を、事故が起こった時に環境を著しく害するとしてタクソノミーから締め出そうとした。
『原子力はいる? いらない?』(ワニブックス/2025年)は、それら仏独の多くの相違点や確執を取り上げ、何故そうなるのかを探った山口昌子さんとの共著だ。そして、光栄なことに、同著がこのたびエネルギーフォーラム社の第46回「エネルギーフォーラム賞」の優秀賞をいただいた。表彰式は3月17日。
同社のホームページには、「原子力発電に対する仏独のスタンスの違いを比較しながら、日本の原子力への向き合い方を考察している。フランスとドイツにそれぞれ在住している著者たちだからこその視点・見解により、エネルギー政策はもちろん、仏独の文化についても理解を深められる良書」と記されている。
山口さんは50年以上も前にフランスに留学、その後1990年から20年余り産経新聞のパリ支局長を務め、現在もパリ在住。多くの賞を受賞されているベテラン・ジャーナリストだ。一方、私もドイツに渡ってから43年が過ぎ、ここ15年ほどはエネルギー界隈の情報を常にフォローしてきた。
エネルギー関係の著書には、『ドイツの脱原発がよくわかる本』、『復興の日本人論 誰も書かなかった福島』、『脱原発の罠』などがあり、いずれもエネルギー安全保障における原子力発電の重要さを訴えた。ホルムズ海峡が何らかの有事で封鎖されれば、日本は第2次世界大戦前と同じ絶体絶命の状況に陥ってしまうのだからと!
原発を早急に動かす必要
ところが、現在、そのエネルギー危機が突然、“絵空事”から現実に降りてきた。イラン紛争が勃発し、本当にホルムズ海峡が封鎖されている。これが長引けば、日本のエネルギーは逼迫し、自動車も飛行機も動かせず、産業国の動脈である電気も作れなくなる。
1970年代のオイルショックは主に原油輸入国対OPECの価格闘争だったが、今回は、まさに世界規模の軍事的危機まで引き起こしかねず、その深刻さは比べ物にならない。
原油とガスが順調に入ってこなくなる可能性が膨らんできた今、動かせる原発を早急に動かしていくことは、日本人にとっての喫緊の課題だ。それどころか、動かせる原発があること自体がまさに御の字! それをせずに日本がジリ貧に陥れば、喜ぶ国はたくさんあるかもしれないが、子どもや孫たちには余りにも申し訳ない。
さらに不幸中の幸いは、青森県の六ケ所村で何十年も手こずっていた核燃料サイクルが、今、ようやく完成する運びとなっていること。核燃料サイクルというのは、使用済みの核燃料を再処理し、それを再び核燃料に加工する技術だ。ただ、その工程にある「濃縮」は、原爆を作る時の技術でもあるため、本来は核保有国以外の国には禁じられている。それが、日本だけは絶大な信用のおかげで特別に認められているのだ。
いずれにせよ、これが軌道に乗れば、永遠とは言わなくてもエネルギーの自給はかなり保証される。つまり、日本はエネルギー貧国を脱却し、発電に関しては一気に準資源国に格上げとなる。私に言わせれば、これこそまさに再生可能エネルギーだ。
日本のエネルギー戦略の重要基地
なお、六ケ所村に関しては、この核燃料サイクルのみならず、日本で2番目に大きい原油の備蓄施設である「むつ小川原国家石油備蓄基地」もあり、遥かなる大地に51基もの巨大なタンクが並んでいる風景は、強烈なインパクトだ(それでも日本の石油の備蓄は、250日分ほどしかないが)。
また、風力タービンが90基近く(まだ増える予定)、湖と見紛うほどのメガソーラーパークも複数。
さらに言うなら、陸上、海上、航空自衛隊も皆、青森県にいて、北の守りを一手に引き受けてくれている。
つまり、エネルギーにおいては日本のエネルギー戦略の重要基地で、軍事においては安全保障の担い手。しかも、魚やお肉、野菜、お米、お酒も豊富で美味しいから、こちらも健康なエネルギー源。
いずれにせよ、何度訪れても、とにかくすごいところだと感銘を受ける。地元の人たちは、自分たちが日本にどれだけ貢献しているかを知っているはずだが、それをひけらかさないのが、東北の人たちの美点なのかもしれないと思う。
日本が世界で一級の産業国になれたのは、安価で安定した電気をいかに潤沢に供給するかという目標に向かって、必死で突き進んだ先人たちのおかげだ。中でも注目すべきは、彼らが原子力事業を決定したのが、悲惨な原爆投下からたったの11年しか経っていなかった1956年だったということ。
しかも、日本はまだ貧しかったにもかかわらず、同年の第1回原子力長期計画に、「ウラン濃縮」「再処理」、「高速増殖炉」という核燃料サイクルの3本柱まで視野に入れた。高い目標を胸に抱いた当時の政治家や経済人の、何が何でも日本を前進させたいというひたむきな気持ちが伝わってくる。彼らには敗戦の悲しみに浸っている暇はなかったのだろう。
フランスから電気を“輸入する”ドイツ
それでも、1970年代の初め、営業運転をしていた原発はまだ5〜6基に過ぎなかった。それが、2000年代初頭、54基にまで増えたのは、政府が2度のオイルショックを教訓に本格的に原子力活用の方向に舵を切ったからだ。こうして徐々に安定していった日本のエネルギー事情だったが、しかし、それが11年の福島第1原発の事故で無惨にも崩れた。原発は次々に停止し、最後まで動いていた北海道の泊原発も12年の5月の点検の後、動くことはなかった。
その時、忘れかけていたような古いドイツの知り合いから突然、「おめでとう、原発ゼロの幸せな国、日本!」というメールが来たことは、今も忘れられない。多くのドイツ人は、本心からそう思っていたのだ。
ドイツでは、地震も津波もないにもかかわらず、福島の事故の後、着々と脱原発が進められた。そして、この方針は、電気代が上がろうが、政権が替わろうが、ロシアのガスが途絶えようが、一切修正されず、2022年4月15日、予定より3ヶ月ほど遅れたものの、ドイツは原発ゼロの“幸せな”国となった。そしてその後も、何があろうと金輪際、再稼働などできないようにと、いくつかの原発では冷却塔を計画爆破するという念の入れようだ。
ただ、ドイツは毎日、フランスの原発電気を輸入しており、他国の人々は、ドイツ人のやっていることはおかしいと感じている。一番反発を感じているのはフランスではないか。なお、中東情勢は今後、さらにエスカレートするやもしれず、フランスがいつまでドイツに電気を売ってくれるかもわからない。原発を拒絶したことが、今後のドイツの国益にとって致命傷となる可能性は否定できない。
発電の選択肢が原子力にまで広がったことにより、奇跡の経済発展を遂げ、国民生活が便利で快適になったのは、ドイツも日本も同じだ。しかし、いつの間にかそれが当たり前。それどころか、原発や化石燃料を全て悪とみなし、結果的に産業の衰退を招く風潮までが定着しつつある。
とはいえ、一部の人が称賛する自然エネルギーでは安定した電気は作れず、かといって、電力の大量貯蔵もまだ無理なので、少なくとも太陽と風では産業国のベースロード電源を賄うことはできない。だからこそ、私たちはそれを身をもって感じて後悔する前に、エネルギー安全保障に重点を置いた政策に転換し、決然とエネルギー危機の到来に備えるべきなのである。
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