2023年8月に栃木県宇都宮市・芳賀町で開業した新型路面電車(ライトライン)は、事前の需要予測を大幅に上回り、関係者を驚かせている。
これまで路面電車の有益性は自治体関係者・交通事業者などで共有されていたが、それが一般に浸透しているとは言い難い状況だった。「路面電車は時代遅れの公共交通」というイメージは根強かったが、ライトラインはそれを一蹴した形だ。
ライトラインが予想外の好調を見せたことで、再びLRT(次世代型路面電車)建設の機運は高まった。しかし、それでもLRTには越えなければならない高いハードルがいくつもあり、一筋縄ではいかない。
LRTをはじめとする公共交通の現在に迫った。
▲需要予測を大きく上回る成功を収めたことで、宇都宮のライトラインは路面電車が再評価される機運を生み出した(写真撮影:小川裕夫)
宇都宮で大成功を収めた「ライトライン」
栃木県宇都宮市は人口が約51万人と、北関東有数の都市として発展を遂げてきた。宇都宮市の玄関となっている宇都宮駅は、1982年に東北新幹線が開業した。
宇都宮東郊には高度経済成長期から東京に本社を置く大企業が工場や研究所といった事業所を構えていたが、東北新幹線の駅が開業したことで、その流れは加速。宇都宮市東郊には大規模な工業団地が形成されていった。
これら大企業の事業所には、東京から出張や商談で訪れるビジネスマンも多く、各企業は宇都宮駅から頻繁に送迎バスを運行していた。これら企業の送迎バスは工場へと通勤する地元住民のマイカーに混じり、駅から工業団地へと向かう道路は渋滞が慢性化していた。
▲工場地帯を走るライトライン。沿線には本田技研工業など大企業の事業所が点在している
そうした状況を改善するべく、栃木県・宇都宮市・企業の3者が新たな公共交通の整備を模索する。議論は紆余曲折を経てライトラインへと結実した。
こうして悲願のライトラインが開業し、予想以上の好調を見せた。これにより、オワコンと目されていた路面電車が再評価される兆しが出ている。
「交通弱者の足を守る」地方の路面電車
実のところ路面電車が再評価される潮流は、ライトライン開業以前にもあった。その兆候を顕著に表したのが、2006年にJR富山港線を路面電車へと転換した事例だ。富山県富山市は北陸地方屈指の工業都市でもある。その工業都市を鉄道面で支えたのが富山港線だ。
富山港線は時代とともに役割を閉じて路面電車へと転換し、第2の人生として新たな役割を担っている。
▲富山市では路面電車が市民の足として活用され、2009年には市内中心部を環状で走る新系統も誕生した
そのほかにも愛知県豊橋市を走る豊橋鉄道が、1998年に駅前の停留所を駅に近接するように移設して乗り継ぎの便を高めている。
各地の自治体が路面電車の整備・改良に力を入れたのは、高齢化社会の到来を見据えてのことだった。2000年前後、地方自治体は市民の足をどう確保するかといった課題に頭を悩ませてきた。それを解決する手段として、乗り降りしやすい路面電車が注目されたのだ。
しかし、単に昔懐かしい路面電車を復活させるのではなく、海外で広まっていたLRTと呼ばれる新型路面電車を導入することで、より利便性を高めようという期待が高まっていた。
こうした経緯もあって、当初のLRT構想は高齢者や障害者などの「交通弱者の足を守る」という大義名分から出発している。
LRTは市街地活性化の“希望の星”に
しかし、自治体は路面電車に中心市街地の活性化という副次的な効果も付加して推進するようになった。地方都市は人口減少や少子高齢化が著しく進み、大規模商業施設が郊外に出店することで駅前を中心とする市街地の荒廃が目立ち、その打開策として路面電車に希望を託した。
都市が郊外へと広がる現象は、スプロール化と呼ばれる。スプロール化は道路・上下水道・電気・ガスの整備が非効率となり不経済が生じるので、自治体の負担は大きくなる。
それゆえに、自治体は駅前を核にした中心市街地の活性化を進めたいというのが本音だろう。それに必要不可欠なインフラがLRTだったというわけだ。
▲北陸新幹線が2015年に開業するにあたり、富山駅は改築されて高架化。その下を路面電車が通り抜ける構造となり、駅の南北で分断されていた路面電車が直通できるようになった
ただ、自動車を前提とした生活が成り立っている地方都市において、LRT整備を前提とした中心市街地の活性化には限界があった。政府や自治体が旗を振っても、市民の反応は乏しく、まさに「笛吹けども踊らず」の状態が長らく続いた。
宇都宮のライトラインは想定以上の利用があったというだけではなく、これまで駅裏という雰囲気が強かった宇都宮駅東口の光景を大きく変えたことも、成功と語られる要因になっている。
筆者は開業前から頻繁にライトライン沿線に足を運び、開業後も引き続き沿線の変化を見るために足を運んでいる。沿線を歩くと、ライトラインの開業によって新しい商業施設がオープンし、それに連動して宅地化が進んだことがわかる。LRTが内包する、駅を軸とした市街地活性化という成果を出しつつあるのだ。
半世紀以上、南北移動に悩まされてきた葛飾区
ライトラインが成功を収めたことで、再び各地でLRTの導入議論が盛り上がりを見せるようになった。その一方、LRT導入の壁にブチ当たって現実的な解に落ち着く自治体もある。そのひとつが、東京都葛飾区だ。
葛飾区は人口が約46万1000人で、その在住者の多くは都心に通勤・通学しているが、区内にはJR常磐線・総武線のほか京成電鉄の本線・押上線といった鉄道網が充実している。
しかし、これら鉄道網を仔細に見ると、その動線は東西方向ばかりとなっている。そのため、区内の南北移動は路線バスに頼っており、区民から利便性の向上を求める声が半世紀にわたって出ていた。
葛飾区も区民の要望に応えるべく、何度も「新金貨物線」の旅客化を検討している。新金貨物線とは、常磐線と総武線を南北に結ぶ貨物専用線で、同区間には1日に約9本の貨物列車が運行されている。新金貨物線を走る貨物列車は多くないため、金町駅―新小岩駅間を旅客転用すれば区民も大きなメリットを得られる。
▲葛飾区が旅客転用を検討している「新金貨物線」。現在は貨物列車が1日に約9本運行されている。全線が単線だが、複線用地が確保されている
旅客転用に際して、まず最初に葛飾区は新金貨物線のLRT化を検討した。これは富山ライトレールを範に取ったと思われる。
しかし、葛飾区は新金貨物線の旅客転用をLRTからBRTへと変更。2025年9月の区議会に新金貨物線の旅客化をBRTで整備することを上程した。
葛飾区がLRTを諦めた背景とは
BRTとはバス・ラピッド・トランジットの略称で、バス高速輸送システムと解釈されている。BRTの定義は定まっていないが、路線バスとの違いは一般的に
1:連節バスを使って大量輸送が可能になる
2:バス専用道を整備して、定時性・速達性を確保する
3:最先端のIT技術を導入し、バスが信号に近接したら優先的に青信号へと切り替えて速達性を確保する
といった具合だ。BRTと路線バスは異なる公共交通機関ではあるが、それでもLRTと比較すればバスのほうに分類される移動手段だろう。
新金貨物線の旅客化は、葛飾区に南北の鉄道網が不足していることから議論が出発しているわけだから、果たしてLRTからBRTへと整備方針を変更しても賛同が得られるのか?といった疑問は残る。
▲「新金貨物線」を走る貨物列車
それでも葛飾区がBRTを選択したのには、さまざまな原因がある。LRTの運行には線路やホームなどの施設整備に莫大な費用が必要になる。
一方、BRTはバスを進化させたものなので、バス停の改良や車両の用意などの費用はかかるものの、道路整備は最小限で済む。
葛飾区がBRTへと方針を変更した理由は、そのほかにもある。しかし初期費用という要因も見逃せない。これは葛飾区だけの話ではなく、LRTを導入したいと考える自治体に共通した悩みで、LRTを諦めてBRTという潮流が強まっている。
(写真はすべて筆者撮影)
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