クリスマスに保護された赤い首輪をつけた犬
2023年のクリスマスの日、一匹の豆柴が、福島県の愛護センターに保護された。推定年齢10歳。赤い首輪と鎖のリードをつけたその犬の尻尾は途中でちぎれていた。
すぐに飼い主が現れるだろうという職員たちの予想は裏切られた。年が明けても、鳴き声一つ上げずに、おとなしく過ごす犬の姿に、命をつなげる道をと、センター長から、動物保護団体「ワタシニデキルコト」の代表・坂上知枝さんに相談の連絡が入った。
2020年に坂上知枝さんが設立した一般社団法人「ワタシニデキルコト」(ワタデキ)は、「人間の都合に振り回される動物を救う」ことを目的に活動する団体だ。
坂上さんは、子どものころから捨て猫や捨て犬を保護しては、きれいに体を洗ってあげ、飼い主や里親を探していた。
ワタデキを立ち上げて以降は、ボランティアメンバーとともに、自ら救助し、自宅でケアをしたり里親探しをする一方で、東京、千葉、福島などの保健所や愛護センターと連携し、里親探しが困難な心身に問題を抱えた犬猫の引き取りも行う。 資金は賛同者からの寄付と、チャリティイベントや通販サイト『ワタデキストア』でチャリティ商品の販売などで補おうとはしているが、実際は持ち出しになることも多い。
本連載はワタシニデキルコト(以下、ワタデキ)で、坂上さんとともに活動しているメンバーの視点から、坂上さんらの保護動物たち救出のエピソードを紹介する。
「子犬や子猫でなるべく健康な子が欲しい」
あなたがもし保護犬猫を飼いたいと思った時、特に重視する要素はなんだろうか。
種類、色、大きさ、性別や性格……数多の要素の中、里親希望者がもっとも考慮するのは年齢と病気の有無ではないだろうか。
「子犬や子猫でなるべく健康な子が欲しい」ワタデキにもそういった要望が一番多い。センターに収容されてもなかなか譲渡に結びつかないのは、”病気や障害のあるシニアの犬猫”だ。
そんな中でも幸せをつかんだ犬がいる。
赤い首輪と鎖で出来たリードをつけて迷子になっていた「てんてん」は2023年12月25日、凍てつく寒さのクリスマスの日に福島県の愛護センターに収容された。推定10歳程度のオスの豆柴で、尻尾が途中でちぎれているのが特徴的だった。
性格は温厚。人間や他の犬にも穏やかで、なにをされても静かに受け入れる。センターの職員の誰も、鳴き声を聞いたことがないという。
若い犬であればすぐ里親が決まったり、地元の保護団体に引き出されやすいが、すでに10歳以上の、よたよたと歩くてんてんは、センター内でも一般譲渡に結び付くのは難しいだろうと考えられており、また、実際に問い合わせもなかった。
「感情を表現を出さず、何をされても怒らない」
元の飼い主も現れないまま年が開けた1月、センター長のNさんから相談のメールが届いた。
「譲渡が難しいと思われる豆柴の老犬が1匹います。あまり感情を表現することがなく、何をされても怒ったり、威嚇することが一切なく、おやつやおもちゃにもあまり興味を示さない、穏やかな犬です。引き受けをご検討いただけますでしょうか?」
と、画像を含めたてんてんの身体状態などの詳細な資料をついていた。白内障も始まっており、片方の精巣が腫大しているとのこと。年齢を考えても、確かに一般の里親さんは決まりにくいだろう。そうなれば殺処分の可能性も考えられる。
坂上はてんてんを引き受けることにした。2024年1月30日、坂上とメンバーが現地に迎えにいくと、職員の方々が総出で迎えてくれた。
「センターにつくと、Nさんが自ら、収容されている犬猫たちを1頭ずつ紹介してくれました。『この子はこうしていつも乗っかってくるのよー』と、肩に子猫を乗せながら。
私は、福島県のセンターの職員さんたちが保護っ子たちをとっても可愛がっていることに毎回感動します。収容されている様子や性格などをきちんと把握していて、シャンプーや爪切りなどのケアもちゃんとしています。
性格を把握しているということは、その子をきちんとお世話しているということ。ケアが行き届いているということは、譲渡に向けて積極的だということです。綺麗に手入れをされていて人に慣れている子のほうが里親の門戸が広がりますから。
殺処分の可能性もある中、できるだけ助けようとしてくれることがとっても嬉しいのです」(坂上)
休日を返上してくれたセンター長
てんてんは赤いちゃんちゃんこを着ていた。寒くないようにと職員の方々が着せてくれたのだ。坂上は一目見て、てんてんがいかに大切にしてもらっていたかが分かったという。職員たちは口々に「幸せになるんだぞー!」などと声をかけながら、みんなでセンターの外まで見送りにでてくれたのだった。
駅までの送迎はNさんが「私の車で」と申し出てくれた。東京から福島まで新幹線でやってきた坂上たちのため、そしててんてんを送り出すためにわざわざ休日を返上して来ていたのだ。
「動物のための活動とはいえ、結局は関わる人間との関係や信頼、が大きく左右してしまうもの。いい関係を築ければ、目的である『動物のために』が達成しやすくなりますよね。
『協力しあえば大きな力に』というのはワタデキのスローガンなのですが、活動すればするほど実感できます。
イベントをすればさまざまな形で協力してくださる人達がいて、保護活動では預かりや搬送、里親探しをしてくださる人達や医療提供をしてくださる先生たちがいて、啓発活動では場所の提供や媒体を使って広めてくださる人達がいて、団体の活動を支援してくださる人達、企業さんがいて。
皆さんのおかげでワタデキがあり、てんてんやみんなの今日があります。本当に本当に感謝です」(坂上)
東京にやってきたてんてんは、病院で健康チェックを受けたあと、預かりボランティア、通称”預かりさん”の元へと託された。
腫瘍に結石、次々と見つかる疾患
「平地は上手に歩けますが、階段を知らなかったのか、上れませんでした。最初のセンターからの相談資料にもありましたが、おやつにもおもちゃにも関心がなかったです。庭に外飼いで散歩もほとんどなく、かまってもらっていなかったのではないかと思いました」(坂上)
引き出した当初は、散歩にはあまり慣れていなかったせいか、恐る恐る歩いていたてんてんだったが……
預かりさん宅では先住犬と交流をしながら、のんびり穏やかな家庭の暮らしを満喫し始めたてんてん。1ヵ月後にはご飯もよく食べるようになり、「遊ぼう!」と少しずつ感情を表に出すようにもなった。
「どんどん元気になっていく中で、頻回のおしっこが気になり検査をすると珍しいシリカ結石がみつかりました。片方の睾丸に腫瘍もあり、またイボもあったので、去勢手術の際にまとめて取ってもらいました。シリカ結石は手術で取り出す以外に治療法がない珍しい結石です。」(坂上)
検査の結果、腫瘍は良性。ほっとしたのもつかの間、今度は初期の僧帽弁閉鎖不全症が見つかった。僧帽弁閉鎖不全症は心臓の疾患で、息切れや倦怠感、むくみなどを伴う。悪化すると心臓に過剰な負担がかかり、心不全や肺鬱血、不整脈などを引き起こすこともある。
元気とはいえ疾患がありその上シニアとなれば、なかなか里親が決まらないのではないかと坂上とメンバーは心配していた。
ところがその懸念は、いい方に裏切られた。てんてんの里親希望者が現れたのである。センターから連れ帰ってきた2ヵ月後、2024年3月のことだった。
「なにをされてもされるがままの子」が…
「その方は年齢のことも病気のことも理解してくださった上で『てんてんがとっても愛おしい』とおっしゃってくださいました」(坂上)
同年3月30日、てんてんは預かりさんが持たせてくれた『てんてんのベッド』や、たくさんのおやつと一緒に里親宅へ旅立った。”ずっとのお家”に到着すると、しばらく探検し、おやつをもらうと自分のベッドで安心したように丸まって眠った。
「センターから『なにをされてもされるがままの子』『散歩もゆっくりしか歩けない』といわれていたのがうそのよう。預かりさんのおうちでたっぷりの愛情を受け、手術で結石の痛みが取れたので、頻回にしていたおしっこも落ち着き、散歩も大好きになりました。
おやつの楽しみを覚え、感情を表現するようになり、のんびり寛ぐことのできる『笑う犬』になったのです。
これからは自分のおうちでもっともっと笑顔が増える毎日になるのだと思うと、幸せな気持ちでいっぱいになりました。
てんてんを2ヵ月間預かってくださった方は初の預かりボランティアでしたが、『預かりボランティアをやることが出来てよかった。私もたくさん得るものがありました。てんてんが少しずつできることが増え、成長していく姿をみて、動物ってすごいな、って感動もしました。また是非やりたいです!』と言ってくださいました。嬉しいですよね」(坂上)
毎日たっぷりの散歩に連れ出してもらい、階段の上り下りもすっかり慣れたてんてん。
大人しかったてんてんが欲求を素直に出すように
里親さん宅で暮らすようになり、てんてんは見た目も行動も預かりさん宅よりさらに若返った。
これがあのてんてん? と見違えるほど、ふわふわの毛並みになり、表情豊かにもなり、アクティブに走るようにもなった。
「おとなしいのは相変わらずですが、とってもお利口さんで、構ってほしいと私たちの足を鼻でツンツンしたり、遊んでいる時に甘噛みをしたりと、てんてんなりのアピールで自分の欲求を素直に出すことが増えてきて嬉しいです」と里親さん。
そんな里親さんからのつい最近の近況報告はこんな内容だった。
「ここ数週間で老化が急に進んでいます。お散歩に行くと休憩しながらのゆっくりゆっくり歩き。老化による関節炎らしくて右前脚をかばうように歩いたり。静かで控えめなてんてんを慈しみながら過ごしていこうと思っています」
◇病気を抱えながらも素敵な里親さんの元で幸せに暮らすてんてん。その一方で引き取り先が決まらずメンバー宅に引き取られたシニアもいる。
後編「耳は遠く、背中に深い傷を負い、犬用フードも食べられなかった老犬が最高の家族に迎えられるまで」でくわしくお伝えする。