前編記事『「どうとんぼり神座」の不思議な満足感…ラーメン「こってり」全盛の時代に「あっさり」で客を惹きつける「巧妙な戦略」』から続く。
「こってり」全盛の裏をつく
「どうとんぼり神座(以下、神座)」のインバウンド対応に続いて、最大の特徴である淡麗であっさりとしたテイストについて触れていこう。
現在ラーメン業界を席巻しているのは、ご存知「ラーメン二郎」を頂点とする、豚骨醤油の濃厚スープと大盛りの極太麺が特徴の「二郎系」がまず挙げられる。また横浜・吉村家を源流とする「家系」、よりワイルドな豚骨スープがガツンと響く「山岡家」なども成長著しいが、いずれもこってりとした味わいのものだ。
一言でいえば、パワフルな味わいと量がもたらす「中毒性」を武器に、「強火な」ファンを作り上げることが現代のラーメンチェーンのセオリーである。
また、濃厚魚介豚骨スープが売りの「三田製麺所」や「つけめんTETSU」など、つけ麺業界も麺とつけ汁がしっかりと絡み合う、ストロングなメニューが人気を博している。
長らく「こってりブーム」の牽引役だった「天下一品」がリブランディングを迫られるなどの変化は起きているが、大局としては「こってり」が覇権を握っている。そのため、新たなチェーンや既存大手も期間限定で「濃厚」「マシマシ」を謳ったメニューを投入し、徐々にそちらへシフトチェンジを図るケースも散見される。
そのような状況下で、神座のようにあっさりとしたテイストを自でいくチェーンが減った印象がある。当然、人がラーメンに求めるものはさまざまで、「こってりしたものはたべたくないけど、満足はしたい」という客のニーズにマッチしたのが、神座だったのではないだろうか。
ファミリー需要を獲得する立地戦略
続いて立地戦略もみていこう。
神座の店舗情報を見ると、東京はららぽーと立川立飛店やスカイツリータウン・ソラマチ店、大阪はイオンモール堺北花田店など、大型商業施設へ続々と出店している。特に本拠地・大阪ではその傾向が顕著だ。なお、同様の戦略を取る競合チェーンには「ラーメン魁力屋」が挙げられる。
ラーメンチェーンといえばオフィス街や歓楽街、駅前などに出店し、男性ひとり客や「シメの一杯」需要を獲得するのがセオリーだった。ところがテレワークの推進や都市部の家賃高騰などさまざまな要因から、安定的な需要が見込めるモールへの出店が顕著になっていったものと思われる。
神座はファミレス然としたボックスシートを設置している店舗もあり、明らかにファミリー層の来店を想定している。実際、一部店舗ではミニラーメン、からあげとジュースにお菓子がついた「おこさまセット」がラインナップしており、2025年夏には「夏休みこども0円キャンペーン」を実施、大人が麺類一杯注文でおこさまラーメン一杯を無料で提供。他のラーメンチェーンとは違った戦略が新たな客層獲得につなげている。
家系はまだしも、分量や独自のルールがある二郎系に、ファミリーやカップルでは来店しづらい。ただ、ファミレスのラーメンでは物足りないーー。そうした際の選択肢として、家族みんなで楽しめるやさしい味付けで、野菜もしっかりと摂れる神座が選ばれているのではいか。
念の為に言うと、神座のラーメンにもまた来たくなる「何か」がある。「こってり系」がダイレクトに訴えてくる「塩・糖・脂」の蠱惑とはまた違う、食べた後のなんとも言えない満足感――個人的にはやはり「鍋」を突いた後のような感覚なのだがーーが、ここまでの店舗拡大につながっているのは間違いない。
「死角」はあるのか
独自路線で成長著しい「どうとんぼり神座」だが、「死角」はないのだろうか。
コロナ禍を発端とするラーメン業界の「倒産ラッシュ」は2025年にひと段落したとみられている。一方で、吉野家が期間限定でラーメンメニューを発売したり、松屋がラーメン店「松太郎」をオープンしたりと、他業界からの進出が著しく、パイの奪い合いは激化の一途を辿っている。
どれだけコストを抑え、安定的に人材を確保できるかがキモになるラーメン業界において、知名度とスケールメリットに長けた大手飲食チェーンが勝ち残っていくのは必然とも言える。ますます激化していくラーメン業界の「トップ争い」において、神座はどのような戦略を取るのだろうか。
人件費と食材の高騰が叫ばれて久しいなか、神座は15%という外食業界できわめて高水準の営業利益率を掲げて展開している。神座のラーメンに欠かせないのは何といっても白菜だが、野菜全般の価格の乱高下が激しいなか、その高い利益率をどう確保するか注目だ。
また、インバウンドの行く末もバラ色ではない。日本政府は2030年に訪日外国人旅行社数6000万人、消費額15兆円の達成を掲げているが、高市政権になって直後、日中関係は急速に冷え込み、結果として中国人観光客が如実に日本の繁華街から減っている。
差し当たっては、日本人客に「インバウンドの店」というパブリックイメージが定着しないようにしなければならない。「外国人観光客のための店」という烙印を押されると、どれだけ安価で美味しい食事を提供したとしても、日本人は二の足を踏む。
先述の通り、東京や大阪の中心地には多くの外国人観光客が詰め掛けているが、大型商業施設に入る店舗はその限りでない。リスクヘッジの意味でも、都心部とモールの「二刀流出店」は重要な役割を果たすのだろう。
神座を運営する理想実業の連結売上高は2025年3月末で165億円、2026年3月末に223億円を見込む。2034年までに700店舗・売上1000億円を目指す同社の快進撃はまだ「序章」にすぎない。
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