いまから約138億年前、ビッグバン直後の宇宙には、光を放つ星も銀河もまだ存在せず、ただ暗闇が広がる「暗黒時代」が続いていました。やがて、最初の星や銀河が生まれ、「宇宙の夜明け」が訪れます。そこから数億年かけて、宇宙は少しずつ光で満たされていきました。
では、この決定的な転換は、いつ、どのように起こったのでしょうか。
じつは、宇宙暗黒時代の記憶を私たちに届けてくれる微弱な電波があります。「21cm線」と呼ばれる中性水素からの微弱な電波です。
古代から現代にわたる人類の宇宙観から、天文学・宇宙研究の最前線までの幅広いテーマを、21cm線によって解明された最新の成果とともにご紹介するのが、『宇宙暗黒時代の夜明け 21cm線電波で迫る、宇宙138億年史』(講談社・ブルーバックス)。本記事シリーズでは、この『宇宙暗黒時代の夜明け』からの興味深いトピックをご紹介していきます。
暗黒の宇宙に最初に輝きをもたらした星「ファーストスター」。今回は、その誕生についての解説をお届けします。
*本記事は、『宇宙暗黒時代の夜明け 21cm線電波で迫る、宇宙138億年史』(ブルーバックス)を再構成・再編集したものです。
「ファーストスター」は、どんな星なのか
そもそも星とは何でしょうか。
たとえば私たちの身近な星には太陽があります。太陽は地球と何が違うのでしょう? 答えは、「自分で輝いているかどうか」です。太陽は、星の内部で核融合反応を行うことでエネルギーを生み出し、自身のエネルギーで光り輝いています。このように、核融合反応によるエネルギーで自ら輝く星のことを「恒星」と呼びます。太陽やファーストスターも恒星です。
一方で、地球のように自分で輝かず、太陽の光を反射して光っており、恒星の周りを周回している星は「惑星」といいます。
では、ファーストスターがどのように形成されたのか見ていきたいと思います。
ファーストスター誕生の背景にある、重力と圧力の“せめぎ合い”
既に紹介した通り、宇宙暗黒時代にはダークマターが重要な役割を果たしていました。ダークマター粒子同士が自分の重力によって引きつけ合って集まることで、ダークマターの「塊」であるダークマターハローを形成しました。ダークマターが重力的に集まって形成されたダークマターハローは重力的な「井戸」の役割を果たします。
*ダークマターハローの形成はこちらをご覧ください:じつは、2つのエネルギーの「絶妙なバランス」で集まっていた…銀河のまわりの「もやっとしたもの」の、驚きの正体
ダークマターハローの中では、その重力によってまわりの水素ガスが引き寄せられます。ガスがどんどん集まると、密度が高くなり、それに伴って温度も上がっていきます。さらに、温度が高くなるとガスの圧力も強くなります。たとえば圧力鍋のような密閉された空間では、圧力と温度が一緒に高くなるのと同じイメージです。
ところが、この「高い圧力」は星が生まれるうえでは邪魔になります。星は、水素ガスが重力で引き寄せられて密集し、内部で核融合が始まることで輝き出します。しかし、水素ガスの圧力が強すぎると、重力でガスが集まろうとするのを押し返してしまい、星をつくりにくくしてしまうのです。
このように、水素ガスの「集まりたい力(重力)」と「広がろうとする力(圧力)」がせめぎ合っている様子は、まるで綱引きのようなものです。ガスは星になろうとして重力に引かれているのに、自分自身の圧力がその邪魔をしてしまうのです。
「集まりたい力(重力)」と「広がろうとする力(圧力)」のせめぎ合い
ダークマターの重力によって、水素ガスが集まる
- 水素ガスの集まりの中で、核融合が起こる→星の誕生
- 水素ガスの密度で圧力が高くなる→水素ガスが広がろうとする→星が生まれない
水素分子の働きで訪れる「宇宙の夜明け」
では、水素ガスの圧力が強くなりすぎて星ができにくい状況をどう改善すればよいのでしょうか? ここで、先ほどの圧力鍋の例を思い出してください。鍋の中で加熱された空気や水蒸気は、内部の圧力を高め、外へ膨張しようとします。しかし、この鍋を冷やして中の温度を下げれば、圧力も自然と下がっていきます。
同じことが宇宙の水素ガスにも言えます。重力で水素ガスを集める一方で、そのガスを効率よく冷やすことができれば、ガスの温度と圧力は下がり、重力がより優勢になります。するとガスの重力はガス自身の圧力に打ち勝って、ファーストスターへの道を進み始めることが可能となります。
ダークマターハローの中で水素ガスが星になるためには、「冷却」が重要です。その冷却の役割を果たすのが「水素分子」です。水素分子は、ガスの中にある余分な熱エネルギーを吸収し、それを赤外線として外へ放出します。まるで、熱くなった圧力鍋に水をかけて冷やすような働きです。こうしてガスの温度が下がると、圧力も下がり、ガスが広がろうとする力が弱まります。
圧力が下がれば、重力によってガスが内側へとどんどん集まっていきます。冷えたガスは、ますます密集して収縮を続け、やがて中心部の温度は数百万度に達します。これほど高温になると、原子核同士が高速でぶつかり合い、核融合反応が始まります。水素の原子核が融合してヘリウムをつくる過程で、莫大なエネルギーが放たれ、ガスの中心部が光り出します。
こうして、ファーストスターが誕生します。
このファーストスターの誕生によって、真っ暗だった宇宙に初めて光が灯りました。ファーストスターはまわりを明るく照らすだけでなく、その光や放射が周囲のガスに影響を与え、宇宙の環境そのものを変えていきます。星の誕生によって宇宙が光で満たされ始めたこの出来事は、「宇宙の夜明け」と呼ばれています。
さて、ビッグバンから数億年後に誕生したと考えられるファーストスターが、現在の宇宙にも生き残っているのでしょうか。
ファーストスターは現在も生き残っているのか?
実は、ファーストスターが、現在の宇宙にも生き残って観測できるのかという疑問は、多くの天文学者も関心を寄せているテーマです。
まず、星の寿命についての基本的な考え方を確認しましょう。重い星ほど寿命が短く、軽い星ほど寿命が長くなる傾向があります。これは、重い星ほど内部で起こる核融合反応が活発で、燃料を早く使い切ってしまうためです。
太陽の寿命はおよそ100億年とされていますが、宇宙の年齢は現在約138億年です。このことから、太陽よりも軽い星であれば、ビッグバン直後に生まれたものが現在まで生き残っている可能性があります。
ファーストスターの質量は、現在も生き残っているかどうかを考えるうえで重要なポイントです。これまでの研究やシミュレーションによると、ファーストスターの多くは太陽の10倍から100倍と、比較的重い質量を持つと考えられています。この場合、星の寿命は数百万年ほどと推定され、現在まで生き残っている可能性は非常に低いです。
一方で、太陽の1/10程度の軽いファーストスターが存在していた可能性もシミュレーションから示唆されています。このような軽いファーストスターであれば、寿命が非常に長くなり、現代の宇宙でも生き残っている可能性があります。
しかし、ファーストスターが実際にどれくらい軽いものまで存在していたのかについては、いまだ明確な答えは得られていません。
今後の観測や研究によって、ファーストスターの生き残りが発見されるかどうかが注目されています。
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続いては、いまだ未発見のファーストスターを探る方法について、その解説をお届けします。
宇宙暗黒時代の夜明け 21cm線電波で迫る、宇宙138億年史
誕生初期、暗黒だった宇宙の記憶を、現代の私たちに届けてくれる微弱な電波21センチ線。可視光では見えない宇宙の深淵を、この21センチ線という窓から覗くことができるのです。21センチ線を用いた観測によって宇宙の黎明を探る研究を、最新の成果とともに紹介。
夜空を見上げる視線が変わる、最前線の宇宙物語。