「謎」の多いチェーン
長らくラーメン業界を支配してきた「こってり」ブーム。それと相反するように、あっさりとした「旨み」に軸足を置いたチェーンが、快進撃を繰り広げているーー。
そのラーメンチェーンは「どうとんぼり神座」(以下、神座)、国内店舗数は107店舗、海外2店舗を展開している(執筆時点)。関西最大規模のラーメンチェーンとして確固たる地位を築いており、SNSでも「ソウルフード」として語られることも多い。
関東圏では馴染みがない人もいるかもしれないが、最近は渋谷・宮益坂などの一等地、イオンモールなど大型商業施設への出店。「KAMUKURA」の文字列も見たことがある、という人も増えたのではないだろうか。プロモーションでは、女優の土屋太鳳を起用したCMが放送され、名実ともに全国区へステップアップを果たしている。
2021年、布施慎之介氏が神座などを展開する「理想実業」の新社長に就任し、『圧倒的に日本一』のラーメンチェーンになると掲げ、700店体制の構築を目指している。(出典:商業施設新聞電子版)
ラーメン業界では最大手が餃子の王将で、店舗数ではリンガーハット、日高屋、幸楽苑といったチェーンがひしめいている。700店舗といえば、この上位勢に殴り込みをかける数字だ。
「日本の味がする。」をキャッチコピーに展開するどうとんぼり神座のラーメンは、黄金色で澄んだスープが特徴だ。フレンチレストランのオーナーシェフであった創業者が1986年に大阪道頓堀で店を構え、チェーン化に至っている。
その出自からもわかるように、スープのルーツはラーメン然としたものではなく、動物と野菜の旨みが溶け込んだフレンチのコンソメスープに近い。なおスープのレシピは創業以来「門外不出」を貫いており、現在でも一部の社員しか原材料の割合を知らないそうだ。
SNSでの評価を見ると、あっさりとした旨みが持ち味の神座は、女性客やファミリー層の人気も高いという。全国に加えてハワイにも2店舗出店していながら、特に関東在住の人々にとっては「謎」の多いチェーンではないだろうか。
ラーメンチェーンといえばすでに述べたチェーン上位に加えて、外国人からの人気が高い博多一風堂や一蘭、ローカルで根強い人気を誇る来来亭やスガキヤ、気鋭の田所商店など、それぞれの持ち味を出しているチェーンが群雄割拠の状態だ。一見レッドオーシャンにも見える業界で、神座が繁盛しているのはなぜか。その秘訣を探るべく、実際に渋谷店を訪れた。
満足、でも罪悪感は少ない
渋谷店はセンター街(バスケットボールストリート)を抜けた先にあり、常に通行人が絶えない。休日の昼時は行列ができているのを何度かみたことがあるが、幸いにも平日の日中、店頭に行列はなかった。
店外の券売機で食券を購入しようとすると、看板メニューである「おいしいラーメン」が870円であるのに対し、煮玉子は220円、野菜は300円と、筆者の金銭感覚からはトッピングが若干高額であった。価格設定については後述しよう。
食券機で1170円を支払い「野菜いっぱいラーメン」を注文し、入店する。店員はコックスーツと帽子を着用している。黒Tシャツに前掛けといったラーメン店員然とした姿ではない。明るい店内は9割がた満席で、8割近くが外国人観光客だった。また触れ込みどおり、ひとりで麺を啜る女性客の姿もあった。
10分弱で着丼したラーメンを見ると、まずそのどんぶりの大きさに驚かされる。黄金色に輝くスープを口に含むと、たしかに淡麗であっさりとした旨みが広がった。トッピングにもなっている白菜を中心とした野菜から滲み出した甘みもあり、やさしい味の奥行きを感じられる。
白菜が入っているラーメンというと奈良・天理のご当地グルメ「天理ラーメン」が挙げられるのだが、天理ラーメンは唐辛子やニンニクのきいたスタミナ系であるのに対し、神座のラーメンはまるで違う。総じて美味しいのだが、「食べたことない味」という意見があるのも納得である。
ゴワゴワとした中太〜太麺がトレンドの昨今において、神座の麺はスパゲッティのようにツルツルとしている。スープも、ラーメン然としたそれというよりは、塩気がしっかりついた寄せ鍋のような感覚だ。
野菜をしっかり摂取することができ、完食後も満足感は高い一方で、こってり系のラーメンのような「やってしまった」罪悪感は少ない。今回は昼どきに訪れたが、これからの忘年会のシーズン、「シメの一杯」としても人気を博しそうだ。
「1000円の壁」と「インバウンド需要」の両取り
現地レポートはここまでにして、ラーメン業界における神座の戦略について考察していきたい。まずはその価格帯だ。ラーメン業界における「1000円の壁」の前にして、神座の価格設定は絶妙だ。神座は店舗の立地や性質によって「A」〜「F」の6段階に区分されており、それぞれ料金設定が異なる。「おいしいラーメン」は760〜890円に設定されており、トッピングやドリンクで欲を張らなければ一食1000円以下で満足できる。
だが前述のとおり、トッピングは他チェーンよりも若干高めに設定されている。煮玉子(税込220円)を注文すれば1000円を超え、チャーシューはトッピングだけで税込520円だ。なお、「おいしいラーメン」と半炒飯とからあげのセットは税込1560円となっている。ラーメン一食に1000円以上は払いたくない「1000円の壁」の解決と、海外の食事と比較すればリーズナブルに感じる外国人観光客の消費を狙った、「両取り」の価格設定と言えるだろう。
外国人観光客といえば、神座は早くからインバウンド対応に乗り出していたチェーン店のひとつといえる。渋谷・宇田川町に店舗をオープンしたのは今から20年前、2005年のこと。筆者も早くから当店の存在を認識していたが、多くの外国人観光客が列をつくっていて、ラーメン需要の強さを感じていた。「渋谷店は他の店舗と比べてもダントツに外国のお客様が多い」と店員が語る(渋谷新聞)とある通り、英語メニューやハラール対応にいち早く乗り出し、支持を得てきたものとみられる。
ちなみに2022年には、関西国際空港Tasty Street店限定の取り組みとして31ヶ国語に対応したメニューを掲示。コロナ禍で渡航制限が続くなか、アクションを取り続けていたことが伺える。
外国人観光客にとって、海外サイトの口コミの力は大きい。米ソーシャルサイト「Reddit」では、「Full flavor with out feeling greasy or heavy(ママ)」と紹介するポストが見つけることができた。「脂っこくも重くもないけど風味豊か」と、あっさり芳醇とした味わいが外国人にもウケているようだ。
後編記事『ラーメンチェーン「どうとんぼり神座」が絶好調…ファミリー層とインバウンドの両取りを狙う「独自戦略」』へ続く。