中央経済工作会議の変転
今年の中国経済を総括し、来年の中国経済の指針を定める「中央経済工作会議」が、12月10日、11日に北京の京西賓館で開かれた。北京西部に位置するこのホテルは、中央軍事委員会連合参謀部が管理し、10月には「4中全会」(中国共産党第20期中央委員会第4回全体会議)も開かれた。
中央経済工作会議は伝統的に、中国経済の全般を統括する国務院総理(首相)が招集し、国務院(中央官庁)の経済関連各部門の幹部たちが一堂に終結。4日間にわたって侃々諤々(かんかんがくがく)の議論を行う密度と専門性の高い経済会議だった。
そのため国家主席(共産党総書記)は、この議論に関わらなかった。先々代の江沢民元主席は朱鎔基首相に任せ、先代の胡錦濤主席は温家宝首相に任せていた。こうした伝統は、習近平政権2年目の2014年まで続いた。
2015年になって、習近平主席が突然「闖入(ちんにゅう)」してきて、「議長席」を奪い取った。その時は、かなり違和感を覚えたものだ。習主席は、とても経済の専門家とは言えないからだ。
いまになって10年前を振り返ると、一言で言えば、習近平主席が李克強首相のことを、信用・信頼していなかったのだと思う。たしかに2015年の中国経済は、惨憺(さんたん)たる有り様だった。私はこの年、急速に悪化しつつある中国経済の現場をつぶさに取材した『中国経済「1100兆円破綻」の衝撃』(講談社+α新書)を上梓し、ベストセラーになった。
具体的には、2015年に例えば以下のようなことが起こった。
〇6月15日(習近平主席の62歳の誕生日!)から上海総合指数が暴落を始め、以後の3週間で32%も暴落。7000万人の「股民」(個人株主)が、計560兆円の損失となった。
〇8月11日から3日連続で突然、人民元の対ドルレートを計4・5%も切り下げたため、金融市場が大混乱に陥った。
〇8月12日の深夜に、天津の経済特区で大爆発事故が起こり、約1・5兆円の経済損失となって、首都圏の経済を悪化させた。
〇9月14日に、国有企業を焼け太りさせる国有企業改革を発表し、「国進民退」(国有企業が進んで民営企業が退く)を後押した。
他にもいろいろあったが、習近平主席は、2015年12月の中央経済工作会議に乗り込んで、自ら主要権を握った。そして、自分の中学時代の同級生である劉鶴中央財経指導小グループ弁公室主任(後の副首相)を中心に、「新たな経済政策」をブチ上げたのだった。
それは、「供給側構造改革」と言う。中国経済は、消費・投資・輸出という「3輪馬車」で駆動している。ところが習近平政権になって、この「3輪馬車」が、ともに立ち行かなくなった。政策が左(社会主義重視)に急旋回したので、経済悪化はむべなるかなだった。
習主席の講話を学習する場に
ともあれ2016年からは、需要側でなく供給側の構造改革を行っていくとしたのである。その主要任務は、「3つの除去と1つの下降と1つの補填」。すなわち、生産過剰の除去、在庫過剰の除去、金融リスクの除去、生産コストの軽減、貧困層への補填である。分かりやすく言えば、いままでイケイケドンドンだったのを、ケチケチにしていくということだ。
この時、中央経済工作会議の関係者に話を聞いた。すると、一通り説明してくれた後に、悲観的な私見を漏らした。
「2015年の中国経済は、過去10年で最悪だった。だが中国経済の将来を考えると、今後10年で最良の一年と言えるのかもしれない。少なくとも10年後には、『供給側構造改革』などというスローガンは、誰も口にしていないのではないか」
いま振り返ると、この予測は、ほぼ的中している。経済改革に意欲を燃やしていた李克強首相は一昨年3月、失意のうちに退任し、その7ヵ月後に上海で不慮の死を遂げた。
思えばこの10年、中央経済工作会議で習近平主席が説いたとされる言葉が、中国国内で広まったことが2回あった。
1回目は、2016年の会議で言い放った「家は住むためのものであって、投機するためのものではない」。ここから当局は、不動産規制を顕著に行うようになり、不動産価格の下落と業界の崩壊を招いた。いまや「白菜価格」「ニラ価格」などという隠語が生まれている。マンション価格が、白菜やニラの価格くらいまで下落しているということだ。
もう一つは、2023年の会議で説いた「中国経済の光明だけを論じよ」。これは「中国経済光明論」と言われ、それ以後、メディアや経済学者などは、「中国経済は明るく光り輝いている」ということしか言えなくなった。それが嫌なら、沈黙を貫くしかない。
悪化している中国経済の処方箋を議論する会議なのに、「悪化していると言わせない」ことを決議するなんて、何かおかしくないか? と思ったものだ。
ともあれ、こうして中央経済工作会議は、この10年で、「4日間にわたって侃々諤々の議論を行う密度と専門性の高い経済会議」から、「2日間にわたって習近平主席の重要講話を忠実に学習する会議」へと換骨奪胎された。それは今年も同様で、習近平主席の重要講話を伝える新華社の長文の報道は、こう始まっている。
<今年はとても非凡な一年だったが、(習近平同志を核心とする)党中央の団結したリードによって、全党全国各民族の人民は困難に立ち向かい、国旗奮闘して、新発展理念を決然と貫徹し、高質の発展を推進し、国内と国際の二つの大局を統合し、ざらに積極的で意義のあるマクロ政策を実施し、経済社会発展の主要目標を順調に完遂させた。
わが国の経済は圧力の中で前進しており、新たな優れた発展に向かっており、現代化産業システムの構築を持続的に推進し、改革開放は新たな一歩を踏み出し、重点分野のリスク緩和は積極的な進展を得て、民生保障はさらに力を得ている。過去5年、われわれは各種の打撃や挑戦に効果的に応対し、党と国家の事業の推進は新たな重大な成就を成し遂げ、「第14次5ヵ年計画」(2021年~2025年)はまもなく円満に終結し、「第二の100年」(2049年の建国100年)奮闘目標は新たな道のりは良好な開始を実現している……>
これ以上訳しても仕方ないのでストップするが、まさに自画自賛の「中国経済光明論」満載だった。
中国の就職は「超超超超氷河期」
途中、習主席が重要講話で強調したことの中で、「就業・企業・市場・期待の安定に力を注ぐ」とあったのが気になった。知人の中国の経済学者に聞くと、こう答えた。
「力を注ぐものの4点のうち、トップに就業が来ていることがポイントだ。これは、現在の中国経済が抱える多くの問題のうち、就業が最も深刻で、早急に解決しなければならないと、政府が自覚していることを意味する」
たしかに、中国の就業問題は大変深刻である。中国の学制は、9月入学で7月卒業だが、卒業して社会へ出た(出る)大学生・大学院生の人数は、コロナ禍が明けた2023年が1158万人、2024年が1179人、2025年が1222万人、2026年が1270万人……。
4年で計4829万人! これは東京・神奈川・埼玉・千葉を合わせた首都圏人口をも上回っている。
中国経済はいま、未曽有の不景気が続いている。そんな中で、これだけの数の若者の就職先などあるはずもない。前出の経済学者は、こうも言っていた。
「10月の若年層(16歳~24歳)失業率は17・3%だったと、国家統計局が発表したが、これは逆に考えるとよいかもしれない。すなわち、まともに就職できている若者が、全体の2割くらいということだ。それくらい大学生・大学院生たちは、就職で苦労している。
それで結局、最大の『就職先』は、コンビニのバイトか宅配便の配達員だ。それが嫌な若者たちは、自宅で『躺平』(寝そべり族)している。それくらい、就職は『超超超超氷河期』なのだ」
たしかに、「就職超超超超氷河期」を見せつけるようなニュースが、最近報じられた。2026年夏に就職する「国考」(グオカオ)が、11月30日に行われた。中国では、年に一度行われる国家公務員試験を「国考」と呼ぶ。
社会が不景気で、民間企業への就職が困難な時代ほど、公務員人気が高まるのは、日本も中国も同じだ。来年度の国家公務員の募集枠は、約3万8100人。それに対して、書類審査を通過した受験者は、371万8000人。平均倍率は、98倍だった。文字通り、若者たちが「国考」に殺到したのである。
全職種のうち、最高倍率は6470倍! 1名の募集枠に、6470人もが応募したのだ。
その職種とは、「国家移民管理局瑞麗引き渡しセンター執行部隊一級警長及びそれ以下」。要は、中国雲南省とミャンマーとの国境で、不法に入国してきたミャンマー人をミャンマー側に引き渡す係員である。
なぜこの職種が超大人気なのかは不明だ。あえて推察すれば、雲南省がとりわけひどい不景気に陥っているからか? さらに邪推すれば、何か裏でオイシイことでもあるのか?
来年の「8つの重点任務」
話を戻して、今回の中央経済工作会議では、来年取り組む「8つの重点任務」を確定させた。それは以下の通りだ。
① 内需主導を堅持し、強大な国内市場を構築する。
② イノベーションの駆動を堅持し、壮大な新たなエンジンを急ぎ養成する。
③ 改革攻堅を堅持し、高質の発展動力と活力を増強させる。
④ 対外開放を堅持し、多くの分野で協力とダブルウィンを推進する。
⑤ 協調的な発展を堅持し、都市部と農村部の融合と地域の連動を促進する。
⑥ カーボンニュートラルとカーボンピークアウトへのリードを堅持し、全面的なグリーン転換を推進する。
⑦ 民生重視を堅持し、人民群衆の実益に向けて努力する。
⑧ ボトムラインの死守を堅持し、重点分野のリスクを積極的かつ穏当に緩和していく。
このように、もっともな任務を掲げたが、問題は実行力である。ちなみに、10月20日から23日まで開かれた「4中全会」(中国共産党第20期中央委員会第4回全体会議)で決議した「第15次5ヵ年計画」(2026年~2030年)の61項目は、以下の通りだ。
①「第14次5ヵ年計画」の時期にわが国の発展は重要な成果を成し遂げた。②「第15次5カ年計画」の時期に社会主義現代化の過程で前後とつながる重要な地位を基本的に実現させる。③「第15次5カ年計画」の時期にわが国の発展環境は深刻で複雑な変化に直面する。④「第15次5カ年計画」の時期に経済社会を発展させる指導思想。⑤「第15次5カ年計画」の時期に経済社会発展に必須の尊重すべき原則。⑥「第15次5カ年計画」の時期の経済社会発展の主要目標。⑦伝統産業の最適化アップ。⑧壮大な新興産業と未来産業の育成。⑨サービス業の優質で高効率な発展の促進。⑩現代化のインフラシステムの構築。⑪オリジナルのイノベーションとカギとなる核心技術攻略強化。⑫科学技術イノベーションと産業イノベーションの深い融合促進。⑬科学技術人材教育の発展推進の一体化。⑭デジタル中国構築の深い推進。⑮消費の大幅振興。⑯有効な投資の拡大。⑰全国統一大市場構築の障害とボトルネックの決然とした除去。⑱各種経営主体の活力の十分な刺激。⑲生産要素の市場ベースの配分システムとメカニズムの改善加速。⑳マクロ経済ガバナンスの有効性向上。21自主的開放の積極的拡大。22貿易イノベーション発展の推進。23双方向投資協力の範囲拡大。24ハイレベルの「一帯一路」の共同構築。25農業の総合生産能力と質的効率の向上。26住みやすくビジネスに優しい美しい村の建設推進。27農業の強化恩恵富裕政策の効能向上。28地域の発展と協調性の増強。29地域の連動的発展の促進。30国土空間の発展局面の最適化。31人間本意の新型都市化の深い推進。32海洋開発利用の保護強化。33社会主義の核心的価値観の拡散と実践。34文化事業の大々的繁栄。35文化産業の加速的発展。36中華文明の伝播力と影響力の向上。37ハイレベルの十分な就業の促進。38収入分配制度の完備。39国民が満足する教育の整備。40健全な社会保障システムの構築。41不動産のハイレベルな発展の推進。42健康中国の構築の加速。43人口のハイレベルな発展の促進。44基本的な公共サービス均等化の安定した推進。45汚染防止攻勢と生態システム最適化の深い推進の継続。46新型のエネルギーシステムの構築加速化。47カーボンキーピングの積極的で穏当な推進と実現。48グリーン生産生活方式の加速的形成。49国家安全システムの改善。50重点分野の国家安全能力の構築強化。51公共安全ガバナンスレベルの向上。52社会ガバナンスシステムの改善。53先進的な戦闘力構築加速。54軍事ガバナンスの現代化推進。55国家戦略システムと能力の一体化の強固な向上。56党中央の集中統一指導の堅持と強化。57社会主義民主法治の構築推進。58香港・マカオの長期繁栄と安定の促進。59両岸関係の平和的発展と祖国統一の大業推進。60人類運命共同体の構築推進。61中国式現代化構築の積極的・主導的・創造的な全社会動員への十分な移行。
こちらも、文面は素晴らしいのである。これらを合わせて、中国は今後、どのような経済運営を目指しているのか? 前出の中国の経済学者が語る。
「中国経済の最大の問題は、コロナ禍の前までGDPの約3割を占めて牽引役だった不動産業が、いまやどうにも立ち行かなくなってしまっていることだ。それが『4中全会』と中央経済工作会議を見ると、極論すれば、もう不動産は見捨てても構わないということだ。換言すれば、見捨てざるを得ないほど、手のつけようもなく悪化してしまっているということだ。
その代わり、新たな牽引役として、AI(人工知能)とロボットの関連産業を育成していく。それにはもちろん、半導体産業も含まれる。AIとロボットという2つの産業が順調に伸びていけば、不動産のマイナス分を取り戻し、中国経済を復活できると踏んでいるのだ」
AIとロボットに頼る中国経済
たしかに、今年1月、生成AI「DeepSeek」が衝撃的なデビューを果たしたことは、まだ記憶に新しい。「DeepSeek」をあらゆる産業に活用していく「DeepSeek経済」なる言葉も生まれた。
同様に、中国ではロボットの開発も、目覚ましいものがある。8月には、北京で「第1回世界人型ロボット運動会」を開催し、500体以上の人型ロボットが、各種スポーツで勝負を競った。
11月27日には、中国経済の司令塔である国家発展改革委員会の李超報道官が、会見でAIとロボットの発展について、こう胸を張った。
「AIに対しては、『AI+』行動計画で、国家AI応用パイロット基地の整備を推進する。具体的には、産業チェーンの連携イノベーションを促進する『コネクター』、技術成果の転化を加速する『アクセラレーター』、優良アプリケーションの実用化を支援する『インキュベーター』の構築を推進していく。(中略)
人型ロボットについては、近年、イノベーション主導と需要の解放という二重の作用によって、産業規模が年50%を超える成長率で、飛躍的な発展を遂げている。市場調査機関の予測によると、2030年には1000億元(約2兆円)の市場規模に達すると見込まれている。(中略)
今後は第一に、業界標準と評価体系の構築を加速し、参入・退出メカニズムを整備・健全化することで、公平な競争環境を整え、ロボット産業の秩序ある発展を保障していく。第二に、中核技術の研究開発を加速し、企業・大学・研究機関などが『大小脳』モデルの連携、クラウド側と端末側の演算能力の最適化、シミュレーションと実機データの融合などの技術課題に取り組むことを支援し、産業のボトルネックを解消していく。第三に、トレーニング・パイロット生産プラットフォームなどのインフラ整備を推進し、全国規模での技術・資源の統合と開放・共有を促進し、ロボットの実環境での実用化を加速していく」
このように、中国経済は全体的には「どしゃ降りの雨」だが、「AIとロボット」に光明を見出しているのが現状だ。AIとロボット産業は、果たして「不動産の闇」をカバーしていけるのだろうか?
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