誰が「カナリア」なのか?
「AIは人間の仕事を奪うのか?」――この問いは、形を変えて何度も繰り返されてきた。AIを「自動化」に置き換えれば、19世紀はじめのラッダイト運動(英国で織機などの機械が導入され、職を奪われると恐れた労働者が「機械打ちこわし」を行った)がその先駆けと言えるし、2013年には英オックスフォード大のオズボーン准教授らが「今後10〜20年で雇用の約47%が自動化される」と発表し、世界に衝撃を与えた。そして最新の懸念はもちろん、生成AIの急速な進化による、ホワイトカラー層も含めた仕事の自動化である。
では実際に、どのような仕事がAIに置き換わりつつあるのだろうか?この点について、注目の論文が発表されている。執筆したのは、エリック・ブリニョルフソンら3人のスタンフォード大学の研究者ら。ブリニョルフソンはITと生産性、デジタル経済、AIの経済効果に関する研究において権威とされる人物一人で、2010年代に『機械との競争』というベストセラーを共著し話題になったことでも知られる。
そのブリニョルフソンらが、米国の労働市場を研究対象に、生成AIの急速な普及がどのような影響をもたらしているのかを分析したのがCanaries in the Coal Mine?(炭鉱のカナリアか?)という論文だ。奇妙なタイトルだが、ここに登場する「カナリア」という言葉は、もちろん比喩で使われている。これはかつて、炭鉱内で有毒ガスを検知するのに小鳥が使われた歴史から来ており、要するに「最初に異変にさらされる(それによって異変の発生を知らせる)存在」という意味を持つ。
では誰が「カナリア」なのか。論文の主張は明快だ。AIの影響はすでに始まっており、その影響に晒される最初の存在になっているのは、若手労働者だというのである。
ADPデータが示す若手雇用の急速な変化
ブリニョルフソンらの主張は、抽象的な推測ではなく、何百万人もの雇用履歴を含む月次のデータ分析に裏付けられている。生成AIがビジネスの現場で急速に普及した2022年後半以降、どの職種・どの年代の雇用にどのような変化が現れているのかを丹念に追い、特に若手の雇用が急減し始めた時期がAIの普及とほぼ一致していることが示されている。
分析の中核となっているのが、米国最大の給与計算ソフトウェアプロバイダーである、ADP社が保有する膨大なデータだ。ADPは2,500万人以上の労働者の給与計算を請け負っており、その月次データには給与だけでなく、雇用形態・年齢層・職種などが詳細に含まれている。ブリニョルフソンらは2021年から2025年9月までの長期にわたり、毎月の就業者数を追跡し、企業間比較が成立するよう標準化された手法を用いて分析を行った。
特に焦点を当てたのは、彼らが「AI曝露度」と名付けた指標だ。AI曝露度とは、ある職種が生成AIによって代替される可能性がどれほど高いかを示す指標で、先行研究に基づいて職種ごとに算出されている。これに基づいて職種を5つのグループに分類し、曝露度の高い職種と低い職種の間で雇用がどのように変化したかを比較した。その結果、曝露度が最も高い職種では、若手の雇用が急減し、特に22歳から25歳の層の減少幅が大きいことが明らかになった。
後編記事『いまの「若手社員」はなぜスキル不足なのか…ベテランだけが体得してきた“見えない技術”の正体《AIでは再現困難》』へ続く。