吉行淳之介の同名小説が原作の映画『星と月は天の穴』が、12月19日に公開される。舞台は1969年、妻に逃げられたことを引きずり、精神的な関係を遠ざけるようになった小説家・矢添(演・綾野剛)。そんな40男の前に突如現れた女子大生・紀子は、尻込みする矢添の心にどんどん踏み込んでゆくーーそんな二人の奇妙な関係を描いた作品だ。
紀子を演じるのは女優の咲耶(さくや)。俳優の吹越満、広田レオナを両親に持つ咲耶は、「純文学の登場人物になりたかった」と役に染まり、繰り返されるベッドシーンにも果敢に挑戦した。謎に包まれる「素顔」に「現代ビジネス」が迫った。
撮影中は夢見心地でした
――『星と月は天の穴』の脚本・監督は荒井晴彦さんです。『火口のふたり』など、荒井監督の作品は濃厚なベッドシーンが印象的ですが、どういう経緯でこの作品に出演することになったんでしょうか?
「荒井組の脱ぎ、絡みのある作品のオーディションがあるがどうだろう」と、事務所から言われ、企画書と準備稿と原作を読み「オーディションを受けたい」と話しました。
私は純文学が好きで、その登場人物になることが夢だったんですが、最近こういった作品ってあまり作られないんですよね。荒井監督の作品ということで濡れ場も5回以上あったんですが、脚本を読んで純粋に「私はこういうお仕事がしたいんだな」と思って。
――「こういうお仕事」という部分について、もう少し教えて下さい。
テイストですよね。企画書の段階ですでにモノクロ作品と決まっていましたし、時代背景が昭和というのもすごく好きです。純文学を映像化するのって実はすごく難しいと思うんですが、今回は荒井さんが手掛けた脚本はすごく文学的で。
特殊といえば特殊な作品ですが、今の時代にそれを映像化することにすごく興味がありました。私個人としてもそういう作品が見たいし、その世界に自分がいるなんてこんなに嬉しいことはないです。撮影中は夢心地でしたね。
昭和の純文学を読み漁って
ーー作品は、咲耶さんが演じた紀子と、綾野剛さん演じる作家・矢添の出会いから始まります。物語の魅力はどんな部分ですか?
矢添さんとの出会いによって、紀子が自分の中に眠っていた女としての欲望を開花させてゆき、少女から女性へと移り変わる過程をも描いています。二人の関係は、出会うなり紀子が粗相をして、そこから連れ込み宿へ……というなんやねん!という流れで始まるんです。
そういう「トンデモ展開」を、大真面目に描くのも純文学ならではの物語の進み方で。矢添の「初対面の人に対して、普通はそんなこと思わないでしょ」という妄想も良い意味ですごくおかしみがありますし、連れ込み宿についたらついたで、紀子の身体ではなく、部屋の片隅に転がっているナニカの塊に欲情する。映像の美しさや純文学ならではの空気感を保ちつつ、実は笑いどころが多くて。正直コメディだなと思う部分に魅力を感じています。
――ロケでは咲耶さんが行きたかった場所が多かったそうですね。
そうですね。文豪と呼ばれていた小説家の方たちが缶詰になって作品を書いていた「鳳鳴館」という旅館だったり、川越にあるラブホテル「サンパール」などが、紀子と矢添が逢瀬を重ねる場所として使われていました。今、昭和のラブホテルがすごく流行っていて、特に「サンパール」はそういう場所としてすごく人気があるんですが、私も昭和のラブホテルのレトロな内装が結構好きなので、行けて嬉しかったです。あとは赤坂のお蕎麦屋さん「砂場」は、私が事務所に所属することが決まった場所でもあったので、すごくご縁を感じる作品だなって。
――もともと昭和の純文学がお好きだと。どんな本を読みながら育ってきたんですか?
純文学でも特に耽美系の作品が好きで。例えば三島由紀夫だと『獣の戯れ』や『禁色』、『三島由紀夫レター教室』など好んで読んでいましたね。ド定番ですが谷崎潤一郎の『刺青』はもはや私の癖です。ここから始まったという感じです。純文学とは少し違うかもしれませんが、澁澤龍彦や江戸川乱歩も読み漁っていました。『人間椅子」などのスリラーテイストの作品も大好きです。
今回の作品では、背景に学生運動が描かれている部分など三島と重なる世代感がありますし、谷崎的な変態めいた要素も散りばめられているように感じます。
母・広田レオナからの「教え」
――今回の作品では、台詞回しなどに若尾文子さんの主演作『卍』を参考にしたそうですね。その時代の映画などは、ご両親の影響ですか?
趣味嗜好に関しては、両親の「影響」もあるにはあると思いますが、「血」のようにも感じます。親に教えてもらって「私も好きだな」という作品もたくさんあるんですが、どちらかというと私自身が「これ好きだな」と思って選んだものが、たまたま両親も好きだったっていうことの方が多くて。「血」って怖いなって思いますね。
――ご両親の教えというのはありましたか?
昔から割と「我が道をゆく」タイプなんですが、母から受けた教育はありがたいものばかりでしたね。(母の広田)レオナさんは世間から「ちょっと不思議な人」と思われがちですが、むしろ父の方がすごく自由な人だし、ちょっと特殊かも。レオナさんは、たしかに不思議な人ではありますが、人間としても母親としても、ものすごく真っ当な人です。
なんというか、本当に「母親」と言う感じなんですよね。彼女がよく言うのは「人間は生まれた瞬間から個人」という言葉ですね。どんなに幼くても子供は「個人」だから、あなたはあなたで後悔しないように生きなさい、って。ただ、「血が繋がった親子の縁は何があっても切れるわけじゃない、だから私はあなたに厳しくする、嫌われてもいいから」とも言っていましたね。
――この映画ですごく面白かったのは、主人公の矢添が濃密な人間関係を恐れながら、同時に憧れているところです。男女の関係に限らない、すごく現代的なテーマだなと。演じながら何か感じたことはありましたか?
矢添のニヒリズムの裏にあるもの、人間関係に対する矛盾した気持ちというのは、きっと誰にでもあると思います。私自身、今もですが、学生時代はもっと人見知りが激しく、人間関係をうまく築くことができなくて。読んでいる本を見ても明らかですが、思春期だったしすごくこじらせていたので、自分は人間が嫌いなんだなと思っていました。
でも今になってあの頃のこと振り返ると、本当は人間が好きだからネガティブな気持ちになっていたんだな、ままならない状況に悲しんだり腹を立てたりしていたんだなと思うんですよね。本当に嫌いだったら、そもそも感情が動くはずがないから。そういう意味でも、矢添の矛盾した気持ちって、理解できるんですよね。
荒井組にまた呼んでいただきたい
――今後はどこを目指したいですか?純文映画のミューズとか?
そういう映画がたくさん制作されるなら、そうなりたいです。荒井組にまた呼んでいただきたいですね。映画は作り手があってこそのものなので、そういう方たちの想像を掻き立てられるような存在でいられたらいいなと思っています。
スタイリスト:丸山 晃
ヘアメイク:足立真利子