結婚式の準備には、式場探しから本番まで、およそ1年から1年半を要するのが一般的だ。人気の季節や日取りを押さえようとすれば、さらに先まで予約が埋まっていることも。長い準備期間のあいだに、家族の健康や環境が変わることも少なくない。
無料で結婚式相談を受けたり、式場選びを手伝ってくれる「トキハナ」で現役プロデューサー渡辺優子さんが、後悔のない結婚式にするためのヒントをお伝えする連載の後編。前編「『1年後は忘れられてしまうかも』進行性認知症の母に本当の気持ちを伝えたい36歳新婦のくだした決断」では、進行性認知症と診断された60代の母をもつ36歳の新婦・花乃さんと、42歳の健一さんが結婚式を決めるまでをお伝えした。
母が自分を娘だと認識できるうちに、結婚を伝え、祝福してくれる母の姿を記憶に刻みたい――。それには、母親の体調を最優先にし、小さな“家族婚”がいい。
新婦が中学生の時に父親と離婚した母親との、母子家庭で育った花乃さんは、母に似て、気丈で負けず嫌いだったゆえに、口論になると互いにゆずらず、何日も口を利かない冷戦状態に。決して仲良しとは言えない親子関係だったという。
それでも進行性の認知症が見つかった母親の状態を慮り、母親の体調を優先した式にしたいと、ふたりは既存のスタイルから「やらなくていいこと」を大幅になくし、できる限り、母親に負担をかけない、小さくシンプルなスタイルに決めた。
そうして決めた結婚式の招待状を持って、ふたりは母親に会いに行くが、そこで不測の事態が起こる。母親が突然怒りだし、結婚式への出席を拒んだのだ。
いったい何があったのか。渡辺さんの寄稿で詳しくお伝えする。
渡辺優子
LINEでできる無料の式場探し「トキハナ」のウエディングプロデューサー。これまでに1000組以上の結婚式を手がけたウェディング業界のスペシャリストとして、お客さまと直接対話し、結婚式のスタイル、サービスなどを企画提案する。
同性婚、地域格差、障碍者など多様なカップルや家族に触れる中で、結婚式の可能性と課題を感じ、すべてのパートナーシップを尊重し、一人ひとりの選択を後押しするため、「トキハナ」に入社。お客さまの希望を言語化し、形にする高いスキルと評判は、プロデューサー歴11年で養った深い共感力のたまものである。
大安の土曜日から平日切り替えたワケ
母親が感情を害し、式への出席を拒んだと聞いた私は、動揺するふたりをなだめ、当初予定していた大安の土曜日から、平日に切り替えることを提案しました。
今回のことには、何か事情があるはず。このままキャンセルしたら、ふたりはきっと後悔することになる。ならば、お母様の体調を考えて、一日でも早く式を挙げたほうがいいと考えたからです。
当初、ふたりは11月の大安の土曜日を希望していました。花乃さんのお母様のご病気だけでなく、健一さんのご両親も高齢だったため、気候が穏やかで体に負担の少ない季節を選びたかったからです。
希望していた「半年以内」にもギリギリ間に合うスケジュールの中で、ご家族の心情を慮り、六曜についても配慮したベストな選択のはずでした。
しかし、準備に時間をかけている間に、病状も変化し、花乃さんも消耗してしまう。8名の家族婚であれば、準備期間は1〜2ヶ月もあればできるはず。
このとき、実は7月に入っていたのですが、思い切って9月末の結婚式に舵を切りました。
出席者は新郎新婦、健一さんの家族と花乃さんの母親だけなので、土日にこだわらなくてもなんとかなりそうです。平日であれば空いているし、無理に時間をかけなくても良いのです。
通常、一度契約した日程を変更をする場合は、日程変更料などがかかる場合があります。そもそも押さえていた土曜日の大安は、シーズン問わず最も人気な日取り。ただ今回は4ヶ月以上先の予定であったこと、前倒しで平日の日程に変更したことなどから、変更料なしで変えられることを伝えました。
ウエディングプロデューサーの記憶
そのうえで、ふたりに許可を得て、私からお母様へ「娘さんの結婚式を担当させていただく渡辺です。何か不安なことや、花乃さんに言いにくいことがあったら、遠慮しないでいつでも連絡をください」という手紙を出しました。お母様はまだわからなくなっているわけでも、花乃さんの幸せを邪魔したいのでもない。自分の病状に自分自身が不安になっているからではないかと感じたからです。
なぜそんなふうに思ったかと言うと、私にも花乃さんと近い経験があったからです。
小さいころの私をとてもかわいがってくれた祖母も、認知症でした。優しく、いつもにこにこ見守ってくれた祖母は、気性が荒くなり、意思の疎通が難しくなっていきました。
けれども、亡くなる直前に、目に涙をいっぱい溜め、私の顔を見ながら、頭をなで、手をしっかりと握ってくれたのです。
言葉がすべてではない。大切な人の記憶は、もっと深いところで繋がっているはずだと思いました。
親子の関係はとても複雑なものです。お母様からの返事は来ないかもしれません。けれど、今そこに母親が「いる」のなら、後悔のないようにできることはすべてやってもらいたかった。そのために、私が伝えられることはすべて伝えきろうと思いました。
すると数週間後に、お母様から返事が来たのです。
「娘をよろしくお願いします。私はもしかしたら迷惑をかけてしまうかもしれないけれど、本当はすごく嬉しくて、同じくらい傷つけてしまうことが不安です。娘が生まれた日のことを今でもはっきり覚えています。名前をつけた時のこと、『お母さん』と呼んでくれたこと。大きなランドセルを背負っていく後ろ姿。ふたりになってからのことも、覚えています。花乃は大切な娘です」。
鉛筆で何度も何度も書き直した跡が残った手紙を花乃さんに渡しました。
バージンロードは新婦が車椅子を押して
当日、花乃さんは、スリムなマーメイドスタイルのドレスに身を包みました。結婚式で人気のボリュームのあるドレスは、パニエなどの広がりにより、周囲の人と物理的な距離が生まれます。けれど、花乃さんの目的は「お母さんの隣にいること」でした。
そのために、あえて広がりを抑えたスリムなラインを選び、アクセサリーも祖母がプレゼントしてくれたパールのイヤリングだけにして、ヘアもコンパクトにまとめました。
ブーケは、母親が趣味のガーデニングでよく植えていたガーベラとダリアをメインに、特に好きだった「ピンク」をキーカラーにしました。
挙式はまず健一さんが入場、祭壇に進み、続いて花乃さんが母親と一緒に入場しました。バージンロードは、花乃さんが車椅子を押して歩みました。
通常の披露宴は2時間半が基本ですが、会食なので2時間程度、一緒に座って食事をとる家族だけの時間。
両家でゆっくり食事をするのは初めての機会になったので、子どものころの写真などを持ち寄り、和気藹々と時間を過ごしました。
ヘルパーさんに同席してもらったことや、万が一に備えて、控え室のソファで横になって休める準備をしておいたこと、身内だけで、人の目にさらされるプレッシャーがなかったこともよかったのか、お母様の体調が安定していました。
母が私を忘れても…「確かに愛されていた」お守り
また、今回の式で重視したのは、プロの手による「映像」記録です。
今後ふたりが生きていくにあたって、母が自分の名前を呼ぶ声、自分を見つめる表情を残しておく必要がある。
将来、もしも自分のことを忘れてしまったとしても、この日の映像を見返せば「私は確かに愛されていた」「ともに生きた」と立ち返ることができる。
それは、一生の「お守り」になる。それが式を挙げる理由のひとつだったからです。
当日、お母様は花乃さんの目を見て「花乃、あなた綺麗ね」と言ってくれたそうです。
結婚式の持つ意味は、人によって、家族によってさまざまで良いのです。予期せぬ別れは、突然訪れることもあります。
一番忘れたくないはずの最愛の娘の記憶を失っていくこと。母の記憶から自分が消えてしまう恐怖。それを家族として見守ること。
その切実な思いの中で刻んだ「ともに生きていた」という証は、残される人にとっても、残していかなければならない人にとっても、これからを生きていく力になることもあります。
結婚式はお金も時間もかかります。ただ、順風満帆なタイミングではない時だからこそ、できる方法があるかもしれません。
もし考えに行き詰まるときがあれば、ふたりだけで抱え込まず、まずは気軽に相談していただけたらと思います。
【最終金額:8名130万円】
*トキハナへの相談料は無料です。