がんの告知で精神が崩壊……
がんだけは絶対に嫌だ、という人は多い。
今月4日にFRaU webで「ポックリ死より老衰死よりがん死がいい? 医者が「私はがんで死にたい」と考える理由」と題した、『私はがんで死にたい』(小野寺時夫著/幻冬舎新書)を紹介する記事を公開した時も、SNSには賛否両論、以下のような様々なコメントが上がった。
「長く介護を受けたり、強烈な痛みを受けて突然亡くなるより、がんはいい死に方ともいえます」
「ステージ3のがん患者です。告知を受けてからからずっと、精神が崩壊状態になっている。目の前に常に死があり、逃げたくても逃げられない検査前は眠れなくなったりウツ状態になったりします」
「肺がんで夫が亡くなるまでの8カ月間、30年以上の結婚生活で最も濃密な時間を過ごせたと思っています。余命を宣告された後、抗がん剤治療を受け、効果が見られなくなってからは本人が望んだ通り、自宅で亡くなりました。限られた時間の中で精一杯生きた主人の姿を見て、私もそんな風に最期を迎えられたら良いなと思っています。
「やっぱり、自分はぽっくりいきたい」
今や2人に1人ががんに罹り、3人に1人ががんで亡くなる。著者である小野寺時夫氏は、長年外科医としてがん拠点病院の前線に立ち、5000人以上にがん治療を施し、その後ホスピス医として3000人の末期がん患者と接した経験から、医療の過剰な介入に疑問を持ち、「がん死こそ人間に相応しい」と考えるに至ったという。
ポックリ死が周囲に与える弊害
本書は、今から13年前に出版された本の新装版で、今年5月に幻冬舎新書より出版され、現在6刷2万2千部と、好調な売れ行きを見せている。
日本人は死について話し合うことを嫌い、「縁起でもない」などと避ける傾向が強いが、小野寺氏は「折に触れて『死』について考え、語り合うことが、逆によく生き、よい死を迎えるために欠くことのできないことだと信じている」と言う。そして、多くの人が望む「ぽっくり死」では、本人にとってはいいのかもしれないが、配偶者や家族との絆が強い場合は、遺族に心の傷を残すことが多いとも書いている。
FRaU web連載の第3話「『私はがんで死にたい』医師が警鐘を鳴らす『無理な外科手術』が人生の安らかな最期を奪う理由」では、著書が書かれた頃の13年前は、他国に比べて「手術至上主義」であった頃のことにふれ、「自分が高度進行がんだとわかったら手術はしない」と考える理由をお伝えした。
高度進行がんとは、がんが周囲の臓器組織に浸潤(原発のがん細胞が直接に周囲の組織や臓器に拡散すること)していたり、他の臓器に転移したりしているがんを指す。
――『私はがんで死にたい』(小野寺時夫著)より
だが現在は、小野寺氏が執筆されたころに比べると、がん治療体制も変化している。医療の進化は日進月歩なのだ。
本編では、がんの切除手術の弊害として考えられること、盲目的に「名医」の手術を求めた結果の一例、そして「名医」とはいったい何なのかについて、書籍より抜粋掲載してお伝えする。
再発予防のための広範な切除は「やり過ぎ」と反省
日本のがん手術のもうひとつの特徴であるがんの周りの組織をできる限り広く切除する「広範囲郭清」は種々の機能障害を招く原因ともなりますが、再発予防効果が期待したほどないことが認められてきたのです。ひどい手術後遺症を残しても、「命には代えられない」などと積極的に広範囲切除を進めてきましたが、今日ではあまり価値がないと反省の時代に入っています。
「広範囲郭清」の代表例が乳がんの手術です。
欧米は、乳房を全部切除しない乳房温存手術が50年ほど前から主流なのに、日本は胸の筋肉も腋の下のリンパ節も全部切除するのが主流で、術後に胸は変形し、手術した側の腕がむくんで腫れるのが普通です。日本で乳房温存手術を始めるようになったのは1980年代末あたりからです。
直腸がんの手術では、骨盤神経も切除するため排尿障害を起こし、男性では勃起しなくなります。欧米では、神経を残す程度の郭清に留め膀胱機能や性機能を温存させるのが基本です。ほどほどの郭清に留めても術後の再発の頻度は変わらないのです。
前立腺がんの手術合併症の勃起障害を避ける放射線治療でも、手術と比べて予後は変わらないといわれています。
初期の子宮頸がんは日本では手術を行うことが多いのですが、欧米では放射線治療が主流で、手術に比べて治療成績は劣らないことが証明されています。
食道がんの手術は大手術で後遺症の頻度も高いのですが、進行食道がんは放射線と抗がん剤の組み合わせが、手術に劣らないことが認められています。
高度進行がんになったら胃の内側の粘膜だけにがん細胞が限定している「早期胃がん」は、1990年代末までは胃切除が主流でしたが、今日では施設によってはおよそ半数近くで内視鏡による切除を行い、内視鏡で切除できないものは腹腔鏡手術で行っており、従来の手術と比べて治癒率に差がなく、その比率は100%に近いのです。
(中略)
無理にがんを切除するよりも、がんはそのままで臓器の機能を保ち、病状に応じて放射線治療を行い、痛みなどが出たら緩和するだけのほうが長生きできる場合が多いのです。特に高齢者では、ステントやバイパス手術だけで半年から2年以上も苦痛がほとんどない状態で生存する人が珍しくありません。
ホスピスには、手術後に再発した患者さんが大勢、来ます。がんの外科医でもある私は、手術後半年以内に再発した例のほとんどは最初から手術適応がなかったと考えています。
外科医は、「手術しなければ○カ月くらいしか命はもたない」などと宣告することがしばしばありますが、本当は、手術しない患者さんやバイパスやステントだけの患者さんを多くは診ておらず、手術をしないで長生きしている患者さんについての経験があまりないのだと思います。
「名医」による徹底切除で自宅療養が困難に
大腸がんの肝転移30個以上を「名医」に切除してもらったという女性Cさん( 63歳)が5カ月後に再発し、肝機能が著しく悪くなってホスピスに来ました。Cさんはある病院で、大腸がんの手術の2年後に3個の肝転移の切除手術を受けたのですが、そのまた2年後には無数の転移が発見され、「これ以上は治療できない」といわれました。
そのとき、肝臓がんの手術の「名医」として評判の高い元大学教授が60個もの肝転移を切除したというテレビ番組を見て、この名医に手術してもらいました。
Cさんはこの手術後に体調不良が続き、6カ月後、無数のがん再発による高度の肝機能障害(肝不全)で、自宅生活が困難になったのです。「名医」でなくても手術中にエコーを使えば小さいがんでも切除できますが、こういう手術は意味がありません。
手術で声を失い、後悔のなかで最期を迎えた
会社幹部のDさん(57歳)は咽頭がんになり、がん専門病院でリンパ節転移がある可能性が高いからと、放射線治療と抗がん剤治療の併用を勧められました。
しかし、友人の勧めで、この分野の治療で有名な大学教授の診察を受け、「リンパ節や周囲の組織を徹底的に切除する拡大手術が最良だ」といわれました。
人工声帯になっても命には代えられないと思って手術を受けました。手術は10時間もかかり、首の組織が広範に切除され、その代わりに腕の皮膚や筋肉が移植されました。首に気管孔が作られ、そこから呼吸するようになり、もちろん声は出なくなりました。
手術後、人工声帯による発声がうまくいかず、食事にも長時間かかり、首はひどく変形し、6カ月後に仕事に復帰したのですが、交渉談議の多い営業の仕事がうまくいかず、うつ状態になって精神科に通院をするようになりました。
手術後9カ月目に再発して抗がん剤治療を受けたのですが、効果がなく、ホスピスを紹介されてきたのです。Dさんはホスピスに入院中、「手術しなければよかった」と繰り返し、うつ・不穏状態のまま死を迎えました。
今日は、目標とするがんの範囲だけに選択的に放射線をかける方法が進歩していますから、手術しないで放射線治療と抗がん剤治療を受けていたら、治らないまでもこれほどの悲惨な経過にはならなかったと思います。
がん手術に「名医」はいない
日本人は「名医」という言葉が好きで、噂を安易に信じる傾向があります。
心臓の手術などは、外科医によって腕の違いがかなりありますが、がんの手術には特別な「名医」はいないのです。食道がん、肝臓がん、胆道がん、膵臓がんの手術、直腸がんで肛門を残す手術などは、その分野の手術を専ら行っている医師のほうが上手で安全で、その専門医に手術を受けるべきです。
また、早期胃がんの内視鏡切除や腹腔鏡による消化器がんの手術は手術例の多い病院の慣れている医師に手術を受けることが大切です。これらは、手術合併症の危険性を避けるためです。
それ以外の消化器がん手術は概して著しい差はありません。よほど非常識な手術でない限り、術者による「治癒」や「再発」の差はほとんどなく、術後の経過はがん細胞の性質やがんの進行度によって決まるのです。
「名医」といわれる医師のなかには自己アピールの才に長けた人が多く、そうした「名医」を「治療成績が日本のトップクラス」あるいは「世界で一流」とマスコミが褒め称えることもあります。しかし、本人がそのようにマスコミに仕向けているだけのことで、 治療成績の登録制度のない日本では個人の治療成績を客観的に示すデータがないのです。
「余命○カ月といわれた人を手術して○年生きた人がいる」などと話す「名医」もいますが、前医が誤診しているだけだったり、例外的に進行の遅いがんであったりなど「偶然」や「幸運」が多く、「名医」の肩書きを鵜吞みにしてはいけません。
私自身、91歳の男性の胃がんを手術して3年元気で過ごした例、胃がん手術から4年後の再発を再手術してそれから2年生きた例、大腸がんの肝転移を2度手術して6年生きた例などを経験していますが、特別に体力が優れていた、再発までの時間が長く再発が一部に限られていた、がん細胞の悪性度の低いがんで転移の数が少なかったなど、それなりに理由があったもので非常に稀な例外といってよいのです。
手術が最良の治療法である患者さんだけを選んで行い、手術合併症を起こさず、しかも患者さんに対する心情の豊かな医師こそが「名医」なのです。
(後略)
◇がん治療はひとつではない。がん種によっても進行度によっても、その人の体力など、健康状態にとっても治療は異なる。なので一概にがん治療はこうでなくてはならないとは言い切れない。
今まで一律に「積極的に治療すること」が正しいと信じられてきたが、患者の状態によっては、治療をしない選択をしたのに、医師の予想をはるかに超えて長く穏やかに生きた人たちもいる。
連載最終話となる第5話「『手術しないと余命2カ月』のはずが…手術を拒んだ患者の医者の予想を裏切る驚きの現実」では、そんな患者たちの実例を通して、がんとの向き合い方をもう一度考えたい。
*本記事は『私はがんで死にたい』(小野寺時夫著)を基本とした、著者の考え方とがんの経験に基づいたお話です。がんの症状は個々それぞれ異なり、がん種や進行度によっても治療は違います。がんに罹患された際にはご自身のがんの専門医である医師としっかり話して治療を行ってください