評論家・東京家政大学名誉教授の樋口恵子氏と、聖心会シスター・文学博士の鈴木秀子氏は、ともに1932年生まれの同い年だ。今なお現役で活躍するお二人が、老い、病、そして90代になって初めて到達した境地について語り合う。
※本稿は、2024年11月に刊行された『なにがあっても、まぁいいか』(ビジネス社)の一部を再編集したものです。
「もう少し生きていたい」と思うように
樋口 私は命が有限であることは、よぉくわかっております。この年になれば遠からず消えていくということも。でも何なのでしょう。時々「あーあ、もうこれで終わっちゃうのか」「人生100年なんていうけれど、過ぎてしまえば短いなぁ」なんてことを思いますね。
鈴木 幸せな証拠なのではありませんか?
樋口 そう言われればそうかもしれないという気もしますけれど、未練たらしいのではないかと自己分析しております。
私は中学時代に患った結核を皮切りに、腎炎、子宮筋腫、変形性関節症、50代で乳がん、77歳で胸腹部大動脈瘤感染症と、けっこう病気を経験しているのです。それでも平均寿命を超えて生きているのだからと感謝しながら、口では「もういつお迎えが来てもいい」などと豪語していました。
ところが89歳の時に二度目の乳がんが発覚し、「もう少し生きていたい」と願っている自分に気づいて驚きました。
鈴木 未練たらしいだなんてことはありませんよ。生命力があるのは素晴らしいことです。それで手術に踏み切られたのですね?
年を重ねるのは素晴らしいこと
樋口 はい。でも大変だったのです。麻酔に堪えられる体力があるか、それから手術の時に口に人工呼吸器を入れるので、グラグラした歯が手術中に抜けて詰まるといけないから、抜けそうな歯はあらかじめ抜いておく必要があるなどと言われて……。高齢者になると手術を受けられないリスクを背負うのかと落ち込みました。
ですが、案ずるより産むが易し。結果的には麻酔に堪えられると診断され、歯も抜かず、無事に手術を終えることができました。
鈴木 90になってもガン細胞は元気なのですね。一緒に弱ってくれればいいのに。
樋口 進行はノロノロしていても、ガンはガンなので、同年配の方には定期検診を怠ってはいけませんよとお伝えしたいです。
鈴木 いろいろなことがありますけれど、私は年を重ねることは素晴らしいと思うのです。
老いるということは、これまでの人生で溜め込んできたものを一つひとつ手放していくためのプロセス。達観し、ドロドロとしたものを手放せば心が浄化されます。それに経験を通して精神的な免疫が作られていますから、多少のことでは動じません。
ここまで生きて初めて到達した境地
樋口 私はすぐに動揺してしまうのですけれど、しばらくすると開き直っています。これは年を取ったことのメリットで、人生というのはなかなかうまくできているなぁと感心したりして。でも自分が丸くなるのは何だか刺激がなくてつまらないような気もするのです。
鈴木 そうなのですか?
樋口「樋口さんも丸くなった」とか言われると、パンチに欠けてきたと言われているようで微妙な気分になるのですが……。別に「いい人だ」と言われたくて「いい人っぽく」しているわけではなく、自然と穏やかになっているのですから仕方がありません。
鈴木 年を取ると「○○っぽく振る舞う」なんてことはなくなりますね。本来の自分に戻るのではないでしょうか。
樋口 偽りなく生きるというのは気持ちがいいですね。92歳まで生きて初めて到達した境地です。いつまで生きるかは神のみぞ知るですけれど、最後まで自分らしくありたいと思います。
鈴木 ええ、私もです。先進国の中でいち早く超高齢社会を迎えた日本に、世界中の方々が注目しています。一つのモデルケースを目指したいですね。
樋口 老い方に正解はないとは思いますけれど、高齢者のトップバッターとして何を残せるのか、責任重大だと思います。
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