子どもに本を読み聞かせる──シンプルに見えて、実は最も続けることが難しい家庭習慣のひとつだ。全国調査(※1)では、子どもの成長とともに読み聞かせを続けられる家庭は1割まで減少することが示されている。
忙しさ、時間不足、苦手意識。理由はさまざまだが、この「できなさ」はもはや個々の家庭の努力だけでは解決できない構造的な問題でもある。
一方で、読書習慣は語彙力に20〜40点以上の差を生むとも言われる。(※2)「本を好きになってほしい」が、「毎日読み聞かせをする時間がない」。このギャップをどう埋めるのか──。
その一つの解として、いま注目され始めているのが“動画による読み聞かせ”という新しい選択肢だ。
『モンスターズ・インク』でサリーを務めた石塚英彦さんも先日読み聞かせ動画を収録したばかり。読み聞かせを担当した絵本『あちちち地球とだいじなやくそく!』の内容に触れながら、話を聞いた。
今回は、石塚さんの幼少期の思い出から教育、仕事での価値観まで、さまざまな思いを伺った。
※1ベネッセ教育総合研究所「幼児期の家庭教育調査(2018)」
※2語彙力・読解力調査(東京大学社会科学研究所・ベネッセ教育総合研究所による共同実施)
“嫌われ者の二酸化炭素”が主人公の絵本が生まれた背景
国連の「1.5℃の約束」のもと制作された絵本『あちちち地球とだいじなやくそく!』が2月24日に発売された。特徴的なのは、地球温暖化の「悪者」とされがちな二酸化炭素──その擬人化キャラクター“ニコ”を主人公に据えた点だ。
自分は「悪い存在」かもしれないと悩み、孤独を抱えて世界へと旅立つニコ。その過程で出会い、知り、気づき、役割を理解していく。“温暖化”という硬いテーマが、気づけば読者一人ひとりの“自分ごと”に変わっていくよう仕掛けられた物語だ。
この「誰かを悪者にしない」という思想は、環境問題を巡る議論が分断を生みやすい現代社会において、実は非常に重要な視点である。
石塚英彦が「声」で描き出した温暖化時代のリアリティ
読み聞かせ動画を担当したのは、『モンスターズ・インク』でサリーを務めた石塚英彦さん。収録では、ニコの切なさ、仲間との出会い、冒険の臨場感といった“感情のグラデーション”を声ひとつで表現し、スタジオ全体を物語世界へと巻き込んだ。
なぜ今「嫌われ者の主人公」が必要なのか。そして石塚さんが演じた“地球の声”とは何だったのか。
絵本が本当に伝えたいメッセージ、未来を担う子どもたちへの思いまで──石塚さんは今回のインタビューで、単なる読み聞かせの枠を超えた「社会への提言」を語ってくれた。
読み聞かせは「子どものため」だけではない
家庭内の読み聞かせは、もはや“微笑ましい育児のワンシーン”ではなく、教育格差・言語格差・デジタル時代の親子コミュニケーションの分岐点とさえ言える。
忙しい社会人・共働き世帯にとって、読み聞かせは義務になれば続けられない。だからこそ、“完璧な親”を前提にしない新しい仕組み──動画やプロの読み手による補完は、教育の新しいインフラとなりつつある。
石塚さんの声には、そんな「親の肩の力を抜きつつ、子どもの世界を広げるための現実的な方法」が宿っていた。
分断社会が生む“レッテル貼り”のメカニズムを描く
絵本の舞台となるのは「空気の学校」。ここで二酸化炭素のニコは、周囲から一方的に「悪い子」と見なされ、やり場のない思いを抱えて教室を飛び出してしまう。
子ども向けのファンタジーでありながら、このシーンは私たち大人にもどこか思い当たる感覚がある。
──この冒頭をどう受け止めたのか。石塚さんは即座に、現代社会に漂う“ある空気”を指摘した。
石塚英彦さん(以下、石塚さん)「いや〜、つらいよね。殺伐とした今の時代、“誰かひとり悪い子を作る”みたいな空気ってあるじゃないですか。特にネットもそうですけど、“本当に悪いのはそこなの?”と思うことがあります」
SNSでの炎上、企業や個人に向けられる過剰な糾弾、単純化された“善悪”の構図。私たちは、複雑な問題を理解する前に、まず“加害者”を立てて安心しようとする傾向を持つ。
ニコの姿は、その縮図そのものだ。
“悪者に見える存在”の再定義
石塚さんは続けて、作品が投げかける本質的な問いを語る。
石塚さん「この絵本は“ニコが悪者にされているけど、それは本当に正しいの?”と問いかけてくれた。二酸化炭素がなかったら酸素も植物も増えなかったわけで。二酸化炭素にもちゃんと役割があることを教えてくれる展開になっているところがよかった」
二酸化炭素=悪、と単純化された議論は、環境問題をめぐるよくある誤解でもある。問題は物質そのものではなく、人間の生活様式によって排出量のバランスが崩れたことだ。
だからこそ求められるのは、“敵をつくる”ことではなく、どう共存し、どう調整するかという視点である。
これは環境政策だけではない。働き方、教育、ジェンダー、テクノロジーなど、多くの社会課題にも共通している。“特定の誰か”を責めるだけでは、何も変わらない。
声によって宿った「ニコの命」
今回の収録を通じ、石塚さんの言葉には、ニコが単なるキャラクターをこえて“生きもの”として動き出したという実感が宿っていた。
「二酸化炭素とどう付き合っていくかが重要だ」と語るその声は、問題を“身近なもの”として捉えるための媒介になっている。
温暖化が遠い未来の話ではなく、今日の生活と地続きのテーマとして迫ってくる。それは、石塚さんの声の温度、間合い、揺らぎが、私たちを物語の内部へと引き込んだからにほかならない。
悪者と決めつけず“存在の理由”を丁寧にすくい上げる
幼少期、石塚英彦さんは「ケンカの弱い子がいじめられているのを見ると放っておけなかった」という。助けに入ると、次は自分が標的になる──そんな苦い経験もしたという。ここには現代社会にも通じる示唆がある。
SNSや職場、コミュニティで起こる“新しいいじめ”の構造もまた、弱い立場の誰かに負荷が集中してしまう点で本質は変わらない。
石塚さんは振り返る。
石塚さん「僕は心が強いほうだったから、“それならもう全員敵でいいですよ”って開き直れた。でも、ニコみたいにそうじゃない子もたくさんいる。“ただ責めて終わり”じゃなくて、この絵本みたいに“その子がそこにいる意味”をちゃんと見つけてあげることが大切だと思うんです」
“周囲がそう言うから”という理由だけで、誰かを「悪者扱い」して終わらせてしまう現象は、大人の世界でも日常的に起こっている。業務の失敗が個人に押しつけられたり、SNSで一面だけ切り取られて批判が集中したりするのもその一例だ。
石塚さんが語る「どんなに悪く見える子でも、存在しているからには必ず意味がある」という言葉は、教育を超えて、組織、人間関係、社会構造にまで届く。
目の前の言動だけを切り取って判断するのではなく、その背景にある事情や文脈を“探しにいく”姿勢。これは、環境問題において二酸化炭素を単純に“悪者”と決めつけず、その役割や構造を理解しようとする態度とも響き合う。
“その子がそこに存在する意味”を丁寧に探す──。絵本の根底に流れるやさしさを、石塚さんは大人の社会にも必要な態度として読み解いていた。
グルメリポーターとして磨いた「価値の発見力」
石塚さんが大切にしている“誰も悪者にしない視点”は、実は仕事の哲学にも通じている。
石塚さん「グルメリポートって、もちろん味も大事なんだけど、それだけじゃない。お店の方と話して、そのお店ならではの良さを引き出して伝えるのが僕の役割だと思ってるんです」
そう語る表情は、どこか誇らしげだ。
長年続く店には、必ず理由がある──石塚さんはそれを熟知している。
石塚さん「長く続く店って、絶対にいいところがあるんです。店主の人柄とか、居心地の良さとか。あと太ってる人間にやさしいという意味でいうと、空調温度がちょっと低めとか(笑)」
──空調まで見ているんですね、と返すと、「そう、大切(笑)」とほほ笑む。
この“細部へのまなざし”は、単なるリポーターとしての技術ではない。その場にある価値を必ず見つけようとする姿勢=「資源の発見力」にほかならない。
企業や組織でも、欠点や不足ばかりが議論されがちだが、実は“いいところ”に目を向けることのほうが難しく、生産性の源泉になり得る。
石塚さん「学校も同じだと思うんですよ。友達のいいところを一人ひとつ見つけられたら、お互いを認め合えるし、学校はもっと楽しい場所になる。誰でも必ずいいところはあるから!」
ニコが旅の中でさまざまな存在の役割を見つけていくように、石塚さん自身も“いいところを探す力”で世界を見ている。その人生観と絵本のメッセージが、自然と重なり合う瞬間だった。
ニコの物語は、温暖化という地球規模の課題を扱いながら、「誰かを悪者にしない」「すべての存在には意味がある」という、現代社会に欠けつつある視点を静かに投げかけている。
複雑な問題を単純化し、“悪者”をひとり決めて安心しようとする構造は、環境問題に限らず、職場・コミュニティ・オンライン空間など、私たちの日常のあらゆる場面に浸透している。だからこそ、たとえ小さな気づきであっても、その一歩が未来を変えるチャンスになり得る。
読み聞かせ動画を見終えたあと、絵本の内容や未来について、親子で言葉を交わす時間が生まれたなら、それは単なる“読書時間”を超え、思考の深まりや、自分の言葉を育てる小さな投資になる。
わずか数分でも、こうした対話は子どもの自信と表現力を支える土台になっていく。“親の負担を減らしながら、親子の心をつなぐ”という新しい読み聞かせの形は、忙しさが常態化した社会においてこそ、意味を持つ試みだ。
石塚英彦さんの穏やかな声は、その入り口として最適な伴走者になるだろう。
【〈後編〉ほんの小さな一歩で“未来の地球環境”に差がつく…“バリアフリー的な存在”石塚英彦が見抜いた行動の分岐点】では、石塚さんが語った「今日からできる小さなアクション」、“読書バリアフリー”への試み、そして子どもたちへのエールをより深く掘り下げていく。