キャラクターが成長する姿を丁寧に描いた
TVer含む無料配信再生数でTBS全番組のベスト記録を更新し、今期随一の”バズりドラマ”となった『じゃあ、あんたが作ってみろよ』(TBS系火曜ドラマ、2025年10月7日〜12月9日)が最終回を迎えた。
原作は「CREA夜ふかしマンガ大賞2024」第1位に輝いた谷口菜津子の同名漫画だ。第7話は無料配信再生数522万回を突破しTBS全番組の歴代1位を記録。最終回視聴率は番組最高の8.7%(世帯)、個人5.2%を記録し、数字の上では有終の美を飾った。しかし、放送後のSNSには「不完全燃焼」「モヤモヤする」「詰め込みすぎ」という声も少なくなかった。
本作の魅力は、「化石男」勝男(竹内涼真)が「料理は女が作って当たり前」という昭和的価値観を少しずつ揺さぶられていく過程にあった。第1話で鮎美(夏帆)に別れを告げられた勝男が、彼女の得意料理だった筑前煮を自分で作り、深夜1時にようやく完成させて「料理ってこんなに大変なんだ」と呟く姿が「うちの夫みたい」と共感を呼んだ。
そこから始まる勝男の変化は、一気に訪れるものではなかった。失敗しては気づき、また失敗する。その繰り返しの中で少しずつ成長していく姿が、毎話丁寧に描かれた。勝男と兄は父親から「男らしさ」を押し付けられて育ち、勝男の「化石男」の価値観もそうした呪縛によるものだったことが判明する。一方の鮎美も、長年誰かに選ばれるため、相手に合わせてばかりいたことで、自分の好きなものややりたいことがわからなくなっていた。一方の価値観や生き方を断罪するわけではなく、そこに至った背景や敬意を描き、二人の成長が並走する構成が本作に奥行きを与えていた。
詰め込み過ぎのオリジナル展開
原作漫画は現在も連載中で未完結(既刊4巻)のため、ドラマ終盤はほぼ完全なオリジナル展開となった。椿(中条あやみ)はマッチングアプリで出会った勝男の「女友達」として登場するドラマオリジナルキャラクターで、勝男が「理想の男」として崇拝する劇中劇『フォーエバーラブは東京で』も原作にはない。これらのオリジナル要素は物語に新鮮さを加えていた。
しかし、問題は、全10話(第9話・最終話は5分拡大放送)のうち最後の2話で複数のストーリーラインが一気に詰め込まれたことにある。原作漫画が持っていた繊細なバランス──勝男と鮎美の成長を急がせず、小さな気づきを積み重ねていく丁寧さ──は、オリジナル展開に入ると維持が難しくなった。
第9話では鮎美がフードプロデューサーを名乗る長谷川(川上友里)に誘われて退職し、契約金約100万円を支払った直後に連絡が取れなくなる。詐欺被害というシリアスな展開だが、警察への届け出など現実的な対処が一切描かれないまま物語が進む。同じく第9話で勝男が後輩の柳沢(濱尾ノリタカ)に飲みに誘ったり手作りのおにぎりを渡したりしたことが「おにハラ(おにぎりハラスメント)」として訴えられ、出勤停止処分を受ける。SNSでは「おにハラ」がトレンド入りし話題性という点では成功だったが、最終回で訴えた張本人の柳沢と同じプロジェクトにあっさり復帰する展開は現実味に欠けた。
無理のある設定や展開の数々
詐欺被害で職を失った鮎美が飲食店の面接で「この年でいきなり転職?」と驚かれる場面があるが、鮎美は30歳。未経験という職種に対する指摘ではあったものの、令和の時代にこの反応はやや違和感があった。また、第7話の大分帰省や第8話で勝男の母が東京に来る展開、さらに子機の充電のやり方がわからないという口実で父までも大分から来る展開も、「わざわざ大分から来るほどの理由に説得力がない」という指摘がSNSで見られた。
かつて「自分が何をしたいかわからない」と言っていた鮎美が、最終回でオープン初日から大盛況の店を持つに至る過程も駆け足だった。資金調達や物件探しなど現実的なハードルがほとんど描かれず、かつての同僚たちが「美味しい〜」と口々に叫ぶ場面は嘘くさいし、詐欺で資金を失い就職活動もうまくいかなかった直後にしては出来すぎに思えた。
しかも鮎美は「自立」を志しながら、友人カップルである渚(サーヤ)と太平(楽駆)のバーを間借りして開業している。結局、友人に依存している部分が大きく、どこが自立なのかという指摘もあった。
また、終盤でパワハラ問題という「落とし穴」にはまる構成自体は悪くないが、鮎美と別れた第1話の時点で大きな気づきを得て成長できる素養を思うと、なぜ別れる前はああも「化石男」だったのか。そもそも相手の気持ちを考えず一方的に自分の価値観を押し付ける勝男が、本当に仕事で成果を出せていたのか、最初の「仕事がデキる人」という設定にも違和感はある。
終盤で光った「希望」と「人間臭さ」
とはいえ、終盤にも光る場面はあった。謹慎明けの勝男は、仕事がうまくいっているフリをするが、それを鮎美に見抜かれ、「困ったら言ってね」と声を掛けられる。しかし、やはり仕事が難航し、そこで鮎美の言葉を思い出し、柳沢に「ごめん、力貸してほしい」と頭を下げる姿は、かつてなら絶対にできなかったことだ。
さらに、柳沢が協力に応じたのは、同期の南川(杏花)が裏で動いていたからだと判明する。南川は父を肺がんで亡くし、元彼が「たばこをやめる」という約束を破っていたことから「この人、私のためには変わらないんだ」と心が折れ、そこから「人って変わらない」と諦めてきた。でも勝男を見ていて「少しずつでも人って変わることあるんだな」と希望を感じたという。このエピソードは本作のテーマを象徴していた。放送後、南川を演じた杏花がXのトレンド上位にランクインしたのも納得だ。
加えて、それを聞いた勝男が「俺も南川のことすごく良いと思ってる」と言いつつ、「一生俺の部下で働く権利をあげるわ」と相変わらずの上から目線を見せ、南川を呆れさせ、苦笑させる。こうした「変われる部分」と「なかなか変わらない部分」のバランスは実に人間臭い。
最終回、一度復縁した勝男と鮎美は、結局別れを選ぶ。開業準備をする鮎美に勝男はまたしても一方的な善意で口出しし、「困ってない、自分でやりたい」と拒絶される。
そこから二人は向き合い、対話し、別れてからそれぞれに出会った人や、経験したことを語り合う。それらは二人が一緒では見えない、知りえなかったことばかりだ。
ドラマにおける「完全オリジナル脚本」の難しさ
そして、鮎美の「誰かの後ろじゃなく、横に立てる自分でいたい」という言葉に、勝男は「俺は鮎美のやりたいことに無意識な押し付けでフタをしてた」と気づく。二人は「終わりにしよう」と決意する。二人がよりを戻すのではなく、向き合った上で、それぞれ自立した一人の人間であるために共に前を向いて歩んでいくという選択は、良い着地点だ。
その一方で、この対話はここまでの振り返りを全て言語化することで、視聴者にはすでに共通理解となっていることに長尺を使った感があり、冗長な印象もあった。
スペシャルドラマの制作決定という報道もあるが、それは「本編で語り切れなかった」ことの裏返しでもある。竹内涼真が「化石男」を愛嬌たっぷりに演じたことは本作の成功要因だった。勝男が涙を流すたびにSNSは沸き、「勝男ロス」がトレンド入りした。
しかし、勝男があまりに愛されたことで、勝男の成長を他人事として愛でるのみに終始し、「人は変われる」「しかしそれは急速ではなく、トライアンドエラーの上に一歩ずつである」といった、価値観の地道なアップデートの意義がいまひとつ届かなかった層がいたのも事実だ。これはバズる巧妙な仕掛けの反面、浮き彫りになった課題だろう。
加えて、オリジナル展開になってからの大味な展開とわかりやすく、やや極端な演出を見るにつけ、脚本という設計図がいかに作品のバランスを担っているかを痛感する。繊細なバランスを維持する漫画原作をもってしても、オリジナル展開はこれほど難しい。まして完全オリジナル脚本で連ドラの品質を維持することが、いかに困難かがわかる最終回でもあった。
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