つい最近まで日米の株式市場が目まぐるしく史上最高値を更新する中、その相場はあたかも高所恐怖症で震えるかのように神経質な上下動を繰り返してきた。ほんの些細な情報、ちょっとした切欠(きっかけ)、あるいは信頼性に足るのかも怪しいような情報が株価を大きく変動させる要因になり得るのだ。
先週の月曜日、米国のダウ平均は800ドル以上も下落したが、その引き金となったのが、比較的無名の金融調査会社が出した「AIと産業・雇用の未来」に関する一種の思考実験ともSFともつかないような未来予想レポートだった。
知能の希少性が失われる衝撃
当該の米シトリニ・リサーチが(日本のnoteに相当する)サブスタックに先週発表したのは「2028年の世界知能危機(The 2028 Global Intelligence Crisis)」と題する約7000ワード(3万5000文字)のレポートである。
そこには最近話題となっている(アンソロピックの)「Claude Code」や(OpenAIの)「Codex」などを先駆けとする新型の生成AI(エージェント型AI)が、(単なるソフトウエア業界のみならず)あらゆるホワイトカラーの雇用をこれから破壊していくという暗い未来が描かれている。
昨年後半に懸念された「(アマゾン、グーグル、マイクロソフトなど)ハイパースケーラーによる過剰な設備投資」や最近話題に上った「SaaSの死」のようなソフトウエア産業だけではとどまらない。もっと広範囲で深刻な「知能危機」がこれからの世界を覆い尽くすというのだ。
このレポートは「2028年6月」という架空の未来社会を設定し、そこにおけるマクロ経済リサーチという形式をとっている。その中で「近代経済史の全期間を通じて人間の知能は希少な投入資源だったが、我々は今、その(知能の)希少性という価値が失われる瞬間を経験している」と述べている。つまり「2028年にはそういう社会が訪れるだろう」と予想しているのだ。
AIに対する不安の性質が反転
同レポートが発表されたのは(米国時間の)先週日曜日だったが、週明け早々(月曜日)の米国市場ではSalesforceやSnowflakeなどのソフトウエア関連銘柄が大幅に下落した他、IBMは前日比13パーセントという2000年以来の下げ幅を記録した。
また、(クレジットカード・決済大手の)アメリカン・エクスプレスや(世界最大級の投資会社)ブラックストーンなど広範囲の業種・銘柄も売られた。いずれもシトリニ・リサーチのレポートが「AIの悪影響を受ける」と言及していた企業だった。
なぜ単なるSFのような未来予想が証券市場にそれほどの打撃を与えたのだろうか?
その理由は、多くの人達が抱えているAIへの不安を如実に言い表したためと見られている(ただ、正直ちょっとまとまりのない、読んでいて分かり難い文章ではある)。
昨年末まで市場関係者が感じていたAIに対する不安は「過剰投資」とそれによる「(AIブームの)バブル化」であった。OpenAIを筆頭に、マイクロソフト、グーグル、メタ、アマゾンなどハイパースケーラーがAIを過大評価し、結果GPUの購入やデータセンター建設などの設備投資に過剰の資金を投入している。それ等の数千億ドルに上る巨額投資が将来、本当に回収できるのかという不安である。
ところが、今年に入るとその空気が一変する。つまり昨年まで囁かれたAIバブルへの懸念から、一転して「あらゆる産業を根底から覆すような凄いAIは恐らく実現されるだろう。しかし、だとしたら一体何が起きるのか?」という方向に不安の矛先が転じたのである。
これについて同レポートでは「Ghost GDP(幽霊GDP)」という表現で、AIがこれからの経済にもたらす災厄を予想している。つまり凄いAIによって各国のGDPは大幅に増加するが、その富は一般庶民を潤すような実体経済には回らない。むしろ勝者総取り構造の中で(AIの開発・運用に成功した)一部の企業・個人に富が集中し、社会全体には還元されないと主張している。
その一方で、凄いAIが急速に普及することによって、ホワイトカラー職が大量に解雇され、価格競争が激化する。これによって消費総額が減少し、それが金融機関に波及して世界経済は停滞するとも予想している。
おかしな箇所もあるが当たっているケースもある
しかし、この暗い内容のレポートに対しては多くのエコノミストが激しく反論している。そもそも「GDPが大幅に増加する」と予想しておきながら「世界経済が停滞する」と述べるのは完全に矛盾しており支離滅裂である。
さらに主流の経済学者らは「AIによる生産性向上で生まれた富はいずれは社会全体に広がるはずだ」と反論し、「(仮に一時的に富の流れが滞っても、それに対して)政府が何もしないという前提は非現実的だ」と批判している。
また同レポートはAIのポジティブな影響を全く無視しているとの批判もある。歴史的に見て、産業革命をはじめとする技術革新は新しい職業や産業を生み出してきた。「人間の欲望は無限であり、新たな技術によって新たな需要は必ず生まれる」という歴史の法則を、このレポートは完全に見逃しているという。
【後編を読む→すべての仕事がAIによって破壊される…米株式市場を大混乱させた衝撃レポートの中身と真実味】