統合失調症とは、「こころや考えなどがまとまりを欠いた状態になる病気です。そのため行動や気分、人間関係などに様々な影響が出ます」というのが厚生労働省の定義だ。心が”まとまりを欠く“とはどういう状態か。どうすれば、少しでもそこから立ち直ることができるのか。元新聞記者で当事者でもある天地成行(てんち・なりゆき)氏が綴った手記には、ヒントがたくさん詰まっている。天地氏の著書『わたしは山頭火!?』から一部を抜粋してお届けしよう。
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喫茶店にいるのすらキツイ!
喫茶店で人々の会話が交わされる午後。
「〇〇があ、××で、△△なんよお」
「へえ、そしたら、〇×は△◇なん?」
なんとなく他の席から聞こえてくるこのような会話は、みなさんにとって、ただの雑音なのだろう。しかし私にとっては耐えられず、一人でいたらさっさと、誰かといたら一言言って店を出てしまう。
どうしてこんな感じになったのか?
それは幻聴として自分への悪口に聞こえて、そこから自分に対してある種の「攻撃」を受けているという妄想をしてしまうからだ。だから専ら私のことをわかってくれる人とは、個室や閉鎖的な空間で会うことにしている。
たまに楽しみな約束をしたとしても、事前に頭が混乱して土壇場でキャンセルしたり、躁状態(そうじょうたい)になって頭がパンクし、気がついたら頓服薬を飲んでスマホの電源を切って眠ったりしている。
私は現在、幻聴など統合失調症の症状とそれによる気分症状による躁うつでの「統合失調感情障害」を患っており、病院通院中である。
ここで私の躁うつのメカニズムを紹介したいと思う。
普通の感覚でいると、テンションが上がる出来事と、下がる出来事がある。上がった場合は「デンジャーゾーン」まで頭の回転も早く社交的になる。ゾーンに入るとスイッチが振り切れてバッテリーがゼロになる。ゼロになると、ふり幅が上がっただけ落ち、非社会性、コミュニケーションの欠如となり、当分の間まったく動けなくなる。
うつスタートの場合は、自分である程度の周期で上へ気分を上げようとして無理をして、またうつになる。この時間の間隔が次第に短く小刻みに行われる。例えば、悪夢をみた日にはうつが続くし、友達から楽しいメールが届くと余計にうれしくなって躁になる。
こんなこともあった。
2010年サッカーワールドカップ南アフリカ大会の準々決勝のPKで、駒野友一選手が外した。結果、これで日本は敗戦した。私は、自分を駒野選手に例えた。彼は当時、日本中から「なんで外したのだ」と言われたことだろう(大半はよくやったと言われたはずだが)。私も同様に、なんで会社のお荷物になったのかと、見えないところで言われていると感じた。
5人に1人は精神疾患になる時代
統合失調症は約100人に1人はかかる病気であると何かの本で読んだ。身近ではあるが、健常者にとっては分かりづらい病気である。
精神障がいについて、ここで統計的にみてみることにする。
厚生労働省が実施している2017年度の患者調査(3年に1回実施)によると、精神疾患により医療機関にかかっている患者数は、近年大幅に増加している。2014年度には約392万人、2017年度には約419万人である。これを単純に当時の日本の総人口と比べると、実に30 人に1人ということになる。
また、「こころのバリアフリー宣言」(厚生労働省・2004年)には、生涯を通じて5人に1人は精神疾患にかかると記されている。
さらに疾病別の内訳を2017年度の患者調査でみると、「気分・感情障害(躁うつ病を含む)」は127.6万人(30.4%)、「神経症性障害、ストレス関連障害及び身体表現性障害」は83.3万人(19.9%)、「統合失調症、統合失調症型障害及び身体表現性障害」は72.2万人(17.2%)、「認知症(アルツハイマー病)」は56.2万人(13.4%)、「てんかん」は21.8万人(5.2%)等となっている。
私の地元、山口県では精神障害者保健福祉手帳所持者が平成30 年度で1万2049人(山口県ホームページ)。現実には手帳取得をしていない人や予備軍を入れると、もっと多いと考えられる(わたし自身も取得にはためらったのでわかる)。
つまり、私のような人間の割合は決して少ないわけでなく、私のような症状も稀(まれ)でないことがわかる。
「ちぎれ雲に空が広すぎる」
私の病名はこれまでに「心因反応」「統合失調症」から変わってきた。入院時に医師に聞いたとき、2000年代にこのような診断の変遷(へんせん)を味わった人は、比較的多いと言われたことがある。
なお統合失調症(感情障害)の具体的な症状等については、森実恵さんの作品(例えば、『〈心の病〉をくぐりぬけて』岩波書店)や、ラグーナ出版の出版物(雑誌『シナプスの笑い』や『中井久夫と考える患者シリーズ』等)、そして当事者研究で知られる北海道浦河町の「浦河べてるの家」等で、色々な分かりやすい表現がなされているので参照されたい。
現在45歳(2020年7月時点)の私は、28歳で罹患(りかん)した。
22歳で東京の新聞社に入社し、38歳で辞めるまでは仕事もしていた。
退職後は山口県に帰郷し、本格的に療養開始、2014年には症状悪化により2ヵ月入院する。
入院は当初先が見えず、とりあえず8ヵ月の予定だった。しかし、ある出会いによって2ヵ月 で退院できるまでに「とりあえず」回復した。
それが「自由律俳句」や「エッセイ教室」との出会いであった。
特に自由律俳句はすごい熱量で創作意欲が湧き、2017年には、「山頭火全国自由律俳句大会」において
「ちぎれ雲に空が広すぎる」
という作品で入賞するまでに成長した。
そして2019年には山口県の若手三人組で『ベクトルのはじまり』という句集を自費出版した。それにとどまらず、いろんな人に会ったり、ネットでつながるのが怖くて持てなかったスマホやパソコンを持つことによる視野の広がり、雑誌での小説・エッセイの掲載などフィールドを広げてきた。
創作活動が回復につながった
心を病んだ人にとって様々な回復過程があると思う。私も冒頭のようにまだまだではあるが、一歩ずつできることをしている。
ここでは回復過程に出会った、俳人・種田山頭火への敬意を表しつつ、少しだけ入院生活を振り返ってみたい。
このエッセイはいわゆるサクセスストーリーでも逆転人生的なものでもない。腕相撲でいうと手首を倒されても生きながらえているような人生である。ただ、こうならなければ見えなかった視点というものや気づきは、私を豊かにした。
きっかけの一つとなったのが、自由律俳句に取り組み、「山頭火に近づくこと」であった。と言うか、勝手に山頭火を気取った。芸術は何であれ感じるものであるから、感じるままに作ったものである。
でも、それでいいと思う。私が過去や二次的・三次的障がいに囚われ過ぎず、前向きになりつつあるということが重要なのである。
なるべく分かりやすく読みやすくしようとしたが、なかなか難しかったので読者には苦労をかけるかもしれない。とにかく支離滅裂な思考なのだから……。統合失調症の当事者が書いた書籍が少ないのも、自分が試みて実感する。私は元記者として根付いたスタイルでしかほとんど書けなかった。
だが本稿が、心病む人の一助というか視点の気づきになれば幸いである。
【後編を読む】屈強な男性看護師に導かれて「保護室」へ…統合失調症を抱える元新聞記者が体験した「精神科」の入院生活
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