日本の上場企業が抱える不動産含み益は、今や29兆円。過去最大に膨れ上がった「隠れた財宝」が、ついに動き始めた。
不動産含み益は会計上の「取得原価主義(資産を取得時の価格で計上する原則)」により、時価が急騰しても売却しない限りは貸借対照表に反映されることはない。しかし、「含み資産はあるけれど、売る気がない(売れない)なら、投資家にとっては無価値と同じ」という時代は終わった。
とりわけ東京証券取引所が「資本コストや株価を意識した経営」を求めてからは、潮目が明確に変わったと言ってよいだろう。不動産を持ち続けるだけでは分母(自己資本)を膨らませ、ROE(自己資本利益率)を押し下げる。アクティビスト(物言う株主)からは「本業に関係ない土地を売って配当に回せ」という圧力が高まり、経営者が資産を塩漬けにし続けることへの視線は、かつてなく厳しい。
含み益を自己資本に加算した「修正PBR(株価純資産倍率)」の視点で見渡せば、表面上のPBRが1倍を超えていても、割安に放置されていると判断できる銘柄は少なくない。毎年3月の公示地価発表を前に、眠れる資産を潤沢に抱えた銘柄に注目してみたい。
東急〈9005〉
・2月20日終値1930.5円 配当利回り(予)1.55%
2025年3月期末における賃貸等不動産の含み益は約7,777億円(1株当たり947.47円相当)。賃貸等不動産の含み益を考慮した実質PBR(株価純資産倍率)は約0.8倍に過ぎず、資産価値に対して明確な割安感が残る。
ただし、同社に対して注目すべきは「現在の含み益」よりも「今後生まれる含み益」だろう。お膝元の渋谷では「Shibuya Upper West」(2029年度開業予定)、「宮益坂プロジェクト」(2031年度開業予定)といった大規模再開発が控えている。竣工後には新たな含み益の源泉となることが期待される。
インフレ進行による工事費高騰という懸念材料はあるが、渋谷エリア物件の大半でテナントへの賃料転嫁が進んでいる。インフレに見合った賃料を収受できる資産を保有している点は心強いかぎりだ。
2027年3月期を最終年度とする中期経営計画では、資産売却を3年合計700億円以上と計画している。渋谷エリアの含み益を温存しながら、ノンコア物件を中心に資産の入れ替えを着実に進める戦略だ。
三菱倉庫〈9301〉
2月20日終値1370円 配当利回り(予)2.63%
倉庫業界内で最も多くの賃貸等不動産を保有し、資産インフレを相対的に享受できる立ち位置にある。同時に、保有不動産の使い方が最も進化しつつあるのも同社だ。同社が抱える不動産含み益は2,928億円。同業の三井倉庫ホールディングス〈9302〉には海外アクティビストが株式を9%まで買い増すなど、賃貸不動産を保有する事業会社への注目度は業界全体で高まっている。
変革期にある同社を際立たせるのが、2030年度までに400億円超を投じる「系統用蓄電所」の整備計画だ。老朽化した倉庫用地や遊休地に蓄電所を設置し、物流・不動産に続く「第三の事業」として育成する青写真は、単なる資産売却とは一線を画す発想だ。
約40年ぶりの大規模組織再編も断行され、ROE10%以上を「必達」とする経営陣の本気度は高い。現経営計画初年度(2026年3月期)は米子会社キャバリエ社の不振で下方修正となったが、これが株価の仕込み場となった可能性もある。
阪急阪神ホールディングス〈9042〉
2月20日終値4557円 配当利回り(予)2.19%
関西という地政学的な追い風が、含み益6,568億円の価値をさらに押し上げる可能性がある。同社は2031年3月期(2030年度)までの6年間で7,500億円の成長投資を計画している。原資には不動産ポートフォリオの見直しによる2,400億円の資産売却を見込んでおり、ROE8%以上の早期達成に向けた経営陣の意識は高い。
注目すべきは、外部環境の追い風の強さだ。自民党と日本維新の会が政策協議で掲げる「副首都構想」が実現すれば、省庁の一部移転、リニア新幹線の大阪延伸、大企業の副拠点設置など、大阪エリアでの大規模開発が加速することが期待される。
2031年度に予定されるなにわ筋線の開業への期待も大きい。大阪の南北エリアをつなぐ新路線が開通すれば、沿線の人流を大きく変えるだろう。さらに2030年度には大阪万博跡地でIR(統合型リゾート)開業(夢洲)も控えている。関連不動産の価値向上が見込まれるイベントが目白押しだ。
JR東日本〈9020〉
2月20日終値3814円 配当利回り(予)1.84%
不動産含み益1兆8,066億円は株式時価総額の40%を超える規模だ。JR各社の中でも突出して大きな含み資産を保有している。会社側は眠らせた資産を売却・再投資する「回転型ビジネス」への転換を掲げており、2025年度から2031年度の7年間で不動産販売利益の合計約6,000億円を計画している。
2026年4月には社有地開発機能を「JR東日本不動産」に集約し、「伊藤忠都市開発」との経営統合協議を進めている。計画の実行を加速させる組織的な布石を打ったと言えよう。経営統合が実現すれば、首都圏の駅近物件を軸に、分譲・賃貸マンション、スポーツアリーナ、エンタメ施設、物流施設とアセットを多様化しながら収益化が進む。
2032年3月期を開通目標とする羽田空港アクセス線も、沿線不動産価値の底上げに寄与するだろう。株価は歴史的高値圏にあるが、過去にも不動産価値が注目される相場局面では、株価バリュエーション(企業価値に対する株価水準)が高まった。資産売却と再投資のサイクルが本格的に回り始めれば、株価の上昇余地は大きいと考える。
東宝〈9602〉
2月20日終値7745円 配当利回り(予)1.36%
コンテンツ企業として語られがちだが、実は都心一等地を握る「隠れた不動産銘柄」だ。
保有不動産の含み益は4,746億円と株式時価総額の3分の1強を占める。空室率わずか0.2%という極めて低い水準が示す通り、映画館跡地を中心とした都心一等地物件を高稼働で運用している。不動産事業の営業利益率は約20%と高い。映画のヒットに左右されやすい興行収益の変動を吸収する「安全弁」として機能している。
「中期経営計画2028」では「保有意義の低い物件については売却等の施策を検討・実施する」と明記し、資産の選別と効率化を進める姿勢を鮮明にした。新規取得は物件価格の高止まりを踏まえて抑制する一方、既存資産の収益最大化と売却益の活用へ軸足を移している。
コンテンツ面では2027年2月期も「ゴジラ0.0」(11月公開予定)、劇場版「薬屋のひとりごと」(12月公開予定)など注目作が控えており、「国宝」「鬼滅の刃」の反動減を和らげてくれそうだ。なお、2026年2月28日を基準日に株式分割(1株を5株へ)が実施され、株主優待も拡充される。個人投資家には、さらに身近な銘柄となるだろう。
インフレ下では現金の価値が目減りする一方、好立地の不動産価値は維持・上昇が見込みやすい。インフレ時代の「最強のディフェンス」であると同時に、次なる成長に向けて「攻撃は最大の防御なり」に切り替えることもできる。経営計画の中に「保有資産の見直し」や「政策保有不動産の削減」という文言が入るだけで、株式市場からの評価が切り上がる期待もある。
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