かつて20万人もの構成員を擁した暴力団。
覚せい剤の輸入や賭博、みかじめ料の徴収で莫大な収益を上げ、1980年代の年間収入は推計8兆円に達したと言われる。だが平成に入って以降、暴対法の制定や警察の行き過ぎた捜査、メディアによる批判的な報道が原因となり、暴力団は衰退の一途をたどってきた。
では、暴力団が社会から消えていくことは、我々一般国民にとって「良いこと」だけなのだろうか?しばし「必要悪」として語られてきた“やくざ”の実態を、『やくざは本当に「必要悪」だったのか』より一部抜粋・再編集してお届けする。
暴力団の衰退
江戸時代の初めから形やあり方を変えながら連綿とつづいて来たやくざ(現代でいえば暴力団)という存在が今まさに終わろうとしている。ITやAIが奔流のように流れ込む現代社会で消失していく職業は少なくないだろうが、それと同じように、また別の理由も重なって、やくざ、暴力団は消滅していく。
暴力団の衰退は統計的にも明らかである。初めて東京オリンピックが開かれた1964年の前年、63年(昭和38年)が暴力団勢力のピークだった。全国の暴力団は5200団体、構成員18万4000人を数えた。
これ以降、年々暴力団は勢力を減らしていき、2024年(令和6年)にはこれまでの最少となった。構成員はわずか9900人、準構成員8900人、合計1万8800人にすぎなくなった(『警察白書』令和6年版)。
実にピーク時の10分の1にまで痩せ細った(これ以降も毎年、構成員数、準構成員数を減らしていくものとみられる)。
山口組も組員数が減少
日本の暴力団の中で最大勢力は山口組だが、その最盛期には全国に約9万人の組員がいたとされる。だが、現在はわずか組員3500人、準構成員数3800人である。ほぼ8パーセントに縮減している。
その山口組は10年ほど前に神戸山口組(井上邦雄組長)を分裂させ、神戸山口組はその後、絆會(織田絆誠会長)と池田組(池田孝志組長、岡山市)にさらに分裂した。
以後10年間、6代目山口組(司忍組長、髙山清司若頭)はこれらの組織と分裂抗争し、2025年(令和7年)、一方的に抗争終結の声明を兵庫県警に届け出た。終結について相手先である神戸山口組はもちろん、絆會も池田組も山口組に対してなんら反応を返していないが、6代目山口組が実質的に抗争の勝者であることは確かだろう。
ところが勝ったはずの山口組が前記の通り組員数を減らしている。これまでになかった現象にちがいない。
【後編を読む】「竹中正久射殺事件」「宅見若頭暗殺事件」…“銃撃戦”や“報復”が日常茶飯事な「闇だらけのヤクザ社会」